第2話 “厨二”がそのクレープを食べた時には……

「私、幽霊だから……」


 こう言ってほんのり微笑むカノジョには、一瞬あっけにとられたが……こんな風にからかわれても不思議と腹も立たなかった。

 いつものオレなら厨二らしい物言いで噛みつきもしたのだろうが……笑いながら言葉を返している。


「アハハハ なにそれウケるんだけど……そうやって正座してるんだから、しっかり足があるじゃん!」


「いやいや 幽霊は皆、足持ちだよ」


「それに……キミにはちゃんと“影”があるよ」


「失礼ね!! 幽霊にだって“影”くらいあるわよ!」


 そう言ってぷくっと頬を膨らませて怒る様が可愛いので……オレはカノジョのジョークに乗る事にした。


「じゃあ なんでオレに取り憑いたの?」


 オレのこの言葉にカノジョは色を成した。

「取り憑いているわけじゃない!! ただ……ちょっとストーカーはしたけど……ここ数日……」


「えっ?!」


「あ、でもね!キミが一人になりたいなあ~って思った時は遠慮したよ。うん! あ、でもゴメン!……キミがこの間プールに行った時、更衣室の上の窓からちょっとだけ見ちゃった」

 そう言ってカノジョは手で顔を覆った。

 確かにカノジョの言う通りあのプールの更衣室には明り取り?の窓はあったけれど……更衣室は2階だし窓は外壁側で……当然の事ながら外から覗く事は不可能だ。


「キミは想像豊かなんだね……“作家”になれんじゃない?」


「酷い!! 私の言う事、全然信じてくれてない!!」


 オレはさすがにため息をついた。


 この……ブンむくれているカノジョのご機嫌をとるには??


「……だって、こんな可愛い幽霊 いるわけないじゃん!」



 途端にカノジョ、顔がみるみる赤くなり……


「もう!! しょうがないんだから!!」

 そう言って両手を膝の下へ引き込むと


 そのままスーッと空中に浮かび上がった。


 膝がちょうどオレの鼻先に来るくらいに……



「ここはキミの部屋で、種も仕掛けも無いのはわかるでしょ?! 信じてくれる?」



 さすがにこれは!! カノジョの言う事を信じざるを得ない……けど……


「どうして 自分の身体を膝から持ち上げているの?」


 オレの言葉にカノジョは少し動揺したようだ。

 空中でゴムまりの様に小刻みに弾んでいる。


「違うの! これは……浴衣の裾が開くのが恥ずかしいから……」



「あっ! それは、ゴメン!!もう分かったから!! 下りて座って!」


 カノジョ、ふんわり下りて浴衣の裾を直しつつカーペットの上に座った。


 しまった!! ポテチのカスとか落ちているかも!!

 掃除して置けば良かった……


「でね、悠生くん!」


 この幽霊さん、ストーカーを自称するだけの事はあってオレの名前知ってる……


「何ですか? 可愛い幽霊さん」


 こう返すと幽霊さんは照れ照れで……手で顔を隠してしまう。

「それ、めちゃめちゃくすぐったいから勘弁して!! 私の名前は『かつらな』と言うの!桂の花と書くのだけど実は別の木の花の意味で……まあ、それはそれとして……私はキミにお願いがあるのです!」


「オレに出来る事でしたら聞くよ!は困るけど」

 そう答えたら


 かつらなさんはコロコロ笑った。


「私にそんな力はありません。お願いはとっても簡単な事。明日、私とデートして欲しいのです。 私のこの世の心残りは……『一度デートというものをしてみたかった』という事です。この心残りが解消されれば、私は成仏できるらしいのです。その相手になって戴ける方をずっと探し続けていて……ようやく悠生くんに辿り着いたんです」


「『ずっと』って……いったいどのくらい探したの?」


「それは間接的に……女の子に歳を訊ねる事になりますから……止めてくださいね!」

 こう言ってパチリとウィンクされると

 浴衣の白く眩しい襟元の効果と相まって……オレは簡単にしまった。



「では明日、お昼前には参りますね。またこの窓から。

 夏休みの日中に……そんな時間までこの家でくすぶっているのはキミだけというのは把握してるから!」


 そう言って網戸を開けて窓枠に腰掛けたかつらなさんは、そのままスーッと消えてしまった。



 ◇◇◇


 次の日の11時頃、また急にガゴゴゴ!とエアコンが止まり、すぐにかつらなさんの悪戯と分かった。


 窓の外のかつらなさんは、今日は髪を下ろしてキャップを被り……白のおしゃれTシャツにふわっとしたパンツ姿だ。


 急いで窓を開けると、かつらなさんはするりと身を滑らせて……オレの肩にコツン!とぶつかった。


 その柔らかさは

 うっかりとオレの“本能”に届いてしまって


 ドキドキする。


「あの、麦茶とか……飲める?」


「飲めるよ! 味も分かるしお腹も空くけど……ずっと飲食しなくても大丈夫」


「……そうなんだ。服も着替える事、できるんだね」


「ふふ! お見せすることはできないけど できるんだよ。それとは別に……例えばキミが着ている服だって着ることできる」


「へえ~幽霊って意外と便利なんだね」


「そうね……でもお金を稼ぐって事が基本難しいから……食べたいって思った物を買う事はできないし……料理する事なんて夢のまた夢……これでも生きている時は結構いい腕だったんだよ」


 真っ白い腕にちょっと力こぶを作ってみせたさんは……この時ばかりは、痛いほどのを出しているだとオレにも分かった。


「じゃあ、かつらなさんは何が食べたい? これからオレとデートなんでしょ?食べに行こうよ!」


 そう提案すると、かつらなさんは被っていたキャップを手にギュッと握りしめて頬を染めた。

「アイスのいっぱい詰まったクレープが食べたい!!」



 ◇◇◇


 かつらなさんがアイスキャラメルチョコかアイス焼きりんごのどちらにするか悩んでいたので、二つとも買ってオレとシェアする事にした。


 お店の前のベンチがすでにいっぱいで……


「そう言えば向こうの階段の踊り場に長椅子タイプのソファーがあったよ」と行ってみると……


 登校日だったのか……JKとDKが、そのソファーの上でイチャコラしてた。


 二人して慌てて踵を返したのだけど……


「ああ!! びっくりした!! かつらなさんって ああゆうのを事前に察知する千里眼的なのはないの?」


「あるわけないでしょ!!」


「あれ……制服だよね!ブラウス?のボタン全部外れてたけど……」


「悠生はエッチだなあ!! それを見たって事は……オトコの手がシャツの中に入っていたのを見たって事だよ!!」


「それ、かつらなさんが見てんじゃん!」


「そうよ!! 目に飛び込んじゃったんだから!! 仕方ないでしょ!そのおかげで私、びっくりして……せっかくのクレープを握りつぶしちゃったわよ!!」


 かつらなさんが泣きそうな目をしているので……オレの方のと交換してあげて、今度こそ誰も居ないソファーに並んで座った。


 クレープ生地からあちこちはみ出しているアイスを食べていると


「ゴメンね」とかつらなさんが謝ってくれる。


「アハハハ! アイスいっぱい食べちゃったよ! 潰れた所はだいたい整ったから、こちらも食べて大丈夫だよ」


「悠生は、やっぱり優しいね」


「そうかなあ……」


「優しいよ……でも、アイス付いてる」

 そう言って……

 かつらなさんはオレの鼻の頭をペロっと舐めた。


 びっくりしたオレと

 照れ照れのかつらなさん……


 二人して顔を赤らめて

 しばらくは

 取って付けたような

「こっちも美味しいね」談義をしてた。


 食べ終わった後、かつらなさんにウェットティッシュを貸してあげたら


「いいから」と有無も言わせず

 オレの顔をキレイに拭いてくれて……


「さっきの高校生達がやっていた……キミは未経験だろ?」

 なんて飛んでもない事を聞いて来た。


 焦って

「ん、まあ……」と口ごもると


「じゃあ、いずれ……誰かとする時の為の練習台になってあげる! 大丈夫! 私はもう体温が無いから……抱き枕みたいなものだよ」


 そう言ってオレを抱き寄せて

 柔らかなその体に包み込んでくれた。


 確かに温かさはないけど……

 くすぐったく頬に掛かる髪や

 体のあちこちに染みこんでくる柔らかさが

 女の子を感じさせる。


 あ……どこか懐かしい花の香り!


「金木犀?」


「そうだよ……中国では桂花けいかの仲間で……私の名前の由来なの!だから覚えていてくれると嬉しいな」


 オレは、とても懐かしい何かに出会った気がして

 かつらなさんをギューっと抱きしめた。


 カノジョの息遣いが……

 少し温かくなった気がした。



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