カフェーの女給はみえる人
わあい
第1話
カフェー・サカンの女給であるシノは、包みを片手に路地裏を歩いていた。
キョロキョロと辺りを見回していると、建物の角から頭だけだして、こちらを見ている小さな男の子と目があった。
頭に鹿のような角と耳が生えた男の子。
人の子でないのは明らかだが
「いた!よかった、まだいた」
シノは笑顔で男の子の元に駆け寄り、目線を合わせるように屈んだ。
「はい、お待たせ。お腹すいてるんでしょ?」
持っていた包みを開くと、中にはサンドウィッチが入っている。
「うちの店自慢のサンドウィッチ。おいしいよ」
男の子はシノとサンドウィッチを交互に見た後、おそるおそる手を伸ばし、サンドウィッチを口にする。
「……!!」
「おいしいでしょ。いっぱいあるからね」
シノは、目を輝かせてサンドウィッチをほおばる男の子を眺めながら
「きみ、木霊だよね?なんでこんな町中にいるのさ」
無言で表通りを指さす男の子。
指された方角をしばらく見ていたシノだったが、ふと思い出した。
「ああ!もしかして、最近開拓してる、あの森に住んでたの?」
頷く男の子に
「木霊は木に住むもんね。人間が勝手に開拓して木を切るから、住むところが無くなったんだ。
人間の身勝手であやかしが割を食う…やっぱり人間は嫌い。私もあやかしに生まれたかった。」
渋い顔で呟くシノの頭を、木霊がそっと撫でた。
木霊は、まるで駄々をこねる小さな子をあやすように優しく笑って―――
「シノ!そんなとこで何やってるの?」
カフェーの同僚であるハナに声をかけられた。
結われた髪は艶やかに光り、指の先まで手入れされている。
化粧はほどほど。
自分の顔立ちの良さを最大限生かしている。
「誰かいるの?」
シノの元まで来て、建物の角をのぞく。
けれどそこには誰もいない。
ハナには、そう見えた。
「もしかして空想の友達と話してた?アンタ友達がいないからってそんな…」
ドン引きした顔でシノを見る。
「ちがっ!の、野良猫がいて…」
「はいはい。さっさと戻るわよ」
腕を引かれ立ち上がり、店へと歩かされる。
振り返ると、木霊は笑顔で手を振り、路地の奥へと消えていった。
ハナと並んで歩くと、自分の貧相さがよく分かる。
今二人が着ている女給の制服は、着物の上に、フリルのついた白いエプロンをつける。
シノが着ると、上から下まで一直線。
ハナが着ると、ふくよかな胸元や腰周りが強調される。
嫉妬混じりにハナを横目で見ていると
「サンドウィッチ泥棒」
ハナが不意に呟いた。
「え?!バレてたか…」
「当たり前でしょ。でもマスターには言わないであげる。空想の友達とお喋りしながら盗み食いなんて、可哀想すぎるもの。」
「そりゃどうも」
否定するのも面倒で、そのまま受け入れるシノ。
二人が裏口から店に入る頃には、ちょうど開店時間だった。
シノが店を開けると、並んでいた男達が一斉に店内へなだれこむ。
そして急いで席に座り、我先にと注文にかこつけてハナを呼んだ。
(全員、ハナのファンだ。
女の私から見ても、ハナは相当可愛いと思う。そりゃあ老若男女問わず、客のほとんどが虜になるのも不思議じゃない。
熱心な奴は、ハナ目当てに毎朝店にやって来て…)
「ビフテキ頼んで欲しいなぁ。」
「昨日も一昨日も、その前だって頼んだぜ?そんな高い物、毎日毎日頼んでたらお金が…」
「頼んでくれないの?」
目を潤ませ、猫撫で声でハナが言うと
「頼む!頼むよ!!ハナちゃんには敵わねえなあ」
(ああして店で一番高いビフテキを注文させられる。
男好きで浮ついているハナだけど、あれでちゃっかりしているな。)
ハナと常連客のやりとりを眺めていると、白髪のおばあさんが店に入って来た。
こちらも常連客。
だが珍しいことに、ハナよりもシノを気に入ってくれている。
おばあさんはハナ達に目もくれず、いつもの席へ。
白い上着を脱いで、椅子の背に丁寧にかけて、自分はその隣の椅子に座った。
シノが注文を取りに行くと
「今日は一段と冷え込むね。うんと熱い珈琲をちょうだい。」
「かしこまりました。」
いつもと同じ注文なので、マスターには目配せで足りる。
シノが振り返ると、マスターは小さく頷いてコーヒーを淹れ始めた。
「今日は早いね、古見さん。いつも昼頃来るのに。」
「工事の音がうるさくてうるさくて。こんな時間に起きちまった。ここは静かでいいね。」
「いま開発工事してる森の近くに住んでるもんね」
(さっきの木霊が住んでいた森の…)
今朝の木霊を思い出し、シノの顔が曇る。
「開発ついでに稲荷神社の取り壊しも始まったよ。
神主が死んだろ?そのボンクラ息子が、神社をお偉いさん…名前が西舘だったか?に売ったんだ。
森の開発も西舘が仕切ってるから、ついでに神社も開発さ。
神社潰して別荘を建てたいんだと」
そこでマスターがベルを鳴らす。
珈琲が淹れ終わった合図だ。
シノは軽く頭を下げて、マスターの元へ。
カップに入った珈琲からは、湯気が立っている。
(あの神社も無くなるのか。時代だから仕方ない、と飲み込むべきなんだろうな。少なくとも、今朝の木霊はそうだった。)
木霊の、あやすような笑顔を思い出し、胸がズンと重くなる。
珈琲を運び、古見の前へ置く。
古見はカップを手に取り、珈琲を一口飲んだ。
満足そうに頷いたあと顔をあげて
「それで最近、西舘の屋敷の使用人が、たまに増えるようになったらしい。誰も知らない使用人が、ね。それに加えて、屋敷でボヤ騒ぎが相次いでいるんだと。
『狐が使用人に化けている。ボヤの原因は狐火に違いない』
西舘はそう言って、狐の仕業だと騒いでる。
稲荷神社を潰そうとしているから、使いの狐が邪魔してるんだ、ってね」
古見は眉間にしわを寄せ
「騒がしいったらありゃしない。私も主人も迷惑してるんだ。
アンタ、あやかしが好きだろ。なんとかしてくれよ」
「なんとかって言われても、私はただのカフェーの女給だよ。」
「なんとかできないなら、もうこのカフェーで金を落とさないよ」
「!?」
(ウチは給料が売上に左右される。
毎日、超高級豆のブルー・マウンテン珈琲を飲んでくれる人なんて、このばあさんしかいない。
ばあさんが来なくなったら…
正直、かなり痛い。)
シノはため息を一つつき
「わかった。できることはするけど、期待しないでよ」
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