第15話 魔族の王も無気力でした。

朝の村の広場に、異様な来客が現れた。 魔族の一団が引く巨大な幕の向こう、現れたのは──玉座。 その玉座の上に、だらしなく腰をかけた男がいた。


「フランデル様、あれ……敵国の王だそうです!」 ロルクの声に、フランデルはバターの瓶を持ったまま眉をひそめた。 「……なんで椅子ごと来てんの?」


──魔族の王、ライヴァ=グレイブ。 くたびれたローブ姿、片目にクマ、髪は寝ぐせ。 そして玉座ごと移動してきたという前代未聞の来訪スタイル。


なぜ来たのか? 理由を問うと、ライヴァはあくび混じりに答えた。 「神が降臨したって聞いたからさ。まぁ、顔だけでも見とこうかなって」


ロルクが目を丸くする。 「……でも、魔族って王様いるんですね。人族には、そういうのなくて」


ライヴァが片目を開けて、あくび混じりに返す。 「うちはずっと“王がいるもん”って感じで続いてきたんだよね。いまさら変える理由もないし」


ロルクは首をかしげる。 「でも、向上心ないのに……なんで王が?」


「逆にさ、変わんないからこそ王が必要なのよ。誰かが“こうしとけ〜”って言ってくれた方が、全員安心するし」


フランデルは頷きながら、パンの表面を確認していた。 (うん、説明するまでもないな)


ロルクが口をとがらせて呟く。 「……でも人族には、そういう制度がなかったんだよな」


「そっちは多分、話し合いとかが得意なんじゃない? 俺たち、あれ苦手なんだよね。全員が黙るっていう地獄の会議になるから」


「え? 戦争? いやいや、そんな物騒なこと、するわけないじゃん。こっちは平和だよ?」


フランデルがパンを返しながら首をかしげた。 「……じゃあ、“敵国”とか言うの、もうやめようよ」


「マジでそれ。敵対とか、めんどいし。別に敵意とかないよ。ないよね? ある?」 魔族の兵たちがそろって無言で首を横に振った。 しかも、“できれば寝ながら和平交渉したい”という要望付きだった。


「世界征服……? あぁ〜……めんどくさ……寝よ」


フランデルは開いた口を閉じずに言った。 「……無気力で世界トップって、逆に最強だな」


ライヴァ王は、重力を味方につけたような速度で寝転がる。 「朝起きるたびに……“世界は変わってなかったな”って思うんだよねぇ」


「いや、何その深いようで深くないセリフ」


「人類滅ぼすのも、なんかこう……勢いが出ない……。昼寝のほうが効率的」


ロルクがぽつりとつぶやく。 「この人、ある意味一番向上心ないかもしれない……」


そんなやる気ゼロ王に、フランデルはパンを一個ずつ積みながら語り始める。 「でもさ、寝るのもいいけど……たまに美味いもん食うと、ちょっと気が変わるじゃん?」


「……バター多め?」


「もちろん!」


一口かじったライヴァが、一瞬だけ目を細める。 「……パンって、こんな味だったっけ」


「そんな味だったよ、世界も」


沈黙。


フランデルは笑いながら立ち上がる。 「じゃ、私は戻るね。パン、焦げるといけないから」


「待て、貴様──」と周囲の魔族兵が慌てる中、ライヴァが手を上げて止めた。


「最初はちょっとだけ警戒してたんだよ。神って聞いたし、万が一ってあるかなって……」


フランデルが振り返ると、ライヴァは脱力した笑みを浮かべていた。


「でもさ、あれ見てみ。パン焼いてる神様なんて、どう考えても平和でしょ」


その背中に向かって、ライヴァがぽつりと呟いた。


「……俺、ほんとは……変わってみたいのかもな」


次回予告:「完成した村、壊れません。」

ついでにアップデートしようよ!だって、ちょっとだけ頑張ればいいだけだよ。果たしてみんなの反応は?

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