第11話 ちょっとずつ、前へ。
「なあ、ロルク。行ってくれないか」
いつもの朝。いつものパン屋。けれど、その日は違っていた。
フランデルが頼んできたのは、隣町までの“塩の受け取り”。 いつもなら断る理由はいくらでもあった。 道が悪い。人が多い。自分は戦う人じゃない。
でもロルクは、しばらく考えてから──頷いた。
「……うん。行く」
驚いたのはフランデルのほうだった。 「おお? やる気モード? どうした急に」
ロルクは少し目をそらしながら言った。 「……なんとなくさ。見てみたくなっただけ」
揺れる足取りで村を出たロルク。 途中、森を抜ける道で、年老いた商人が荷車を押すのに苦労していた。
「手伝いましょうか?」
ロルクはそう言いながら、気づけば手を伸ばしていた。 自然に。驚くほど、抵抗がなかった。
「最近の若いもんも、捨てたもんじゃねぇな」
そう笑った商人の一言が、ロルクの背中をほんの少し押した。
隣町の市場では、フランデルの名前を出すとすぐに塩が手配された。 ただ、その帰り道──
茂みから、何かが飛び出した。
「っ……!」
ロルクが荷車を前に出す。 それはただの野ウサギだった。 けど──あのとき、自分が荷車を前に出したのは、きっと“誰かを守ろう”としたからだ。
フランデルのいるパン屋。 イレアの笑顔。 ノームの爆発。
全部が、自分の中に“いる”。
「……ちょっと前に出たくらいで、死んだりしないよな」
そう呟いて、ロルクは再び荷車を引いた。
村に帰り着いたころには、夕暮れが空を焼いていた。
フランデルが駆け寄ってくる。 「おかえり、運び屋ロルク。あれ? ちょっと背ぇ伸びた?」
ロルクは、ほんの少しだけ口元をゆるめた。
次回予告:「審判の日」
神様にも、成績表があるらしい。 世界にどれだけ“やる気”が芽生えたか──それが問われる審査の日。 フランデル、まさかのギリギリ合格なるか!?
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