幻獣の森でセミファイア生活~上司に怠慢と言われたので異世界転居します。スキル『錬成』で物作りと森林開拓してたら幻獣達に愛され神域認定されていた~

広路なゆる

エピソード

01.退職します

 これはちょっとした社会の闇かもしれない。


穂村ホムラくん、明日までにこの仕事、片づけといてくれない?」


「……はい」


 上司による当然の時間外作業依頼に対しても穂村は二つ返事で頷く。


「でも、いいじゃない? ちゃんと夜間残業手当つくしさ。がっぽがっぽでしょ」


「……はは、どうでしょうかね」


(実際は結構な割合、サービス残業なんだけどな……)


 穂村はそんなことを心の中で思い、苦笑いする。


 そう、これはちょっとした社会の闇かもしれない。


 生活費を得るために仕事をする。

 そこそこ有能だったりすると人手不足のため、仕事をどんどん振られる。

 長時間労働が常態化する。

 住まいは職場から徒歩五分の社宅だったりする。

 家賃は安いが終電もなければ始発もなく、長時間労働に拍車がかかる。

 そのためか休日は疲れ切っている。

 趣味・恋愛その他諸々のことをする時間も体力も気力もなくなる。


 結果、お金だけはそこそこあるが、使い道のない人間が爆誕する。


 穂村(38)は正にそんな感じの人間であった。


(なになに……装飾品アクセサリーモデリングの担当割ね……)


 穂村は上司から振られた仕事内容を確認する。

 ゲームの装飾品アクセサリーのモデリングの作業担当を割り振るというものであった。


(さて、誰にやってもらうのがいいかな……。すでに結構、カツカツだしな……。現状の担当割を見直す必要がありそうだ……。なかなか骨が折れそうだな……)


「さぁ……もうひと頑張りするか……」


 穂村は閑散としたフロアで独り、背伸びをして、デスクに立ち向かう。


 ◇


 翌日――。


「穂村さん、お疲れ様です」


 朝の時点ですでに疲れ顔の穂村のところに、一人の女性社員がやってくる。

 彼女は後輩の甘島あまとうさんである。

 茶髪のボブスタイル、たれ目気味で、少し小動物っぽい可愛らしさのある20代の女性だ。

 モデリング能力の速さ・品質共に定評があり、若手のホープでもある。


「穂村さん、昨晩の担当割りのメール、すごい遅い時間に来てるじゃないですか? 一体、何時までお仕事してたんですか?」


「……寝落ちしてて覚えてないです」


「また泊りですか……。ちゃんと身体を労わってくださいよ? 穂村さんがいなくなったらこのプロジェクトは終わりですよ」


「はは……、甘島あまとうさんがいれば大丈夫ですよ」


「いえいえ、まだまだ穂村さんには遠く及びませんよ」


「そんなことないと思うけどな……。それに最近は管理業務が増えて、あまりモデリングもできていないし……」


 穂村はプロジェクトにおいてチームのリーダーを任されるくらいには昇格していた。

 給料は増える。しかし、給料の上昇率と吊り合わない責任が増える。

 さらにプロジェクトを管理するような仕事が増え、相対的に実作業が減ってしまう。


「おかしいな……。モデリングがしたくてこの仕事を始めたはずなんだけどな……」


「ちょ、穂村さん! 変なフラグ立てるのやめてくださいよ!」


「はは……、大丈夫大丈夫、辞めたいとかは考えてないから」


 穂村は苦笑いする。


「ほっ……、よかったです。それはそれとして、やっぱり少し疲れてる感じがしますね……。ちゃんと息抜きというか……リフレッシュできてますか?」


「……う゛」


 穂村は言葉に詰まる。


「その顔はできてませんね?」


「はは……まぁ……」


「それじゃダメですよぉ。あ、えーとぉ……それじゃあ、今度、プロジェクトが少し落ち着いたら、異世界旅行でもどうですか?」


「あぁ、最近、流行ってるやつだよね……」


「はい……!」


 甘島は前のめり気味に返事をする。


「でも、確か……必ず事前服用しておかないといけない死亡保険薬が100万円くらいしなかったっけ?」


「しますね……でも、最初の一回だけみたいですよ」


(100万円か……払えなくはないけども……時々しか行かないとなると、流石にちょっともったいなく感じるな……)


「穂村さんが行くなら、私も思い切って買いますよ!」


「え……?」


「え……? あ、えーと……えーと……」


 甘島さんは少し下を向いて、もじもじする。

 穂村が一人旅をイメージしていたことに気付いたのだ。


「でも、ありがとう、甘島さん。プロジェクトが落ち着いたら少し考えてみようかな」


「あ、はい……」


(しかし、プロジェクトって落ち着くことあったけな……?)


「あ、甘島さん、そろそろミーティングの時間ですね。行きましょうか」


「はい……」


 甘島さんは少しだけ唇を尖らせていた。


 グループミーティングが始める。


 異変はすぐに発生する。


「上からの指示で、二か月後までに相当量のモンスターのモデルが必要になった」


(え……?)


 話を耳にした10人程度のメンバー達は少しざわつくが、上司はそのまま続ける。


「穂村くん、よろしく頼むよ」


(いやいや……ただでさえ、厳しい状況で昨晩、装飾品アクセサリーの作業が追加された。それに加えて、これだけの量のモンスターをたった二か月で……?)


「……すみません、無理です」


 穂村がそう言うと、再び、ミーティングルームがざわつく。

 穂村が断るなんてこと、今まで一度もなかったからだ。


「いやいやいや、困るよ、穂村くん。無理だって? 大変なのはわかるよ? でも、それをなんとかするのが君の仕事でしょ?」


「……はい、そうかもしれませんが、これは無理です。とてもじゃないですが、品質を保てません」


「そうは言われてもねぇ……私も上から言われちゃってね、もう決まったことなんだよ」


「……ですが、無理なものは無理です。年末年始の長期休暇もあり、その間は進められません……。せめて追加で一か月……できれば二か月欲しいです」


「それこそ無理だ。そんなことしたらうちのチームのせいで、プロジェクト全体のリリース予定が大幅に遅れる。そもそも、穂村くん……君、残業が多すぎなんだよ」


(……!)


「今まで黙認してあげていたけどさ、フロアの電気代も無料ただじゃないんだ。もっと効率的に作業できないものかね?」


 その言葉にメンバー達が呆然としているのを無視して上司は更に続ける。


「全く……君のの責任を私に転嫁てんかしないでくれよ……」


(っっ……!)


「ちょっ、怠慢はどっ……」


 上司の言葉に、甘島さんが立ち上がりそうになるが、穂村はそれを制止する。


 殺伐とした雰囲気の中、ミーティングは終了する。


 ……


(やっぱりどう考えても今の人員じゃ無理だ……。休日返上で俺が作業するしかないか……)


 穂村は計画とも言えない気合と根性でなんとかする案を策定するしかなかった。


(だけど……怠慢……か……)


 ミーティングで上司に言われた言葉が穂村の胸に引っかかっていた。


 会社に尽くしてきたつもりだった。

 その結果がこの言われようである。


「……」


(ダメだ……流石に今のメンタルで仕事に取り掛かるなんて無理だ……)


 穂村は気晴らしにSNSを見ることにする。


 そんな時、一つの広告が目に入る。


 =================================================


 憧れの異世界で悠々自適のスローライフ!

 田舎の一軒家がなんと1480万円!!


 今ならなんと……

 ・死亡保険薬もセット!

 ・広大な庭も付いてます!

 ・ユニバースネット(人間界との通信)も完備!(月額約8000円)

 ・選べるオプション!

 ┗+100万円で異世界ですぐ使えるパソコンデバイスを付属 など

 =================================================


(異世界か……朝、甘島さんが言ってたよな……。異世界の物件は億越えが当たり前って聞いたことがあったけど、1500万弱って無茶苦茶安くないか……? 田舎だからだろうか……)


 穂村は息を呑む。


(それにしてもスローライフか……。確かに憧れるよな……。実は少し……池を自作したりしてビオトープとかやってみたかったんだよなぁ……。というか……思えば仕事ばかりでお金ほとんど使ってなかったから、ぎり払えてしまうな……)


 ◇


 二か月後――。


「ほらな、言っただろ? やればできるだろ?」


 上司は穂村に向けて、どや顔で言い放つ。


「……はい」


 二か月前、無理と思われたタスク。

 穂村は年末年始を含め、休日返上でなんとかやり遂げたのだ。


「穂村くん、まぁ、君もよくやったよ。ご苦労さま! 私も寛大になろうと思う。あの日の会議のことは水に流そうじゃないか」


「あ、はい、それで一点、お伝えしたいことが……」


「あぁ、いーのいーの、謝らなくって! 君にもいずれ私の大変さがわかる日がくるさ」


 上司は上機嫌に言う。


「あ、いえ、そうではなく……。えーと、来月末付けで退職させていただきます」


「……え」



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