第48話 イリスが考えていたこと
「最初に引き取り手が見つかるのは赤子です。子供のできない夫婦は、やはり物心がついていない子が欲しいようで」
シスターの表情は複雑だ。赤子の引き取り手が見つかることだって、当然ながらありがたいことだからだろう。
「次に男の子ですね。跡取りがいない夫婦や、労働力が欲しい方が多いので。文字の読み書きができる子や、頭のいい子も人気です」
聞いていて気分のいい話ではないが、どうしようもないことだ。
メーロだってもし誰か一人を選んで引き取るということになれば、自分にとって条件のいい子を選ぶだろう。
年齢、性別、容姿、能力。スキル発動前だって、誰もが平等なわけではないのだ。
「……移動先の孤児院は、目星がついているんですか?」
メーロが控えめに問うと、シスターはゆっくりと頷いた。しかし、その表情は暗い。
「一応は」
シスターの言葉にはいろんな気持ちが込められていた。頷いて、そうですか、とだけ言葉を返す。
あの子は……私が助けた子は、どうなるんだろう。
名前も知らない子だ。聞く機会はあったけれど、怖くて聞けなかった。名前を知っても、なにもいいことなんてない気がしたから。
「私にできることは、神に祈ることだけです。どうです? 一緒に、神に祈っていきませんか」
シスターは気を遣って言ってくれたのだろう。けれど、頷く気にはなれなかった。
◆
「メーロ。帰りに、どこかへ寄っていく?」
馬車に乗り込むと、イリスがそう提案してくれた。宮殿へ帰るまでの道のりには、いろんな食べ物屋がある。
寄り道をすれば、どこにだって行けるだろう。
「……今日は、早く帰りたいです」
早く帰って、イリスと手を繋いでベッドで眠りたい。もやもやしたこの気持ちを解決するために、時間ほどいい薬はないだろうから。
「ねえ、メーロ」
「なんですか?」
「あの子……メーロに話しかけてきたあの髪が長い子のこと、気になるんでしょう?」
イリス相手に嘘はつけない。そっと目を逸らして静かに頷いた。
あの子、どんな孤児院に行くんだろう。いじめられないといいな。
悪質な人に引き取られたら、あの子はどうなっちゃうんだろう。これ以上傷ついて、あの子の心が壊れてしまったら……。
暗い想像が頭の中で広がっていく。
気づかないふりができるほど、メーロは孤児院に対して無知ではない。
「あの子のこと、引き取りたいと思う?」
「……えっ!?」
予想外の言葉に驚く。
今、イリス様、あの子を引き取りたいかって、そう聞いたんだよね……?
イリスに言われるまで、そんな選択肢は頭の中になかった。でも考えてみれば、今のメーロは社会的地位も金もある大人だ。
きちんと育てられるかはさておき、子供を一人引き取るくらい、どうってことはない。
「……あの子を……」
私が引き取れば、温かいご飯もふかふかのベッドもあげられる。それだけじゃなくて、学校にだって通わせてあげられるかもしれない。
そうすれば、この胸の苦しみは消えてくれるのだろうか。
だけど。
教会には、他にもたくさんの孤児達がいた。全員を引き取ることはできないだろう。そうすれば他の子は、また選ばれなかったことを嘆くかもしれない。
なにを選ぶのが正解なの?
分からなくなって、必死にイリスを見つめる。イリスの赤い瞳が、真っ直ぐにメーロを射抜いた。
「メーロはこの手で、あの子のことを救いたいと思う?」
メーロの手のひらをそっと撫でながら、イリスがそう尋ねる。
私が助けられるものには限りがある。
限られたものしか助けられない中で、私は、それでもあの子のことを助けたいのかな。
「……たぶん、違います」
私は、あの子のことをほとんど何も知らない。何も知らないあの子は、私にとって特別な存在じゃない。
だから私が助けたいと思っているのはきっと、あの子じゃない。
「私は……私はただ……自分のことを助けてあげたくて、苦しいだけなんだと思います」
境遇は違うけれど、あの子に自分を重ねてしまった。だから苦しいのだ。
「そう。じゃあ、あの子は引き取りましょう」
「えっ!?」
「だってわたくしは、貴女を助けてあげたいんだもの」
晴れやかに笑うと、イリスはメーロをぎゅっと抱き締めた。柔らかい温もりに涙があふれてくる。
「ねえ、メーロ。自分を助けようとすることは、なにも悪くないわよ。それに、メーロを救うことはわたくしのためでもあるわ」
「……でも」
本当に、あの子を引き取るのが正解なのだろうか?
また同じようなことがあったら、その時はどうするの?
「わたくし、考えていることがあるの。メーロが賛成してくれたら、だけど……」
イリスは息を吸い込むと、緊張した表情になった。
「一緒に、孤児院を経営しない?」
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