第45話 どうしてそんなに

「イリス様。どこに行くんですか」


 ベッドから出ようとしたイリスの手を引っ張って、ベッドに連れ戻す。イリスは困ったような顔をしてメーロを見つめた。


「喉が渇いたから、水でも持ってこようかと思ったの。メーロは? 喉、渇いてない?」


 イリスにホットミルクを飲ませてもらって、ご飯を食べさせてもらって、風呂に入れてもらった。

 そして当たり前のように、イリスと同じベッドで眠っている。


 今日は、一秒だって一人になりたくない。


「……私も行きます」


 立ち上がるのと同時に、イリスの手をぎゅっと握る。一本一本指を絡ませて、解けてしまわないように。

 手を繋いだまま寝室を出て、台所へ向かう。呼べばジュリアはすぐに飲み物を用意してくれるだろうが、眠っている彼女を起こすようなことではない。


「メーロ。このままじゃ、水をコップに注ぎにくいわよ?」

「……でも、このままがいいです」


 手を離したって、イリスがいなくなるわけではない。そんなことは分かっているけれど、嫌な物は嫌だ。


「メーロ」


 ちゅ、と軽くキスされる。黙っていると、今度は深いキスをくれた。

 目を閉じて、少しだけ口を開く。そうすれば、イリスの舌が口内に入ってくることを学んだから。


「……息、苦しくない?」

「苦しくていいので、もう一回してください」


 手を引いて、キスをねだる。イリスは断らない。その安心感が温かくて、もっと、と甘えたくなってしまう。


 静かな台所に、キスの音だけが響く。熱を増していく身体が気持いい。


 朝になればきっと、またあの場所に行かなければならない。瓦礫の撤去は大事だ。壊れた家をそのままにはしておけない。

 大切な物を探している人だっているだろうし、メーロの助けを求めている人はまだいるはずだ。


 だけど、本当は行きたくない。こんな風に思うべきじゃないことは分かっている。

 でも、潰れた死体なんてもう見たくない。


「……このまま、朝がこなかったらいいのに」

「メーロ。何を願っても、朝はやってくるわ」


 宝物を触るような手つきで、イリスはメーロの頬を撫でた。


「でも、朝がきても一緒にいてあげる。だから安心して、ゆっくり眠っていいのよ。今日は、すごく疲れたでしょう?」


 片手だけで水の入ったグラスを二杯持ち、イリスは微笑んだ。イリスに促されるがまま、二人で寝室へと戻る。

 イリスの言う通りだ。精神的にも身体的にもかなり疲れている。明日のためにも、これ以上起きているのはまずい。


「おやすみ、メーロ。夢の中でも、きっとわたくしが貴女の傍にいるわ」





 いつの間にか、メーロはぐっすりと眠っていたらしい。目を覚ますと、目の前にイリスの顔があった。


「おはよう、メーロ」

「……おはよう、ございます」


 数秒の後、昨晩のことを思い出した。これでもかというほどイリスに甘えまくり、一瞬たりとも離れようとしなかった自分のことを。


 恥ずかしくなってきて、布団で顔を隠す。けれどすぐにはぎとられてしまった。力ではイリスに敵うはずもなく、真っ赤になった顔を笑われてしまう。


「今日は、キスをねだってくれないの?」

「……からかわないでください」


 冷静になればなるほど、すごく恥ずかしい振る舞いをしていた気がしていたたまれない。

 それなのにイリスは、楽しそうな顔で見つめてくる。


「じゃあ、今日はわたくしがねだる番ね。メーロ、キスして?」


 目を閉じて、イリスが軽く唇を尖らせる。そっとキスをすると、いつの間にかイリスは目を開けて笑っていた。


「昨日のメーロ、すごく可愛かったわ」


 満足そうなイリスに頭を撫でられる。気持ちいいから文句も言えない。


「だから、いつでも甘えていいのよ、メーロ。わたくしは大歓迎だから」

「イリス様……」


 こんな風にからかうのは、メーロが気まずくならないように気を遣ってくれているからだろう。

 それが分かってしまうから、余計に恥ずかしくなる。


 ……でも。

 辛くなった時は、いつでもイリス様に甘えていいんだ。


「……じゃあ、今、もう一回キスしてください」


 今? と驚いたようにイリスは瞬きした。


「はい、今です」


 恥ずかしく感じてしまうのはきっと、慣れないことをしたからだ。だとすれば、慣れてしまえば何の問題もない。


「いつでも甘えていいってことは、いつも甘えてもいいってことですよね?」

「……貴女って、本当にもう……」


 なぜか、イリスの顔がどんどん赤くなっていく。不思議に思って首を傾げると、荒々しいキスが降ってきた。


「どうして、そんなに可愛いのよ」

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