第24話 過去からの手紙

「た、ただいま戻りました!」


 屋敷に飛び込んだ瞬間、メーロ! とイリスに名前を呼ばれた。

 居間でくつろいでいたイリスは、息を乱したメーロの姿を見て慌てて立ち上がる。


「何があったの!? あいつになにかされた!?」


 とにかく早く帰らなくては、の一心で、メーロはとにかく全力で走った。

 とはいえ、馬で追われていたら逃げきれなかっただろう。ここまでこられたということは、カテリーナがそこまではしなかった、ということだ。


 今になって冷静に考えればそう分かる。しかし走っている間は、状況を分析する余裕なんてなかった。


「あ、あの、ちょっと待ってください……」


 息を整えるために深呼吸を繰り返していると、水が入ったコップを持ってジュリアが駆け寄ってくる。

 冷たい水を一気飲みすると、少し落ち着いた。


「ふう……」


 たくさん食べた後に身体を動かすのはよくない。以前学んだことだが、今回ばかりはどうしようもなかったのだ。


「落ち着いた? なにがあったのか、ちゃんと話して」


 メーロの肩に手を置き、イリスが必死な表情で覗き込んでくる。


「美味しいケーキとか、珍しい外国のお菓子をもらったんです」

「それで?」

「それから、えーっと……」


 なにを話して、なにを話さずにおくべきなのだろう。


「全部話しなさい。いいわね?」

「……はい」


 イリス様がこういうんだから、いいんだよね、それで。


 茶会での出来事を整理し、メーロは順を追って話した。嫌そうな顔で頷いていたイリスが声を荒げたのは、キスをされそうになった、という話をしたところである。


「キス!? してないわよね、されてないわよね!?」


 イリスがここまで大声を出している様子を見るのは初めてかもしれない。

 彼女の反応からして、キスを拒んだのは正解だったのだろう。


「してません! その、イリス様が嫌がるかなと思って」

「……理由、それだけ?」

「え? あ、はい」


 そう、とイリスは少しだけ拗ねたような表情をしてしまった。またしてもなにか言葉を間違えてしまったのかと不安になる。


「……あのね、メーロ。あの女は昔から、わたくしの物を何でもとろうとするのよ」

「イリス様の物を?」

「ええ。わたくしと仲良くしてくれていた下級貴族の令嬢も、不遇なわたくしに同情して優しくしてくれた執事も、わたくしが好きだった場所も、服も、全部」


 溜息を吐いて、イリスはソファーに腰を下ろした。長い足を組んで、王女らしからぬ姿勢のまま話を続ける。


「だから今度は、貴女をわたくしからとろうとしたのよ。わたくしが嫌いだから。理由なんて、それだけで十分なの」

「……どうしてカテリーナ様は、イリス様のことを嫌いなんですか?」


 カテリーナはイリスを見下しているようだったし、実際に待遇を考えれば、敵になるような相手ではないだろう。

 それなのになぜ、わざわざイリスに嫌がらせをするのだろう。


 そんなことをしたって、カテリーナ様に得はないだろうに……。


「わたくしが美人だからよ」

「……え?」

「だから、わたくしが美人だからなの。分かる?」


 腕を掴まれ、至近距離に引き寄せられる。分かりきっていることだが、やはりイリスは美人だ。

 癖一つない黒髪は色っぽくて、意志の強さを感じさせる赤い瞳は宝石のよう。小さな顔にバランスよくパーツが配置された顔は、彫刻品だと言われても納得する。


「ほら。わたくしの方が、カテリーナより美人でしょう?」

「は、はい」


 メーロが頷いたのは、イリスの勢いに負けたから……だけではない。

 実際、イリスの方が美人だと思ったからだ。


 カテリーナ様も綺麗な人だけど、なんていうかこう……イリス様の方が、本物って感じがするんだよね。


 美しく着飾った令嬢が美しいのは、ある意味当たり前だ。もちろんその中でもカテリーナは綺麗だと思うけれど、驚くほどの美人というわけじゃない。

 それに比べ、イリスは寝起きでも風呂上がりでも常に美人だし、よくいる綺麗な人、とは一線を画している。


「そうでしょう、そうでしょう」


 嬉しそうな顔で何度も頷いた後、イリスは再びカテリーナの話を始めた。


「カテリーナはそれが気に入らないの。わたくしが美人だから、とにかく嫌がらせをしたいのよ」

「……はあ」


 そんなことが本当にあるのだろうか。イリスに嫌がらせをしたからといって、彼女の美しさが損なわれるわけでもないのに。


 いまいち納得できないでいると、あの……と気まずそうな顔でジュリアが話しかけてきた。

 その手には、一通の手紙がある。


「ちょうどお二人が話している間に、これが届けられたんです」

「嘆願書かしら?」


 イリスが自然な動作で手を伸ばしたが、ジュリアは首を横に振って手紙を渡さなかった。


「そうではなくて……メーロさんへの手紙なんです」

「え? 私ですか? 私、文字読めないんですけど」

「貸して」


 イリスが手紙をジュリアの手から抜き取り、差出人の名前を確認する。


「誰からです?」

「……ぺルラ」

「え?」

「はっきり書いてあるわ。ぺルラ孤児院の院長、ぺルラ・バザリアって」


 その名前を聞いた瞬間、全身が硬直するのが分かった。

 彼に関する記憶の全てを消してしまいたいと、何度そう望んだことだろう。


「……なんで、今さら」


 幼い頃からメーロを虐げ、ハズレスキルが判明した後は、メーロを娼館に売りつけようとした男。


「メーロ」


 心配してくれているイリスに、ちゃんと返事をしなくては。

 分かっているのに、メーロは何も言えなくなってしまった。

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