第二話:愛と義理と精一杯の勇気が俺の孤人的仲間である〔情事事情起こる〕

 の黒セーラー赤リボンの女子生徒という人間と、校舎の最果て第一理科実験室へと繋がる一階の廊下を歩いて居るのだが、俺たちの間にほとんど会話は無い。俺たちふたりは意味不明なほどに良く分からない、やたら微妙な空気に包まれながら、静かな廊下に足音だけを立てて居る。


 普通の授業に遅刻したふたり組ならば「何故遅れたの?」とか後は他にたわいも無い話をひとつぐらいして居たって良いハズなのに、全く会話が無い。


 ‥‥それもそのハズ俺は限界コミュ障ぼっちなのだから!!


 女子生徒という人間も、やや焦燥感あり気で緊張して居る様子である。遅れて居る上に俺みたいな訳の判らん人間と一緒に行って居れば、そりゃあそうなるのも全く道理である。

 ただ‥‥俺がひとりで急に駆けて行って仕舞うのを警戒して居るのだろう、女子生徒という人間は、間を空けて步く左隣の俺の方を、不安そうにチラチラ見つつゆっくり歩いて居る。女子生徒という人間の視線が若干辛い‥‥。


 ‥‥もう駆け出さないからそんなに監視しなくても良いし‥‥!あと、頼むからもうチョッと速く歩いてくれませんかね‥‥?!

 何でや!何でソコソコ女性恐怖症な俺が、女子生徒という人間と隣合って一緒にゆっくり歩く、とかいう苦行を受けねばならんのか‥‥!


 思えばそもそも‥‥何故俺たちがこんなにやたらめったら歩かされて居るのかといえば、元はと言えば主に生物教諭——たまに地学の授業もするが——のであった。その女性の生物教諭は、たいてい、自分の詰め所でもある第一ジュンシツから、その殆どとなりにある第一理科実験室で授業を行って居る。自分が遠い三階本校舎のはしっこ、我が二年一組の教室まで道具や教材、モノを持って出向くのが「余りにも面倒臭メンドい」と、いう事であるらしい‥‥。

 授業毎に教室を移動するだけでイチイチこれ程時間が掛かって居てはょうが無い、その事は良く分かる。然し何も俺たち学年全員をいつもいつもみんなして移動させるのは無いんぢゃ無いのですかね?!

 それにも関わらずこの女性教諭、生徒からの信頼が結構あつい。大概白衣を着なすって、生徒に「やさしく」解り易く教える。そしてまるで生徒目線で親しみ深い、かたくるしくも無くちょっと軽めなねえさんといった所。しかだ結構若くてピチピチして居ると来た。この学校の教師の中で、多分一番か二番かぐらいに生徒たちからの好感度が高い。


 ‥‥そんな女性の先生の声が、を進める毎に近づいて来る。授業が行われて居るのに遅れて来た背徳感というか、やってしまったな、という焦りの感じが急に込み上げて来る。


 もう俺たちと、授業が行われて居る理科実験室までの距離は、教室ひとつ分も無い。

 既に、講義をして居る女性教諭のやや高めの声は、授業を受けて居る人たちのと変わらない位の大きさで聞こえて来る。俺たちの足音も、殆ど生徒たちに察知されて居る様な気配がする。今更遅れて来る俺たちの心はちょう、出来の悪いテストの点数を親に今見せんとするが如くの不穏な雰囲気にまれて、ひたすらやるせない感情で埋め尽くされる。心がつぶされて途端にシボみ切ってキュウキュウ言う。みじめ、せつない。


 俺たちふたりが並んでついに扉の前に立ったその瞬間、風評や周囲の見る目なんてこれっぽっちも知った事では無いぼっちの俺は、それを堂々と開け放った。


 直ぐ様‥‥教室に居る全ての人間の視線がこちらに集中した。こっちを見る人、ひと、ひと‥‥。


「‥‥授業が始まってからじう分はって居ますね。ふたりとも何か事情でもあったのですか?」


 文章に起こせば柔らかい先生の言葉。だが、実際に俺たちを少し責める様な声色で、然も四〇人弱の人間に見られて居る中で、生徒の上の立場たる教師にこう聞かれるのは、意外に結構な精神的ストレス。ひたすらびしい。

 こうなって仕舞えば、中々発話する事の出来無いコミュ症ぼっちの俺は、ただただ先生に向かって決まりが悪そうにしゃくするのみである。理由を今聞かれても、別に必ずそれを今この時に全部言う必要など無い。出来る限り授業を中断させない様に、ポーズとして詫びるだけして、それから何も無かったかの様に早く席に着く、のが一番。兎に角早く座らねば‥‥。


 ‥‥だが、俺と一緒に教室の後ろから入ってからぐに、こうして遅れた理由を聞かれた女子生徒という人間は、焦ってほとんど強迫・反射的に、場都合バツが悪そうにしどろもどろに、そして恥づかしそうに遅れた理由を答え始めた。


「え、あの、えと‥‥その‥‥ふたりとも(遅れて来た理由として)、一緒にトイレの個室に行ってました。ふたりとも(理由は)一緒ドゥエ‥です。一緒ッ、‥‥ですっ‥‥。片峠さん、と、一緒だったんで‥ㇲ」


「‥‥‥‥‥‥」

「‥‥‥‥‥‥」

 俺を含む人々の沈黙にハッとした女子生徒という人間は、少し不味まずい事になって居ると気付いて、


「あ、いや、片峠さんも同じ理由って事です。トイレです。ふたりとも、トイレで(退出するタイミングが)一緒だったってだけです‥‥」

 こうして恥を重ねた。


『もしかしてふたりきりのトイレで生物の勉強を‥‥?!』


 何故そうなる。どよめく教室の人々。


『ザワザワザワ‥‥』


 頭を掻く先生。椅子に座っている人々の雰囲気から、未だ発言が曲解されたままだと感じ取った女子生徒という人間は焦って、


「あ、先生、違うんです!コレは違うんです!私と片峠さんがトイレに行ってたのはおせッ——あああ、もう!そうじゃなくて!!」


 「授業が中断して居るから早く再開させんといかん、迷惑かけるな」というの先生は言う。


「もういいから‥‥ふたりとも席に着きなさい‥‥初めからちょうまで前の授業を復習してた所だったから‥‥授業は進んで居ませんし、新しい所は教えてませんよ。あと‥‥ふたりとも終わったらちゃんと遅刻の理由を聞きたいから残る事。どんな遅刻にも情ジ‥、もとい、ちゃんとした事情がある筈だから、ね?」


 限界コミュ障ぼっちの俺が入れる様な会話の隙間は無かった。先生もわざわざ「ちゃんとした事情がある」と言ってくれるんだから多分それ程悪意は無いのだろうが‥‥。

 教室の何処どこそこから意地悪く小さなくすくす笑う声が聞こえる。何とも可哀想な気もしないでも無い。


 哀れ。この女子生徒、ナントモかわいそうに‥‥





 授業後真っ先に、俺は先生の元、理科実験室特有の黒く横長な教卓の前へと行き‥‥さっきの遅刻の事情の説明、もとい‥‥女子生徒という人間が発したやけに言い方の悪い誤解を生む言葉のフォローをして居た。

 やはり変な物言いをして仕舞ったせいで不安がって居るのか、俺の右斜め後ろに‥‥おずおずと付く様にの女子生徒という人間は立って居た。


「あの、先生‥‥この人間ひとはチョッとどうも緊張すると焦り易いきらいがあるみたいですので‥‥上がって仕舞ったらしいのです。どうか間違ったふうに捉えないで欲しいのです、先生。なんの事は無く、ただ、ふたりとも、それぞれ別々のトイレから偶然時を同じくして出ただけです。それで一緒になったのです。かの‥この人間ひとは、遅刻して焦る心があるからこそああなったのです。極力遅刻をしまいという真面目さ故の結果です。先生が仰った通り誰にだってちゃんとした事情はあります。どうか責めないで、変に詰めないで下さい‥‥!そもそも‥‥学校でふたりが一緒に、いや同性同士なら普通にあり得ますけど、しかし‥‥異性同士が連れ立って一緒に同じトイレに入る訳が無いでしょう?!りの多様性きょうようトイレぢゃ有るまいし‥‥」


 おかしな事に、女子生徒という人間に珍しく義理の心というか、目の前に女性忌避的な念より一段と強い人情の様な物が何故なぜかこんな俺にも現れて来た、ので、取り敢えず擁護しつつ正確な状況説明を行おうとする。

 一応少しの間でも自分と辛苦を共にしたあいだがらなんだからと‥‥。





 五時限目の休み時間が半分は過ぎたろう時刻。ようやくふたりとも、やや遅目ながらも時間内にもとの教室に入って来れた。但しふたりとも、と言ってもぼっち生活で馴らした俊足早歩きの俺の方が、ズッと女子生徒という人間より早かったけどね!!!自慢のしゅんそくで飛ばせ‥‥走る姿美しい。いいぞススム、ガンバレススム‥‥!


 ‥‥そのうち、ぞろぞろざわざわ人のたかる、昼下がりの暖かな教室に、社会科担当の男性教諭が入って来た。


 次の六時限目は公共の授業。『公共』というのは、元々あった『現代社会』という名前の教科が、いつかの学習指導要領改定の後に適当に名前を変えたものであるらしい。両方の授業を一緒に受けた事は無いので、何が違うのかは良く分からないが‥‥多分、ほぼおんなじものなんでしょうね‥‥。

 『公共』だか『現代社会』だかどっちでも良いが、兎に角そんな教科で習う内容なんか、うせ一般教養の範疇ばかりであるから授業を受けなくとも大体分かり切って居る。つまり、先生の話を無視して教科書の先を読むのが楽しい時間。まあ数学と英語と体育以外の授業は大抵、その様な感じであるが‥‥。


 そして‥‥この先生の話は偏って居てその上詰まらないので‥‥大いに抗議の意味も込めて、俺は堂々と公共では無く倫理(習わないので教科書を勝手に書店で買った)の教科書を開いて読む事にした。俺はいつもこういう事をやって居るので、公共の教科書・ノートは一〇分に一度気持ち程度に読んだり取ったりするだけである。これで居て全く先生に申し訳無いとは思って居ない。俺は一番後ろの席に座って居るから、違う教科書を読んで居たってそこまで目立たないし‥‥。見られて注意されない限りは無問題。


 所で倫理。倫理ねぇ‥‥倫理かぁ‥‥。残り三分の休み時間を適当な妄想で潰そうと「何か倫理が絡む出来事とかあったっけ‥‥?」と下らない事を頭に浮かばせて居ると、思いのほかぐ、俺の奥底にひそむ厭な事柄や記憶を思い出した。


 ‥‥俺は必ずしも他人(ひと)との「最低限度」の意思疎通が出来無い訳では無いが‥‥逆に言えばその程度が、俺のコミュニケーション能力で出来る殆どギリギリである。俺には人とのコミュニケーションに於いて適切なやり方を理解する能力も実行する能力も十分に無く、同年代以上の人間と「自然に」「当たり前に」人と関わる事はほぼ不可能に近い。この性質により、俺は今まで散々な学生生活を送って来た。

 この俺という高校二年生は果たして『倫理的』に生きられるのだろうか?


 邪魔で、他人を否応無く不快にさせて仕舞う俺は、あんじょう小中学生の時に良く地味ないやがらせをやられた。やられるモンは仕方が無いので、そうしたものの大概は解決法を見出したり、相手をどうにかして陥れたりして克服したのだが‥‥俺がいくら話し掛けても肩を叩いてもみんなが無視して来るのだけは、効果的な対処法がわからなかった。

 他人に働き掛けても無視されるというのは、ただの悪意、か面白がりかをて相手にそうされるという様な、自分に非が無くして起こる様な物だけでは無い。そもそも自分のコミュニケーションが適切で無いからそうされて居る可能性があるのだ。俺にはそれとこれとの線引きが、全く不可能であった。そういう物が普通の人間程には俺は分からない。俺にとって「本当に適切なコミュニケーションをする」という事は、五里霧中にてぴったり正確に目的地に辿り着く様な困難さである。つまり出来無い。だからこそ、俺はズッとこういう事をされて居たのである。

 俺はむを得ず他人に用があって話さないといけない様な場合、相手に話し掛けたり肩を叩いたりしても全く反応せぬ事を確認次第、聞こえている事を信じて用件を一方的に言うしか無かった。殆ど対症療法的な、何と浅はかな対処方法である。でも俺にはこうするしか無かった。


 勿論悪口を言われたり、嫌な反応をされたりする事もあった。一応性別関係無くされて居たものの、男子生徒にされるそれはかなり控えめであった。「こんな事はダサい」という事をうすうすわかって居るし、なんならきちんと「一線」を超えぬようにして来る。その様な少しばかりの良心があった。

 しかしそれを平気で踏み越えて来る者たちに、俺は苦しんだ。

 カレラは一々一挙手一投足をあげつらって俺の万事を気持ち悪がり、教室で、体育で、休み時間で、給食中で、あらゆる状況下で、露骨に反応するのを何度も何度も何度も何度も毎日毎日何年も何年も俺に繰り返して来た。全くカレラには歯止めや良心というものが無い様であった。

 誰だって、広義の悪口言われたり、指差して笑われたり、見下されたり、蔑まれたりされるのはただ強いストレスな筈、一応そう、だよね?でも‥‥カレラの様に平然と、それを当たり前の正義としてやるのは‥‥


 少なくともそのえいは、一般的な物のかたとして、全く倫理的では無い。

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