第12章『黒幕の正体』(1)

 遺跡の最深部へと延びる階段は、底の見えない暗闇に飲み込まれていた。

 レオたちはフォトンエッジから放たれる青い輝きに頼り、足元を確かめながらひたすら降り続ける。

 冷え切った空気が肌にまとわりつき、深い地下へ潜るにつれて息苦しさすら感じられた。


「どれくらい降りただろうか」


 バルゴが荒い呼吸の合間に漏らす。

 壁面に刻まれた古代文字は青白く光を帯び、通路全体がかすかな神秘を漂わせていた。


「少なくとも500メートルは下ったでしょう」


 フィンは壁に刻まれた刻印を指先でなぞりつつ答える。

 その足元には彼が踏んだ跡がわずかに残り、そこから見上げる階段は闇に溶け込んでいた。


「旧文明の人々は重要な施設を地下深くに建設したようです」


 途中、階段は何度も方向を変え、広い踊り場のような空間を抜けたあと、また別の階段へと繋がる。

 薄青い発光ラインが壁や天井を流れるように走り、かすかな機械の駆動音のような振動が耳の奥に届いていた。


「この光……」


 エリーシアは壁の浅い溝に手をかざし、指先をそっと近づける。

 そこには前より強くなった淡い輝きが走っていた。


「以前より明るくなっています。アポカリプスの起動と関係があるのでしょうか」

「間違いないでしょう。遺跡全体が一つのシステムとして稼働しているのかもしれません」


 フィンが神妙な表情でうなずくと、レオは微かに息を飲んだ。

 この先に待ち受けるイザークとの対峙と、アポカリプスの謎。地下深くへ落ちていく気温とは裏腹に、胸の内は熱く揺れていた。


「千年以上生きてきた男……」


 レオは口の中で転がすようにその事実を噛みしめる。

 どこか現実離れした話だが、あの冷たい瞳に宿っていたのは確かに長い年月の重みだった。


「彼の本当の目的は何なんだろう」

「復讐でも支配でもない何かかもしれませんね」


 エリーシアがそっと言葉を返す。

 その横顔は、イザークの孤独に思いを馳せるような儚げな光を宿していた。


「どんな理由があろうと、世界を『選別』するなど許されることではない」


 ゼオンが険しい表情で言い放つと、レオは小さくうなずく。

 どんな事情があれ、アポカリプスの発動だけは阻止しなければならない。

 それだけが確かな事実だった。


 さらに1時間ほどを下り続けたころ、階段の終わりが視界に現れた。

 そこには重厚な金属の巨大な扉。表面には複雑な紋様が走り、手のひらほどの窪みが中央に据えられている。


「最後の関門か」


 バルゴが低い声でつぶやく。

 レオがフォトンエッジを掲げて近づけると、扉は青く光を放ち、深くこもった金属音を立てながらゆっくりと左右に開いていった。


 扉の先に広がる光景を見た瞬間、全員が息を呑んだ。

 そこには巨大なドーム空間が広がり、直径は優に500メートルを超えるほど。

 床から天井まで、高さも数十メートルではきかない。

 中央にそびえ立つのは逆円錐形を成す巨大な構造物で、天井に向かって鋭く伸びている。

 階層状に積み重ねられた機械パーツが青い光を放出し、無数のケーブルが床の発光ラインと絡み合っていた。


「アポカリプスだ……」


 フィンが畏怖に満ちた声でつぶやく。

 辺り一帯には、何ともいえない静けさと緊張感が充満していた。


「驚くべき光景ですね」


 不意に響いたのはイザークの声。

 振り返ると、彼は扉の近くに佇んでいた。

 白いコートを纏う姿は、青い照明の中に半ば溶け込むように幽鬼じみた雰囲気をまとっている。


「よく来たな、黒崎レオ。そして、その仲間たち」


 まるで来訪を歓迎するかのような穏やかな口調だが、その奥には冷ややかな決意が潜んでいる。

 レオはフォトンエッジを握りしめたまま、その様子を警戒のまなざしで追う。


「イザーク。アポカリプスを止めに来た」


 イザークは微笑みとともに装置へと歩み寄る。

 レオたちもそれに続くが、周囲の巨大な機械群から放たれる独特の振動が足元まで伝わってきた。


「これが『アポカリプス』。文字通り、『終末』と『啓示』だ」


 イザークは巨大な装置の基部に片手を当て、目を伏せる。


「どういう意味だ?」


 ゼオンが警戒を崩さぬまま問いかける。

 イザークはどこか懐かしむような調子で答えた。


「この装置は二つの機能を持つ。一つは次元の境界を操作する『転移機能』、もう一つは世界を再構築する『選別機能』だ」


 語りながらイザークは制御パネルに触れていく。


「アポカリプスは、かつて私とアークライトが共同で開発した。目的はエネルギー危機の解決だった。次元の境界から無限のエネルギーを引き出す夢のような技術……」


 ホログラムが浮かび上がり、過去の地球の映像が立体的に映し出された。


「しかし、大崩壊が起きた」


 フィンが喉を詰まらせるように言うと、イザークはわずかに眉を下げてうなずく。


「そう。テストの際、アークライトは私の反対を押し切って安全装置を無視した。結果、次元の裂け目が発生し、制御不能な破壊力が世界を引き裂いた……私の妻と娘、そして多くの同僚が亡くなった。アークライト自身の家族も犠牲になった」


 その瞳には長く深い悲しみが垣間見える。

 エリーシアが小さく息を呑む。


「では、あなたは復讐のために……」

「いいえ。復讐ではない。贖罪だ」


 そう言ったイザークの横顔には、何か空虚さが混ざっていた。

 パネルに手を置くと、今度は現在の世界地図が表示され、その上にいくつもの赤い光点が瞬く。


「事故の影響は世界中に波及し、人類文明は崩壊した。そして1000年以上が経過したが、人類はまた同じ過ちを繰り返そうとしている。私は不老不死の呪いを受けながら、それを見届け続けてきた」


 静かな語り口ではあるが、そこには底知れない絶望と、揺るぎない決意が宿っていた。

 レオは息苦しさを覚えながら問う。


「では、あなたの計画は…………?」

「私の目的は破壊ではない。『リセット』だ。アポカリプスの『選別機能』によって旧文明の危険技術と記録を全て消し去り、私の導きのもとで安全な新たな文明を築く」

「それは独裁だ」


 ゼオンが怒りを露わにし、拳を握りしめる。

 イザークはまるでどこか悟りを開いたように微笑む。


「独裁ではなく、導き。私は千年の知恵を持つ。人類が自らを滅ぼさないよう、正しい方向へ先導できる」

「しかし、その選別で多くの命が失われます」


 エリーシアは苦しげに目を伏せる。

 イザークの表情がわずかに曇り、一瞬だけ言葉を探すような間があった。


「残念ながら、必要な犠牲だ。少数の犠牲で全人類の未来を守れるなら、それは妥当な交換条件になると私は考えている」


 レオはその言葉にこみ上げる違和感を抑え切れず、声を上げる。


「イザーク。あなたは本当に千年間、この計画のためだけに生きてきたのか?」


 イザークの瞳にかすかな動揺が走る。

 その浅い表情の変化をレオは見逃さない。


「孤独ではなかったのか? 家族や友人を失い、千年以上も一人で背負い続けるなんて」


 問いかけるレオに、イザークはしばし沈黙する。

 奥底に沈殿した想いが、ほんの少しだけにじみ出るように見えた。


「私は……忘れたかったんだ。妻と娘の死の責任から逃れるために、この計画にすべてを注いだ。世界を『修正』すれば、自分も赦されるのではと……」

「それは逃避ではないでしょうか」


 エリーシアが穏やかに声を重ねる。

 イザークの横顔が痛むように歪む。


「千年以上、私はこの目で人類の愚行を見続けてきたんだ。共に進むだけでは、再び破滅に向かう。だから、私は導く必要があると考えた」


 その感情の高まりに呼応するように、アポカリプス装置の光が強度を増し、ドーム全体が不気味な振動に包まれる。

 フィンが画面を確認し、声を上げた。


「起動プロセスが加速しています。イザークの感情がシステムを活性化させているようです!」


 イザークは一度静かな呼吸をして、冷えた声を取り戻す。


「残り18時間でアポカリプスは完全起動する。これを阻止するには、私を倒すほかに道はない」

「止める。人の命を犠牲にして未来を作ることは、何も解決しない」


 レオはフォトンエッジを握り直し、身体を落として構える。

 イザークは言葉なく、その胸元のクリスタルへ指先を添えた。

 周囲の空気がわずかに揺らぎ、イザークの身体を覆うように青白い光が集まる。


「これが千年の間に習得した『光の操作術』。あなたのフォトンエッジと似ているが、より純粋な光のエネルギーだ」


 光が明滅を繰り返しながら刃のように固まり、イザークの手元に具現化する。

 レオは仲間たちに目を向けた。


「イザークは僕が引き受ける。みんなはアポカリプスの停止方法を探してくれ」

「一人では危険だ」


 ゼオンが反対するが、レオは真摯なまなざしで答える。


「アポカリプスをこのまま放っておけない。僕に攻撃を集中させる間に、何とか停止の糸口を見つけてほしい」


 バルゴが片眉を下げながらも頷く。


「わかった。だが、命を粗末にするなよ」


 フィンはすでに制御パネルへ走り、エリーシアとゼオン、バルゴもそれぞれ分散して装置の周囲を調べ始める。

 レオはかすかな痛みを伴う緊張を感じながら、イザークへと向き直った。


「さあ、黒崎レオ。あなたの決意を見せてもらおう」


 イザークの光刃が鋭く煌めき、レオもフォトンエッジを振るって迎え撃つ。

 刃同士が衝突した瞬間、まばゆいほどの閃光がドーム内を満たし、耳をつんざく衝撃音が響いた。


 イザークの動きは驚くほど素早く、まるで風のように滑るように距離を詰めては、一撃を繰り出してくる。

 レオは鍛え上げた剣捌きを総動員して何とか応じていたが、その威力と速度はまさに千年の研鑽を思わせる。


「なかなかだ。わずか数日でそこまで力を引き出すとは」


 イザークが短く賞賛する。

 次の瞬間、彼が伸ばした指先から複数の光の矢が生まれ、レオへと一斉に飛び込んだ。

 レオはフォトンエッジを素早く振り回し、大半を弾き返すも、一本が肩を掠めて鋭い痛みが走る。


「くっ……」

「光のエネルギーを操る術は無限だ。私はそれを千年かけて極めた」


 なおも攻撃を仕掛けるイザークに対し、レオはわずかに息を整える間もなく必死に反撃を試みる。

 

 ◇


 一方で、フィンやエリーシアたちはアポカリプス装置の制御パネルや基部の構造を探っていた。

 しかし、通常の停止手順では対応できないほど複雑なシステムらしい。


「この制御システム、あまりにも高度すぎます。普通の方法じゃ停止は無理です!」


 フィンが叫び、ゼオンが大剣を振りかざす。


「なら物理的に破壊するか?」

「下手に破壊すれば暴走する可能性が高い!」


 焦りの色を強めるフィンの横で、バルゴが装置の基部に耳を澄ますように触れていた。


「どこかに弱点があるはずなんだが……」


 エリーシアは古代文字が刻まれたパネルに視線を落とし、何とか解読を進めている。


「ここに……『二つの鍵』についての記述があります!」


 エリーシアの声があたりに響き渡った。

 

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