第10章『覚醒への一歩』(1)
夜明け前のグリーンハイブン東の門を、白い霧がそっと覆っていた。
その薄いベールの向こうに、五つの人影が静かに集う。
まだ眠りの中にある村の空気は冷たく、かすかな草木の香りが鼻をかすめた。
「全員、準備はいいな?」
ゼオンの低い声が、凛とした空気の中に溶け込む。
大剣を背負った彼の姿は、淡い朝靄の中で力強い輪郭を際立たせていた。
バルゴが「あぁ」とうなずく。
鉄槌を握り締めた手はずっしりと重厚で、腰には工具袋が揺れている。
フィンは短弓を手に、矢筒を確認していた。
その指先は真剣な気配を帯び、彼の冷静な瞳が東の空をそっと一瞥する。
「遺跡の地図も記憶しました。中に入ったら私が案内します」
エリーシアは青と白の実用的な服装に身を包み、治癒魔法の杖を手にしている。
柔らかい朝の光が彼女の髪を照らし、その表情には確固とした決意がうかがえた。
静かな微笑みをレオに向けると、彼女の声が続く。
「行きましょう」
レオは深く息を吸った。
鼻腔に入り込む冷たい空気が、まだ僅かに残る眠気を吹き飛ばす。
腰に下げたフォトンエッジの柄へと手を伸ばし、特訓の日々を思い返すと胸が引き締まる思いだった。
剣の結晶がかすかに青い輝きを帯び、微細な振動を伝えてくる。
「ありがとう、みんな」
その言葉とともに、レオは霧の向こうへ視線をやる。
やるべきことが、そこにある。全員がうなずき合うと、五人は村を後にし、アークライト遺跡をめざして歩き始めた。
◇
湿った森を抜け、緩やかな丘を越えるにつれ、朝日は徐々に地平線を照らし出す。
森の匂いから荒野の乾いた空気へと移り変わるにつれ、周囲の景色は色彩を失いかけたような灰褐色に変化していった。
五人は声も少なめに、慎重な足取りを保つ。
レオは仲間たちの存在が、自分の背中を押してくれるのをひしひしと感じていた。
正午近くになると、広大な荒野の向こうに、奇妙な金属とコンクリートが交錯する建造物のシルエットが浮かび上がった。
アークライト遺跡――遠目からでもその圧倒的な大きさがわかり、胸の奥がざわめく。
「近づきすぎると見張りに気づかれる」
ゼオンが、澄んだ声で全員に警戒を促す。
視界に広がる無骨な外壁が、まるで戦う意志を持っているかのようにそびえ立っていた。
「西側の迂回路を使おう」
荒野の風に混じって、かすかに金属の軋むような音が聞こえた。
フィンが地図を取り出し、こぶしほどの大きさの岩を目印に、通るべきルートを指し示す。
「この谷を通れば、遺跡の西側入口に直接アクセスできます」
時間を浪費しないようにと、彼らは谷底へ降りた。
足場の悪い岩肌を慎重に進むと、空気が徐々に重くなっていくのをレオは感じる。
まるで遺跡が放つ得体の知れないエネルギーに飲み込まれていくかのようだ。
「感じるか?」
バルゴが眉をひそめ、鋭い視線を遺跡に向けた。
「遺跡から何かが漏れている」
レオも同じ胸騒ぎを覚える。
腰のフォトンエッジが微かに震え、見えない力を察知したかのように小刻みに脈動していた。
「シグルドが既に何かを起動させたのかもしれない」
フィンの声にも不安が混じる。
しかし彼らに後戻りの選択肢はなかった。
やがて、視線の先に高さ10メートルほどの金属の壁が現れた。
その一部には人ひとりが通るのがやっとの入口がある。
黒狼の見張りらしき姿は見当たらないが、そのことが逆に不気味だった。
「妙だな……警備がいない」
ゼオンの低い言葉が、張り詰めた沈黙を破った。
「罠かもしれんな」
バルゴが唸る。
レオも周囲に神経を研ぎ澄ませながら、わずかな風の流れや足元の小石の感触まで確かめるようにして、一歩ずつ近づいていった。
「この扉には特殊なロックがあります。旧文明の安全機構ですが……」
フィンが入口近くの壁面を指先でそっと撫でた。
複雑な紋様が金属の表面を覆っている。
そこへレオがフォトンエッジを近づけた途端、壁に埋め込まれた結晶が青い光を放ち、紋様が浮かび上がった。
「レオさん、剣を扉に近づけてみてください」
驚くフィンの声に従うと、扉が重々しい音を立ててゆっくりと開いていく。
その姿に、レオは自分の胸が高鳴るのを感じた。
「まさか……フォトンエッジが鍵代わりになるとは」
フィンは信じられない様子だ。
バルゴが頷き、口元に笑みを浮かべる。
「旧文明の合金の性質をうまく再現できたということか」
扉をくぐると、中は薄暗い通路が一直線に伸びていた。
壁に埋め込まれた装置が青白い微光を放ち、かすかな機械音が耳を打つ。
まるで何かがずっとこの場所を守り続けているような、不思議な静謐さが漂っていた。
「私が先頭に立ちます。旧文明の罠に気づける可能性が高いので」
フィンの声に頷き合いながら、レオたちは通路を慎重に進む。
レオは金属の壁を指でなぞり、表面に感じるひんやりとした感触に改めて時の流れを思い知らされる。
ここが千年以上前の文明の名残であることを思うと、薄暗い中でも得体の知れない畏怖を覚えた。
「すごい……」
レオは思わず言葉をこぼした。
自分の世界で見慣れた近未来の技術とも違う、まさに未知の先端――。
それが廃墟となって眠る光景に、心がざわつく。
「旧文明は驚異的な科学力を持っていました。残念ながら、それが彼らの破滅も招いたのですが」
フィンの呟きが通路にこだまする。
天井からは水滴が落ち、長い年月の蓄積を音にして伝えているかのようだ。
分岐点に差しかかるたび、フィンの地図と記憶が頼りになる。
レオは足跡や壁の傷を確認しながら、シグルドたちが既にこの奥へ進んだのだと感じていた。
「気をつけて」
ゼオンが急に動きを止める。
床の上にはくっきりとした足跡が残り、金属の壁には細かい擦れ痕が走っていた。
「誰かが通った跡がある」
その跡の形状からして黒狼の部下たちだろう、とバルゴが低い声で呟く。
レオは肩に力が入るのを感じながら、一層警戒を強めて歩を進める。
やがて、通路は円形の広い部屋へとつながっていた。
高い天井には薄明かりを放つパネルが埋め込まれ、その下にはガラスケースに収められた無数の装置が整然と並んでいる。
「これは……記録室だ!」
フィンが目を見張る。
円卓のような台が部屋の中央に鎮座しており、その表面には幾何学的な模様と手形の凹みが彫り込まれていた。
レオはこみ上げる好奇心を抑えきれず、円卓へ近づく。
「ここには旧文明の重要な記録が保存されているはずです。もしかしたら、次元転移装置や終末兵器についての情報も……」
円卓の中央に伸びる凹みに、どこか見覚えのある意匠が混ざっていた。
それはかつてビームサーベルの柄に刻まれていた模様に酷似している。
レオは引き寄せられるように手を伸ばした。
「待て!」
バルゴが制止を叫ぶが、レオの指先はすでに凹みに触れていた。
瞬間、円卓が鮮やかな青い光を放ち、台の中心から光の柱が立ち上がる。
それは音もなく形を変え、やがて古代風の衣装を纏った男性の立体映像へと変貌した。
「ホログラム……」
レオの胸が高鳴る。
男性の姿は奇妙な言語で話し始め、誰一人理解できなかったが、やがて言葉が変化していった。
「……メッセージを残す」
まるで何かを翻訳するように音声が調整され、男性が淡々と語り出す。
「私の名はアーサー・アークライト。この施設の主任研究員であり、そして……破滅の元凶だ」
その表情には深い悲しみが刻まれていた。
レオは息を飲み、耳をそばだてる。
まさに自分のいた世界の行く末を語る声のように感じられた。
「次元転移実験は、我々の世界に取り返しのつかない亀裂をもたらした」
レオは眉をひそめる。
自分の世界でも研究されていた転移技術と、ここで行われた実験がどう重なるのか。
想像するだけで、胸が凍る思いだった。
「終末兵器『アポカリプス』は、その亀裂を修復するために開発された。しかし、それは諸刃の剣だ。正しく使えば世界を救う可能性がある。だが、誤った使い方をすれば、全てを消し去ることになる」
アークライトの声が苦渋に満ちているのが伝わってくる。
思い出すのはビームサーベルが指し示していた力と、そしてシグルドが黒狼を率いて追い求める目的。
レオは知らず拳を握り締めていた。
「二つの鍵—『光の鍵』と『闇の鍵』。それらは我々が作り出した最後の遺産だ。光の鍵は保護と修復のため、闇の鍵は破壊と再生のために」
レオは腰のフォトンエッジを思い出す。
かつてのビームサーベルはもしかすると「光の鍵」、シグルドのブラックサーベルは「闇の鍵」なのだろうか。
疑問が渦巻く。
「二つの鍵は決して同時に使ってはならない。それは制御不能な力を解き放つことになる」
アークライトの警告に、部屋の空気が凍りつく。
彼の映像はわずかに揺らぎながら、なおも語る。
「イザーク。もし君がこれを見ているなら、復讐は何も解決しない。『アポカリプス』を起動すれば、すべてが終わるだけだ」
やがて映像は薄れ、光の柱が消え去ると、重苦しい沈黙が残った。
レオはアークライトの最後の表情を思い浮かべ、胸が詰まるようだった。
「イザーク……」
エリーシアが小さく呟く。
その名が示すものが何なのか、まだ見えないが、ただならぬ存在を予感させる。
バルゴが険しい表情をつくり、ぎゅっと鉄槌を握り締めた。
「終末兵器『アポカリプス』の危険性が明らかになった。絶対に起動させてはならない」
「二つの鍵の真の目的とは……何なのだろう」
レオの問いかけに、エリーシアはアークライトの言葉を反すうように口を開く。
「正しく使えば、世界を救う可能性がある。でも誤った使い方では……」
そのとき、遠くから爆発音が響き、床が鈍く震えた。
遺跡の金属がギシリと悲鳴を上げ、余波で部屋の壁がわずかに軋む。
「何だ?」
ゼオンが反射的に剣を抜く。
フィンが耳を澄ませて声をあげた。
「中央区画から来ています。何かが起きています」
金属のこすれる不快な音や、怒号に混じる悲鳴が奥から届いてきた。
バルゴが歯を食いしばる。
「シグルドの部下たちだ。何かが奴らを襲っているようだ」
「中央区画へ行こう。シグルドが何をしているのか確かめる必要がある」
レオは意を決したように告げる。
全員がうなずき合い、足早に部屋を出ると、揺れの大きい通路を進んだ。
火花を散らす古代の機器や、崩れかけの壁をかわしながら、一行は奥へと急ぐ。
「遺跡全体が不安定になっています。旧文明の防御システムが起動しているのかもしれません」
フィンが壁に埋め込まれたパネルをひと目見て、警告の声を上げる。
その言葉通り、メカニズムが活性化しているらしく、ライトが点滅を繰り返していた。
やがて大きな扉に辿り着くと、向こう側から混乱した足音や叫び声が波のように押し寄せてきた。
「ここが中央区画への入口です」
フィンがそう言うや、レオはフォトンエッジを扉に近づける。
扉は重々しく開き、中の光景をあらわにする。
その場面に、一同は思わず息を呑んだ。
広大な円形ホールには、黒狼の部下たちが右往左往しながら戦っている。
だが敵は人間ではなかった。
金属製のボディと赤い光る目を持つロボットが、彼らを追い立てるように攻撃を仕掛けている。
エネルギー波が音もなく放たれ、部下たちは次々と倒れ伏していく。
「旧文明の防御機構です!」
フィンの叫びを合図に、レオたちは一気に飛び込んだ。
ゼオンが大剣を振るい、バルゴも鉄槌を唸らせてロボットたちを打ち崩す。
フィンは正確な射撃でロボットの要所を狙い、エリーシアは防御魔法で味方を援護する。
レオも内なる力を引き出し、フォトンエッジを握り込む。
刃が青く輝き、金属製のロボットの身体を難なく切り裂いていった。
衝撃に僅かな手応えを感じるたび、剣と自分が一体となっている実感が強まる。
しかし、ロボットの攻撃も容赦ない。
一体がエネルギー波を放ってきたとき、レオは咄嗟に身を沈めるが腕をかすめられ、鋭い痛みが走った。
「うっ!」
歯を食いしばると同時に、エリーシアが駆け寄って治癒魔法を施す。
暖かな光が腕を包み込み、痛みが和らいでいく。
「大丈夫ですか?」
「ありがとう」
レオは息を整え、再び前へと躍り出る。
黒狼の部下たちも彼らの助力に驚きながら、一時的な協力関係を築くようにロボットと戦い始めた。
そうして必死の抗戦を続けるうちに、最後のロボットが火花を噴き出し、金属音とともに地面へと崩れ落ちる。
ホールには焦げた金属の匂いが漂い、戦いの熱気で充満していた。
「なぜ……助けた?」
震える声で尋ねてきたのは、黒狼の部下の一人だった。
彼は警戒心をうかがわせながらも、命拾いしたらしく呼吸が荒い。
「人が危険な目に遭っているのを見過ごすわけにはいかない」
レオは短く答える。
部下の目には困惑の色が浮かんだが、状況を思い出したように叫んだ。
「シグルド様が危険だ。あの男と共に中央制御室に入った後、突然この機械どもが現れ始めた」
バルゴが眉をひそめ、「あの男?」と問い返す。
「長身の銀髪の男だ。冷たい目をしている……奴がシグルド様にアポカリプスについて話していた」
イザークという名が脳裏をよぎる。
ゼオンが低く呟き、レオたちは互いに視線を交わした。
「中央制御室はどこだ?」
レオの問いかけに、部下は巨大な扉を示す。
「あの先だ。だが、入るのは危険だ。あそこからこの混乱が始まった」
しかし、レオに退く気はさらさらなかった。
握りしめたフォトンエッジから淡い熱が伝わり、心を奮い立たせてくれる。
「行こう。シグルドとイザークを止めないと」
大きな扉の前に立ち、レオがフォトンエッジをかざす。
ところが、扉はまったく反応しない。
表面の紋様も光を帯びる気配すらない。
「くそ、どうして……?」
レオが唇を噛むと、フィンが鋭い眼差しで扉を調べる。
「より高度なセキュリティがあるようです。フォトンエッジでは不十分かもしれません」
「本物のビームサーベルが必要なのか……」
レオは失望の息をつく。
だが、そのとき横にある小部屋が目に留まった。
扉が少しだけ開いており、何やら装置がある気配を感じ取る。
「あそこは?」
エリーシアが指差すと、一同は小部屋へ踏み込んだ。
壁際には古い制御パネル、そして大きなガラスケースが目に飛び込んでくる。
ケースの中には多種多様な武器や装置が整然と保管されていた。
「補助武器庫だ。緊急時のための装備を保管している場所です」
フィンの解説を聞きながら、レオはケースの奥に見慣れぬ円筒形の装置を見つけた。
表面にはビームサーベルに似た模様が刻まれ、ふっと青い光が灯る。
「あれは……フォトンクリスタル・エンハンサーだ!」
バルゴが声を震わせる。
伝説の装置だというその名に、レオは胸が高鳴った。
「フォトンブレードの能力を増幅する特殊な結晶だと言われている」
ガラスケースは頑丈に閉じられているが、フィンが血の認証かもしれないと推測する。
レオはためらいなく指先を切り、血をケースに触れさせた。
途端に青白い光が走り、重厚な音とともにケースが開く。
「やはりあなたの遺伝子が鍵なのです」
フィンは息を呑むように言う。
レオは円筒形のエンハンサーを手にすると、それは脈打つような振動を返してきた。
剣の柄にある結晶へ近づけると、まるで引き寄せ合うようにぴたりとはまり込む。
一瞬の静寂を経て、フォトンエッジが眩いほどの青い光を放ち始めた。
ほとばしるエネルギーがレオの体に流れ込み、視界が研ぎ澄まされていくような感覚を覚える。
「信じられない……」
光刃はこれまでとは違い、完全に青白いオーラだけで形作られていた。
周囲を取り巻く紋様が脈動し、神秘的な力を宿しているのがわかる。
レオは剣を軽く振ってみる。
金属の軋む音すら感じさせない滑らかな切れ味に、心が震えた。
「『フォトンバースト』の状態だ。伝説の覚醒状態だ」
バルゴの言葉に、レオは思わず剣を見つめる。
これほどまでの力を扱いきれるのか――その一方で、もう退く選択肢など自分にはないことを確信していた。
「だが、これだけで十分だろうか」
レオの胸にはまだ一抹の不安が残る。
しかし、ゼオンが力強く言葉を放った。
「問題は力ではない。お前の覚悟だ」
レオは剣先を下ろし、その言葉に耳を澄ませる。
思い起こされるのはシグルドとの戦いでの敗北感。
あのときは恐怖が自分の力を奪ったのだと、今のレオにははっきりわかる。
「今のお前なら、恐怖を超えられるか?」
ゼオンの視線を受け、レオはゆっくりと息を吸い込む。
恐怖はきっと消えはしない。
だが、それに縛られはしないという確信が、胸の奥に息づいていた。
「恐怖を否定せず、受け入れる。それでも前に進む。それが僕の覚悟だ」
エリーシアが穏やかな眼差しでそっとレオの肩を押さえた。
仲間たちの存在が、熱い鼓動となって伝わってくる。
再び巨大な扉の前に立ち、今度はフォトンバーストの光をまとった剣をかざす。
扉が即座に反応し、悠然と開き始めた。
「行こう。シグルドとイザークを止めるために」
レオは強い決意とともに一歩を踏み出す。
扉の向こうの空間から吹き出す不穏な空気に臆することなく、胸に宿る覚悟の炎をさらに燃え上がらせて。
輝きを増したフォトンエッジが、これからの戦いを予感するように青白く脈打っていた。
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