第9話 私として与えるもの


 晴明は電気もつけずに、暗い自室の隅で蹲っていた。

 耳をすますと、一人でブツブツと何かを呟いているのが聞こえた。


「晴明」

「こ、来ないで……。優希ちゃん」

「晴明」

「僕が悪い。僕が悪いから……。僕がもっとちゃんと説明しておけば良かった……。全部僕が悪い……」

「違うよ。私が約束を破ったのがいけないんだよ。晴明はダメだって言ってたのに」

「ち、違う。僕が悪い。僕がこんな顔だから、身体だから、嫌われる。誰にも好かれない」


 私はゆっくりと晴明に近づく。

 電気はつけなかった。


「晴明。そっち行くよ」

「来ないで! わかった……。君を諦める。もう何も欲しいって思いません。だから、許して。許して下さい。鍵を持ってくるから、見ないで部屋にいて。お願いします……」

「どうして諦めちゃうの? 私は晴明のこと諦めてない。約束破ったから嫌われちゃったかもしれないけど、諦めないよ」


 私の言葉に、晴明が身体を震わせる。


「……今から言うんだよ。わかる。皆いつもそうだった」

「誰と比べてるの?」

「……」

「今、晴明の前にいるのは沢谷優希だよ」


 私は、晴明の火傷跡を撫でた。

 すると、晴明がビクッと身体を震わせたので「ごめん! 痛い……?」と問いかけた。


「い、いたく、ない」

「もっと触ってもいい?」

「き、君が……いいなら」

「うん」


 私はスリスリと優しく、晴明の火傷跡を撫でる。

 感触はちょっと硬めで弾力がある感じだ。


「晴明は、私に見られるのが嫌だったんだね。それは、私に嫌がられると思ったから? それとも別の理由?」

「君に、き、嫌われたく、なくて……だから……隠そうと思った……」

「嫌じゃないから見てもいい? 家の中では、このままの晴明でいてくれる? 晴明が嫌じゃないなら」

「……わか、った」


 晴明が、恐る恐る顔を上げた。

 普段のつくりものの表情はどこにもない。

 何回も人を信頼しようとして、裏切られた続けた一人の人間がそこにいた。


「ごめんね。私にまで裏切られて、嫌になった?」

「な、らない……。気持ち、悪くない、の……。僕……」

「嫌いにならない? ありがとう。気持ち悪くないよ。さっき驚いたのは、急いで晴明がどっか行っちゃったから」


 私は晴明の涙を拭いながら、左頬の火傷跡を撫でる。


「き、もちわるく、ないのは……。君が、猫だから?」

「違う。晴明の目の前にいるのは、私だって言ったでしょ」


 私は、晴明の火傷跡にキスを落としていく。

 晴明は最初困惑していたが、最終的には受け入れてくれた。


 ——あぁ、早く変わってしまえ。


 この火傷跡は、私がキスした場所だという認識に書き変わってしまえ。


「う、移るよ」

「何が?」

「やけど、あと……」

「どこに」

「くちびる……に……」

「そしたら、口紅要らずだね」

「き、きみは……。いつも、すごいことをいう……」

「晴明も欲しいの?」

「え、あ……」


 晴明には伝わっているだろうか。

 もう私が、ただの猫としての扱いでは満足できていないことに。


 猫に与える程度の甘やかしでは、満足できないことに。

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