虎の威を借るチートスキル

さらす

序章

第1話 人生の目標


 神様によって『チートスキル』を授かった主人公が、その力を行使して悪人を成敗したり虐げられている人を助けたりする。おれはそんな小説が大好きで、今までいくつも読んできた。

 小説によって設定はいろいろだったけれど、『チートスキル』というものが誰にも負けない圧倒的な力だという設定はどの小説でも共通していた。そして主人公はその『チートスキル』で何ができるのかを調べ、使いこなし、どんな強敵が立ちはだかっても圧倒する。おれにもそんな強さがあればいいと思っていたし、『チートスキル』を使いこなす主人公に憧れていた。


 だけどあれは作り話で、自分の前に神様なんて現れてくれないし、『チートスキル』を授けてもくれない。そんなこと、おれはもう痛いほどわかっている。


「あぐうっ!」


 神様が『チートスキル』を授けてくれるなら、おれは小学校の同じクラスのみんなに一方的に殴られたりしない。


「待ちなよ、殴っちゃだめだよ。ねえ大虎ひろこくん、みんなが君にお願いしてるんだよ。別にやらなくてもいいんだけどさ、みんなの意見を踏みにじるのはよくないよね?」


 クラスメイトの一人である圭太けいたくんが笑いながらみんなを止めるけど、決しておれの味方をしているわけじゃない。

 圭太くんは俺にいつも『お願い』をしてくる。今日は近くのデパートで万引きをしろと『お願い』された。

 言うまでもなく、万引きはやっちゃいけないことだ。大人たちが『万引きというのは立派な犯罪であり、子供だからといって許されることじゃない』と言っているのを何回も聞いたし、おれもそう思う。


「だ、だけど、万引きなんてやっちゃいけないよ……」


 だからおれは抵抗の意志を見せた。しかしおれの選択がみんなに受け入れられることはない。


「おい大虎ぉ、お前の父ちゃんって圭太くんの父ちゃんにひどいことしたんだろ? だから俺たちは圭太くんにお詫びの品を持ってこいって頼んでるんだけだぞ」

「ち、ちがう! お父さんは、あくまで事故で……」

「そうそう。確かに君のお父さんが起こしたのは事故だ。ぼくのお父さんがそれに巻き込まれちゃっただけだって話だよね? うん、そう思った方が気が楽だよね、わかるよ」

「ちがっ……!」

「なんだよ、お前最低だな。親父が悪いことしたのに、圭太くんの父ちゃんがバカだって言うのかよ!」


 おれの抵抗は火に油を注ぐ結果になった。


「あのねえ、大虎くん。ぼくは別にお詫びをしろって命令はしてないよ。でもねえ、『みんな』が君がお詫びをするべきだと思ってるんだよ」

「……でも、一万円する何かをもってこいなんて、無理だよ」

「無理ならいいよ。うん、無理ならいい。ぼくはいいんだよ。でも君が無理だと言うならそれは、ぼくじゃなくて『みんな』の意志を踏みにじることになるんだよ?」

「……」

「それじゃあぼくはもう帰るよ。あ、でもね、『みんな』はまだ大虎くんと一緒にいたいみたいだからさ、一緒にいてあげてよ。いいよね? 『みんな』で決めたことなんだから」


 圭太くんはその場を立ち去ったけど、周りの男子たちはまだおれを取り囲むように立っている。

 その状況が『お詫びの品を用意しない』という選択がおれに許されないことを示していた。


 ※※※


「やらないと、やらないと……」


 デパートの前で自分に言い聞かせるようにつぶやく。なんとしてもここで一万円する品物をなにか用意しないと、明日からもっと殴られるかもしれない。それが怖かった。

 後のことなんてどうでもいい。おれにはもう、『万引きする』という選択しか許されていない。


 店内に入って、一万円する何かを探す。そこで目に入ったのは靴屋さんだった。靴なら一万円以上する物もあるはずだ。

 圭太くんの足のサイズなんて知らない。でも、とにかく持ってこいと言われた以上、やるしかない。

 店員さんの目を盗み、箱を抱えて走ろうとした時、誰かに肩を掴まれた。


「何をしている?」


 身体が飛び跳ねそうなほど驚いたけど、肩を掴んできた手は思ったよりも小さく、腕には赤い腕時計が巻かれていた。後ろを見ると、この場に一番いてほしくない女の子が険しい顔でおれを見ていた。


「チ、チトねえ!」


 驚きと気まずさのあまり声が裏返ったけど、そんなことは構わずにチト姉は顔を寄せてくる。


「大虎、私は『何をしているのか』と聞いている。さっさと質問に答えろ」

「そ、それは、その……」

「まさかその靴を盗むつもりじゃないだろうな?」

「う……」


 答えられずに俯くおれに対し、チト姉は更に質問をぶつけてきた。


「もうひとつ聞く。それはお前の意志か?」

「そ、その、違う! よ!」

「違うのだな? ならばさっさとこの店から出るぞ」


 腕を引っ張られて店の外に連れ出された後、チト姉は腕を組んでおれを見下ろす。


「なぜ私に相談しなかった?」

「……」

「私はお前の父親に、『自分に何かあったら大虎を頼む』と託され、私自身もそれを了承したと知っているだろう。困っているならどうして私に相談しなかったのだ? 私はお前にとってそんなに頼りないか?」


 チト姉は隣の家に住んでいる一つ上の女の子だ。小さい頃から一緒に遊んでいたし、なんでも自分で決めておれの前を歩くチト姉に憧れていた。だから……


「チト姉に嫌われるのがこわくて……」


 圭太くんたちに逆らえずに何もできないのがチト姉にバレたら、おれを見放すかもしれない。それが怖くて言えなかった。今もチト姉が次に何を言うかわからなくて怖い。

 だけどおれの予想に反して、チト姉は特に声を荒げることもなく淡々と答えた。


「私を理由にするな」

「え?」

「お前が私に相談するかどうかはお前が決めることで、その相談を受けて私がどうするかは私が決めることだ。お前が一人ではどうしようもないと思ったのならさっさと私に相談すればいい」


 そう言ってチト姉は屈んでおれに目を合わせる。


「お前が私に相談するかどうかを、私に選ばせるな」


 ……ああそうだ、チト姉だったらこう言う。チト姉はいつだって自分で決めていた。その日どこに行って何して遊ぶかも、夏休みの宿題をどう進めるかも、どこの中学を受験するのかも、全部自分で決めていた。

 それに比べておれはいつもチト姉に決めてもらっていた。チト姉についていってるだけだった。チト姉に嫌われて見放されるのが怖かったのも、おれが何かを決める基準が無くなるのが怖かったんだ。


「さて、それを踏まえた上で更に聞く。お前に『靴を盗め』と指示をしたヤツがいるんだな?」

「……うん」

「それでお前はどうしたい? お前は私に何をしてほしい?」


 たぶんこれは最後のチャンスだ。ここで怖さに流されて間違った選択をしたらチト姉は本当におれを見捨てる。

 だから……


「たすけて、チト姉……!」


 涙声になってしまったけど、チト姉は俺の言葉を聞いて微笑んだ。


「わかった。案内しろ大虎。私がそいつらに話をつけに行く」


 ※※※


 デパートの外で待機していたクラスメイトの男子たちところへ行くと、みんなは何も持っていないおれを見て不機嫌になった。


「おい大虎! お前何も持ってねえじゃねえか! お前そんなんで圭太くんにお詫びできると思って……!」

「黙っていろ」

「ああ!? お前誰だよ!」

「私の名は叶屋かのや千途ちと。さて、大虎が随分と世話になったようだな」


 そう言ってチト姉はみんなの前に立ち。


「これはその礼だ!」

「うわっ!?」


 いきなり男子たちに殴りかかった。


「な、何すんだよ!」

「大虎に『助けてくれ』と頼まれたのでな。こうでもしないとお前らのようなタイプは懲りないだろう?」

「ふざけんじゃねえぞ! おい! みんなでこいつぶん殴れ!」


 チト姉の行動で男子たちはあらかさまに怒って殴りかかるが、チト姉は素早く動いて男子たちの手を掻い潜って逆に殴っていく。


「くそ! 逃げるんじゃねえよ!」

「悔しかったら捕まえてみろ。私を捕まえられないようなヤツらが二度と大虎に手を出すな!」

「調子乗んな!」

「くっ!?」


 しかし一人がチト姉の腕を掴むと、あっという間にもう片方の腕も掴まれて足も押さえられてしまう。


「やっと捕まえた……散々殴りやがって! お前、大虎なんかを庇うなんておかしいんじゃねえのか!?」

「私が大虎を庇うことの何がおかしい。大虎は私に助けを求めて、私はそれを受けて助けると決めた。それの何がおかしい?」

「わけわかんねえこと言ってんじゃねえよ! お返しだ!」


 複数の男子に押さえつけられたチト姉が殴られそうになるのを見て、おれの身体はとっさに動いた。


「やめろおおおおお!!」

「うわあっ!」

「チ、チト姉に手を出すな! 手を出すなら……!」


 無我夢中で相手を押し倒し、馬乗りになって相手の顔を殴りつける。


「あぐっ! や、やめっ……! あがっ!」

「チト姉に手を出すなっ! 手を出すなっ!」

「ううっ! うわあああん!」


 殴りつけた相手が痛みのあまり泣き出したのを見ておれも手を止める。立ち上がって横を見るとチト姉を押さえつけていた男子たちは呆然としていたけど、我に返ってチト姉から離れた。


「おい! 大丈夫か!?」

「ううっ……ひううっ……」

「な、なあ大虎。おれたちが悪かったよ。もう勘弁してくれよ」

「……もうチト姉に何もしない?」

「しないから! お前にもその子にも何もしないから!」

「わかった。帰っていいよ」

「お、おい、行くぞ!」


 怯えたような顔をして、男子たちは逃げて行った。


「チト姉! 大丈夫!?」

「あ、ああ……」


 解放されたチト姉に駆け寄ると、なぜか顔を赤くして戸惑ったような声を上げていた。

 その顔を見て、おれは自分の情けなさを悟った。チト姉はおれのために男子たちに立ち向かい、危うく殴られそうになったんだ。チト姉は何も悪くないどころかこの件に関係なかった。それなのにいくじなしなおれがチト姉に泣きついたせいで、チト姉を危ない目に遭わせたんだ。


「ごめん……チト姉……おれ、もっと強くなるから……チト姉に守ってもらわなくてもいいくらい強くなるから……」

「……強く? お前はもう十分に強いだろう」

「え?」

「お前は自分より強い相手に立ち向かっていったんだ。それが強さでなくてなんだ?」

「違うよ。さっきのはチト姉が危ないって思ったから、夢中で……」


 そうだ。おれが強いわけじゃない。先にアイツらに立ち向かっていったのはチト姉だ。チト姉が立ち向かう姿を見たからおれも立ち向かえたんだ。


「だが、お前がこれからそれ以上の強さを身に着けたなら、私の願いを叶えてくれるかもしれないな」

「願い?」

「お前がやるべきこと、自分の進むべき道を自分で選べる強さを身に着けたなら……お前なら私を救ってくれるのかもしれない」


 チト姉が何を言ってるのかよくわからなかったけど、その言葉を聞いておれは決意する。


「だったらおれはチト姉を助けられるほどに強くなるよ。何年かかるかわからないけど……絶対強くなるよ!」

「……そうか。楽しみだな」


 優しく笑うチト姉を見て思う。おれの前にはやっぱり神様なんて現れなかったし、『チートスキル』なんてものを授けてはくれなかった。


 だけど誰かの生き方を劇的に変える反則めいた力を『チートスキル』と呼ぶのなら、おれにとってはチト姉の存在そのものが『チートスキル』だった。

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