第21話 鏃に毒を

「ジャガト!」


 私が叫ぶと、マハーヴァナ王ジャガトは顔を歪ませ、王の仮座から立ち上がった。 

 橋の上での交渉の際に座っていたのと同じ、毒々しいまでに豪奢ごうしゃな装飾の椅子だ。だが今は舞い上がった雪と泥の混ざったものをかぶり、ずいぶんと汚らしくなっている。

 対する私は、ミーラを残して乗騎の背から跳び下りた。ミーラが慣れない手つきながらに手綱を引くと、賢いターラーはすぐさま察して距離を取った。

 頬についた返り血を手のひらでぐいと拭く。そして目の前の男をまっすぐに見据えた。


「お前の暴虐もここまでです。我が誓いを今、成就させましょう。――覚悟せよ、ジャガト」


 私が鞭剣ウルミーを握り直すと、ジャガトは顔を紅潮させて声を張り上げた。


「何をしている! 女一人だ、今すぐ片付けろ!」


 女相手では、戦士階級らしく一対一の決闘に臨む価値もないということか。どこまでも蔑まれている。

 ジャガトの周囲に控えていた護衛たちが抜刀する。腹の底に沈ませていた怒りがふつふつと煮え立ってくる。

 私はウルミーを大きくしならせ、間合いに入ろうとした男たちを連続で払いのけた。

 

 ――命惜しくば退いてもらう。

 退かぬならば、王と共に晒す首が増えるまで。


 通常の剣の間合いには断じて入らせない。全方位に躍る刃で、何人なんぴとたりとも近づかせない。

 肉を裂き、鋼を削り、地を打ったウルミーが跳ねる。熟練者でなければ読めない動きで次の敵を襲う。立ちはだかる男たちの垣が少しずつ割れ、雪に赤い血が点々と飛び散ってゆく。

 とうとう白銀の切先が、王に届いた。――が、振りかざされた盾によって弾き返された。


「……っ!」


 ウルミーを引き戻し、腰を落として構え直す。

 黄金で縁どられた大きな盾、そして三つ又に分かれたウルミーを手にしたジャガトが、ぎらつく目で私を見下ろした。


「このジャガトに武器をらせたことだけは褒めてつかわすぞ。貴様は処刑人を待つことなく、我が手で千々に斬り裂いてやる。光栄に思うがよい」


 言ってジャガトは、椅子の置かれた小高い盛り土から降りてくる。ウルミーの間合いぎりぎりまで互いに距離を詰めた。

 先に動いたのはジャガトの方だった。長い刃が三つの首をそなえた蛇のようにうねり、私に襲いかかってくる。父の形見の盾で止め、受け流した。だがやはり腕力は向こうが上だ。左手に痺れが走った。

 一瞬の怯みをジャガトは見逃さなかった。二度、三度と凶悪な刃を振るい、私の手から盾を叩き落とそうとする。懸命に受け止めたが、あまりの威力に盾が圧され、額に音を立てて当たった。生ぬるい血が流れ出すのを感じた。


 強い。

 技はないが、剛腕はある。嵐のような暴威のもとに、私はじわじわと圧倒されていく。

 血が片目を閉ざす。嫌なものが脳裏にこだまし始める。貴様はじきに死ぬだろう、という言葉。私の首を醜く染める、おぞましい呪いの言葉が。


「アムリタ、しっかり……!」


 いつの間にか吹き始めていた北風に混ざって、ミーラの声が響く。

 その声のかすかな、不安げな震えが――私を一瞬にして奮起させた。

 ああ、倒れてなるものか。少なくとも今、ここでは。見守る彼の前では!


「仮にもウルミーを使うなら――それなりの技を、見せてみろッ!」


 私は高く跳躍し、空中から刃を叩きつけた。次いで回転し、雪山の豹のように姿勢を下げ、あらゆる角度から攻撃を繰り出す。何度も隠れて練習した演武と同じ動き。軟禁下では帯を使っていたが、今は違う。本物の、目の前の仇を殺せる武器が――これを遺してくれた父母の想いが、私と共にある。

 あっという間にジャガトは防戦一辺倒になった。目元をひくつかせ、重い盾で必死に攻撃を撥ね返している。


 確信に体が熱を帯びる。速度と技では私が上だ。このまま攻めれば、勝てる。


 そのときだった。

 鈍い衝撃が肩を打ったのは。


「――アムリタ!!」


 ミーラの悲鳴が響く。息が詰まり、前へよろめいた。

 ぬるいものが腕を伝う。じゅく、と嫌な感覚が広がってゆく。


 盾を落とし、空いた左手で探り、触れたものを引き抜いた。

 私の右肩には矢が刺さっていた。そのやじりは不吉な鈍色に変色している。


(――ああ)


 直感に近かった。呪いによって死へと引きずられ、知らず知らずのうちに終わりの縁を歩いていた者の。


(これは、毒矢だ)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る