マリク&セシル 2
これまでは幸いなことに、知人やそのさらに知人にご協力頂くことで、セシリ・マルクに関連した人物の様々な情報を得てきましたが、マリク&セシルは18年も前に解散したお笑いコンビです。今回ばかりは知人の中に関係者はいませんでした。
調査は難航するかと思われましたが、インターネットで情報を集めていると、風間陸人さんが現在は、都内で数軒の飲食店を運営する実業家となっていることが判明しました。元お笑い芸人という肩書きは一切使っておらず、見た目の印象もかなり変わっていて、同姓同名でもすぐに気づくことは出来ませんでした。
ともあれ、風間陸人さんの行方が分かったことは幸いでした。これで直接ご本人に事情を伺うという選択肢が生まれます。SNSも運用しているようだったので、DMを使ってコンタクトを試みることにしました。自分で言うのもなんですが、得体の知れない私がお話ししたいと申し出ても、本来なら相手にされないでしょう。
しかし、ありがたいことに、セシリ・マルクの名前を添えたことで、風間陸人さんに興味を持っていただくことに成功しました。セシリ・マルクの名前はやはり風間陸人さんにとってもトラウマとなっているようで、新たな被害を食い止めることに繋がるならばと、直接会って情報を提供してくださることになりました。
お話の場は風間陸人さん自らがセッティングしてくださり、彼が経営する飲食店の一つである、都内のイタリアンバルにて、営業時間前に少しだけお時間を取っていただけることになりました。
風間陸人さんは現在46歳で、芸人時代は坊主頭に小太りといった外見でしたが、現在は痩せてシュっとしており、服装はダークブラウンのスーツに白いカットソーを合わせて、足元は革靴。髪形はパーマーをかけた髪をツーブロックにしており、スタイリッシュな印象の経営者へと転身していました。声を聞いてご本人だと確信しましたが、正直それまでは、やはり同姓同名の別人なのではとまだ少し疑っていました。
自己紹介を済ませた後は、まず私の方から、これまでに収集してきたセシリ・マルクに関する様々な情報をお話しました。辛い過去に触れなければいけませんし、まずはこちらから襟を開くのが礼儀だと考えたからです。
「何てことだ……今でも続いているなんて」
私の説明を聞き終えた風間さんは、沈痛な面持ちで目を伏せていました。私が連絡をした時点で覚悟がしていたでしょうが、セシリ・マルクの被害は彼の想像以上に広がっていたようです。
動揺しながらも風間さんは、可能な限り答えるから、何でも質問していいと言ってくださいました。私は最初に、18年前にお笑いコンビ、マリク&セシルに何が起きたのかを尋ねました。これまでに調べてきた三例との共通点を見つけておくべきです。
「……最初に様子がおかしくなったのは世知原だった。楽屋で鏡に向かって何度かセシリ・マルクと呟くようになって。あいつにはいつも、コントで奇人変人を演じて貰うことが多かったから、最初は役作りでそういう奇妙なことをしてるだけだと思ってた。だけど気がついたら、僕までその名前を呟くようになってて……あの時の得体のの知れない恐怖は、今思い返しても震えるよ」
聞いているうちに耳に残り、自分でも呟いてしまっただけだ。何度そう自分にそう言い聞かせても、自然とセシリ・マルクと呟いてしまう。自分の体が誰かに操られているような不快感。想像するだけでも不気味です。
「全然よくはないけど、楽屋や舞台裏でならまだましだ。だけどある日、とうとう世知原がライブ中にセシリ・マルクって言ってしまって。何の脈絡もなかったけど、早口かつコンビ名と似た響きだったから、その時は唐突にコンビ名をぶっ込んだぐらいの認識で済んだけど、それが通用するのは最初の一回だけ。加えてもう一つ、新たな異常も起きて……あの時は本当に、弱り目に祟り目だったよ」
やはりマリク&セシルのお二人にも、セシリ・マルクの名を口にしてしまうこと以外の症状が現れていたようです。これまでの経緯を考えれば、何かを強く恐れるようになったのでしょう。それが何だったのか、私は尋ねました。
「寒さだ。当時は夏場かつ、健康状態に何の問題も無かったにも関わらず、耐え難い寒さを感じて恐ろしかったよ。世知原に関しては僕よりも重傷で、呂律が回らないレベルで影響を受けていた。そうなれば舞台でコントを続けることは難しい……僕たちは選択を迫られることになった」
そう言って、風間さんは沈痛な面持ちで目を伏せました。
「満足のいくコントがお客さんに届けられない。お笑い芸人としての僕たちは死んでしまった。この先の人生もあるし、健康には代えられない。二人で何度も話し合いを重ね、最終的には解散を決めたよ。お互い様なのに、何度も何度もすまないと謝ってきた世知原の顔は、今でも忘れないよ。だけど、芸人の道を諦めた先で、ありがたいことに今はこうやって経営者として成功を収めている。人生は何が起きるか分からないものだね」
風間さんは表情こそ笑顔でしたが、声は少し震えていて、悔しさを感じさせました。芸人として成功していたかは分からない。それでもあのような形で夢を諦めることは不本意だったでしょう。
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