鞠世シルク 3

 鞠世シルクさんの身に起きた異変を説明したところで、私がこの件に関わることになった経緯をご説明します。


 由良さんは一連の出来事から、セシリ・マルクとは常識では計り知れない何かなのではという懸念を抱いていました。例えば霊的な現象や、都市伝説的な怪異といった。それだけ実際に目の当たりにした、鞠世シルクさんの変化は衝撃的なものだったのでしょう。しかし、流石にそんな可能性を、鞠世シルクさんのご家族の前で口にすることは出来ません。不謹慎ですし、何より由良さん自身も半信半疑でしたから。


 そこで由良さんがこのことを打ち明けたのが、親身になってくれるかつ、程よい距離感のSさんです。流石に警察や探偵に相談出来るような案件ではない。他に誰か、セシリ・マルクについて調べてくれそうな人は誰かいないかと、Sさんに相談しました。


 そこで白羽の矢が立ったのが、Sさんの友人であった私です。断っておきますが、私は霊能者でも何でもありません。執筆活動をしていますし、調べ物をする機会こそ多いですが、あくまでもホラー小説やホラー映画が好きなだけの一般人です。とはいえ、Sさんを介して一連の出来事を知り、セシリ・マルクとは何なのか、興味を抱いたことは紛れもない事実です。そういう意味ではSさんの人選は適任でした。調べた結果、何かが分かるとは限らない。それでもよければという条件で、私はセシリ・マルクについての調査を引き受けることになりました。依頼人である由良さんも全面的に協力してくださることになり、こうして詳細を知るに至った次第です。


 なお便宜上、依頼人と表現しましたが、この調査は無償で行っております。私は調査を生業とするプロではありませんし、これはあくまでも、お話を伺った上で、私が任意で引き受けることを決めた、独自調査のようなものですのから。


 しかし謎の言葉、セシリ・マルクの正体を突き止めるなど、雲を掴むような話です。当事者に話を聞こうにも鞠世シルクさんは行方知れず。もっとも、由良さんの証言から察するに、本人に確認したとしても、有力な情報を得ることは難しいかもしれませんが。


 悩んでいても埒が明きません。まずは出来ることから始めようと、とりあえずインターネットでセシリ・マルクについて検索をかけてみました。しかし残念ながら、検索ワード単体で明確にヒットするような項目はありませんでした。


 セシリ単体で検索すると、主にセシリーという表記で、多数の実在の女性やキャラクター名がヒットします。マルク単体で検索すると、こちらは主に男性に使われる名前ですので、多数の実在の男性やキャラクター名がヒットします。


 セシリとマルク。二つのワードは日本語で検索するだけでも無数にヒットしている。人名に使われる言葉ですし、外国語で検索したらどれだけの数がヒットするか分かりません。それらを全て精査することは現実的に不可能です。


 そもそも鞠世シルクさんは常にセシリ・マルクと呼び、それぞれ分けて呼んだことはない。やはりセシリ・マルクとセットで考えるべきなのでしょう。


 次に考えたのは、実は鞠世シルクさんが発した言葉がセシリ・マルクではなかった可能性です。


 例えば、区切るところが違った。セシリ・マルクではなく、セシリマ・ルクのような。しかし、様々なパターンを検証してみましたが、新たな発見には至りませんでした。人名のように聞こえるという意味では、セシリ・マルクが一番しっくりくるような気がします。


 ならば、実は違う言葉なのにセシリ・マルクに聞こえたという可能性はどうでしょうか。発音時の鞠世シルクさんは冷静ではなかったでしょうし、焦りや恐怖で早口や舌っ足らずになっていた可能性もありますから。


 例えば、「摂理せつりマイク?」――意味がわかりませんね。

 例えば、「そしり待たず?」――何となくネガティブな響きですが、言葉としてはいまいち成立していない。


 これまた何パターンも検証してみましたが、しっくりくるものはありませんでした。由良さんも何度も聞いていましたし、やはり言葉はそのままセシリ・マルクなのかもしれません。


 そうして作業の合間に様々な検証を行いましたが、事態は突然動きました。行方不明になっていた鞠世シルクさんが無事に発見されたのです。彼女が姿を消してから四日目の出来事でした。午前中にご家族に本人から電話がかかってきたそうで、今日中には実家に帰ると。


 言葉通り、その日の夜には鞠世シルクさんは無事に戻りました。ご家族も一安心なされたことでしょう。疲れている様子でしたが、怪我などもなく、失踪中も食事は必要な分はしっかりと食べていたようです。


 ご本人曰く、とにかく遠くに逃げなければという強い恐怖に駆られ、目的地も決めずに、一人暮らしをしていた都内のマンションを飛び出しました。ご家族に連絡した時点では、青森県八戸はちのへ市内のビジネスホテルに宿泊していたそうです。初日は秋田新幹線を利用して秋田市内に移動し、そこで一泊。二日目は青森県弘前ひろさき市に移動し、そこで一泊。三日目には青森市内に移動して市内を巡ると、その日のうちに青森駅から青い森鉄道を利用して、太平洋側に位置する八戸市に移動。ビジネスホテルに宿泊し、翌朝に家族へと電話をしたという経緯のようです。


 前述のように、とにかく遠くへ行こうというのが目的であり、明確な目的地は無かったようですが、後に冷静になったご本人の見解によると、逃げるという意識から、一度も行ったことのなかった北東北へと足が向いたのでは、とのことでした。西日本は親戚が多く、土地勘のある場所も多かったそうです。知っている土地は無意識に避けてしまったのでしょう。


 最初はとにかく逃げなければという意識が先行していたようですが、二日目の夜あたりからそれは徐々に治まり、三日目からは観光や食事を楽しもうという意欲が芽生え始めたといいます。そうして四日目の朝には吹っ切れたように家族に連絡し、帰る決心がついた。何はともあれ、無事に帰ってきたくれたことは幸いでした。現在は体調にも問題はないそうです。


 VTuberとしてのデビューを控えたプレッシャーが想像以上に大変だったのかもしれない。それこそ突然遠くへ逃げ出してしまうほどに。今まではまったく意識していなかったけど、今回の一件でご本人もそう感じるようになったそうです。周りにも迷惑をかけてしまったし、残念ながらデビュー配信前に、VTuber鞠世シルクの活動は凍結するとご本人が判断されました。このような状況ですから、それも仕方がありません。活動凍結を惜しみながらも、友人の由良さんや、キャラクターデザインを担当したSさんもその判断を尊重しました。ご本人の心身の健康には代えられませんから。


 しかし、一つ大きな謎が残ります。結局、セシリ・マルクとは何なのか? 人名だとすれば何者なのか? 由良さんや、鞠世シルクさんご本人もそのことは気になっているようでした。


 うやむやのまま終わるのは気持ちが良いものではありません。それは調査を行っていた私もそうです。鞠世シルクさんは無事に発見されましたが、私は以降もセシリ・マルクについての調査を継続することになりました。

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