第34夢:隠者(ハーミット)


 ◆――甘野あまのイサラ、川畠かわばたポエムのチーム。


「ねえエムちゃん、こんなときになんだけど、私と同じ時期に始めたのに、私よりひと周り以上レベル高くない?」


 ポエムが市街地廃墟の屋根を、壊れていない場所を瞬時に選びながら疾走する。

 身に纏った【ニンジャ】の、色鮮やかなピンクのミニスカ着物(下は黒のスパッツ)の長い袖がはためき――桜吹雪のようだ。


 器用さと俊敏性は【勇者】となったイサラよりも彼女が上だが、ときどき立ち止まり、行く手に敵が潜んでいないか偵察しつつ、歩幅を合わせている。


「あ~、気になる? わたし、みんなに隠れてこっそりレベル上げしてたんだよ~」

 歩道に降り立ち、足は止めずに会話する。


「あのね~……戦いでも、ミミの助けになりたかったんだ~。結局、役に立たなかったけどね……」


「そんなことないよ! エムちゃんの分身がなかったら、みんなやられちゃってた。私こそ、あの『会話』を聞くまで、ミミを忘れちゃってて……」

 ふたりの声が沈み、不意に気まずくなってしまう。


「自慢じゃないけど~、初めてミミの正体に気づいたのは、わたしなんだよ~。だから、もっと助けてあげたかったな……」

「全然気づいてなかった私が言えることじゃないけど……ミミはエムちゃんがいてくれて、すごく助かってたと思うよ」


 物言わぬ矛を一瞥いちべつして、イサラが、ふっと微笑む。

 壊れた信号機が見下ろす、横断歩道に差しかかった、その時であった。


「――イサラ! 危ない~!」


 見晴らしのよい交差点に車もモンスターも来ないことを確認し、渡りかけたイサラの腕を、ポエムが慌てて掴んで引き戻す。

 青い【勇者】マントの裾が、爪で切り裂かれたように破けている。


「てっ、敵襲……っ!? だけど、モンスターの姿なんてどこにも……」


 きょろきょろと交差点を見回すイサラを、ポエムが庇うように前に立ち――『敵』に向かって、忍刀を構えた。


「フォッフォッフォッ、そっちの小娘には、わしの姿がようじゃのう」


 黄土色のローブを羽織った老人が横断歩道上で、すーっと姿を現す――『実体化』した。


 老人と言っても、声と口調から老人らしいとうかがえるだけで、ローブから見える顔は骨が剥き出しの髑髏どくろであった。

 右手に六芒星ろくぼうせいを内包するカンテラを持ち、左手には鋭い爪を備えている。


「こいつ、急に地面からすり抜けて来たの~! たぶん、アンデッドだよ~!」

「うん、見た目的にも、いかにもだもんね……」

「イサラ~、わたしが合図をしたら、走ってね~?」

 相手には聞こえないよう、旧友の耳元で囁く。


「でも、エムちゃんが……」

「時間がないでしょ~? お願い、わたしを信じて~?」

 ポエムが片目を閉じて、合図を送る。


「フォッフォッフォッ、作戦会議は終わったかのう」

「待ってくれて、ありがとね~」

「礼には及ばんぞい、わしらは時間を稼げば勝ちじゃからのう」


幻影分身ファントム・シャドーからの~変化分身デコイ・シャドー――今だよ、イサラ~! 次は現実世界で、また会おうね~!」


 分身したポエムの集団が歩道を覆い尽くす。直後、突出したイサラの姿が揺らぎ、持っている武器ごと、ふたりに分裂した。

 パーティメンバーのみを対象にでき、姿をコピーした分身を生成する――『忍法スキル』である。


「フォッフォッフォッ、丁半博打はんちょうばくちのようじゃ。じゃが、若いのう!」

 カンテラから発した髑髏の怨念波おんねんはが片方を、爪での攻撃がもう片方を襲う。

 分身のイサラはふたりとも、次々に攻撃を受け――。


 どちらも、蜃気楼しんきろうのように消えた。


「お爺ちゃん、ざんねんだったね~! 『どっちも分身』だよ~!」


 本物のイサラは、幻影分身の集団で覆い隠し、迂回させて逃がしたのだ。


「からの~――騙し討ちスニーク・アタック!」

 ・相手が分身を攻撃した場合、発動できる。

 ・この攻撃は可能な限りその相手に当たり、与えるダメージは2倍になる。


 スキルで強化された忍刀が、ローブの首根本を完璧に捉えた……はずだった。

 攻撃は半透明になった体を、するっとすり抜けてしまう。


「フォッフォッフォッ、わしは――沼の四天王ハーミット・マレブランケ。

 わしが〈霊体化〉しておるあいだは、スペルもスキルも、無論通常攻撃も無効じゃ。霊体同士であれば、ダメージは通るがのう」


「だったら~! 行けっ、わたしの分身~!」

 幻影が一斉に切りかかる。

 実体を持たない分身の攻撃は通る――かと思われたが、どれも虚しくすり抜けるのみに終わった。


「フォッフォッフォッ、若いのう。〈霊体化〉と幻影は似ておるようで、まったく性質が違うものじゃ。そして、分身をすべて差し向けたのは、悪手じゃったのう」


 ハーミットはカンテラから、髑髏の怨念波を、バレバレになったポエム本体に向かって飛ばす。

 完全に不意を突かれて、避けられない。

 せめて、ダメージを少しでも減らそうと、忍刀を構えて受けようとするが。


「フォッフォッフォッ、わしの泥濘の災禍マッド・ディザスターもまた、霊体以外では『防御不能』じゃ。ダメージの代わりに呪いが溜まり、溜まりきれば死亡判定となる!」


「ごめんね、ミミ~。やっぱり、わたし、ほとんど役に……」

 早々にリタイアする不甲斐ふがいなさに、戦意喪失して武器を降ろす。


 ――しかし、髑髏の怨念波はポエムの目の前で、


「のー! ポエム、諦めちゃダメなのー!」


 夜の闇を閉じ込めたような黒い長髪と、ボロボロの黒づくめの衣服の童女。

 顔にも黒い目隠しを付けていたが――ポエムはその声と特徴的な語尾に、覚えがあった。


「あなた、『宿屋』でミミと戦ったあの子~? でも、ミミに負けたはず~?」

 よく見れば、彼女の姿は半透明である。


「リッチーは最上級アンデッドなの! 倒されてもレアドロップに魂が残って、アイテムが壊れるとリスポーンできるの!」



「……って~! ミミが死んじゃったの、あなたの呪いの装備のせいじゃん~!!」



「ごめんなさいなのー! 復活作戦はエンプレスにはナイショだったのー!」

 怒り心頭のポエムに、リッチーが手を合わせ、ぺこぺこと頭を下げる。(大ガマは手を離しても浮遊している)


「完全消滅しちゃったら、アンデッドでも復活できないの! エンプレスを一度死亡させて、〈存在力〉ごとまるっと回復させる必要があったの!」

 ポエムはまだむすっとして、不満げである。


「フォッフォッフォッ、もう攻撃してよいかのう?」

「ポエムの力を貸してほしいの! リッチーは復活したばかりで万全じゃないの!」

 よく見れば、彼女の半透明な体が不安定に明滅している。


「霊体すら――泥濘の災禍マッド・ディザスターをくらうのじゃ!」


 髑髏の怨念波が再度放たれ、まがまがしく光る泥のような怨嗟が、歩道で爆ぜた。

「フォッフォッフォッ、これで……なんじゃ?」


 が大ガマを高速回転させて、怨念波を防ぎきっている。


「仕方ないなあ、力を貸してあげる~! ミミのためなんだからね~!」

『ポエム! ありがとうなの!』



【デスサイズ・リッチーが仲間になった!】



「ところで~? この死神衣装と大ガマはなに~?」

 ピンクの忍装束の上に、ボロボロの黒いマントをパーカーのように羽織り、足元を見れば地面から離れ、体が宙に浮いていた。


『言うなれば【リーパー】の【ジョブ】なの! 

 ポエムを〈霊体化〉させて「憑依魂合ひょういこんごう」したから、【ニンジャ】の能力も引き続き使えるの!』

「よ~し、これなら~……あれ~?」


 ふと〈霊体化〉したポエムが振り返り、横断歩道に倒れ込む少女に気づく。

 それは彼女の分身、ではなく――『本体』であった。


『幽体離脱させて、リッチーのほうにポエムを合わせたの』


「ちょ、ちょっと~! これ元に戻れるんだよね~!」

『……たぶん、大丈夫なの……でも、早くしたほうがいいかもなの』

「たぶん~? もお~、こうなったら、早くやっつけちゃうよ~!」

 なかば、やけになりながら、ポエムは肩に担いだ大ガマを振りかぶる。


「『――霊体・幻影分身アストラル・ファントムシャドー!」』


 すべての分身が、黒いマントを羽織る――〈霊体化〉完了し、忍刀でハーミットに切りかかった。


「なんじゃ? 痛くも痒くもないのう」

 が、攻撃はまたもや、すり抜けてしまう。


「ちょっと~! 話が違うよ~!」


『これでいいの! 攻撃がヒットして「惨劇の死神(デスサイズ・カタストロフィ)」の発動条件を満たし、ステータス異常:〈執行告知〉を付与したの! 効果は、ええと――の!』


「それって、攻撃力はゼロでもいいの~?」

『そうなの! ダメージ量に比例せず、「攻撃回数」が重要なの!』


「なんじゃと!」

 ハーミットが絶句した。それもそのはず、さっきまで単なる囮でしかなかった無数の幻影分身が――意味のある攻撃を伴って彼を取り囲むのだから。


「お覚悟~!」『一斉攻撃なのー!』


 幻影の連続攻撃を受けて、あっという間に〈執行告知〉が溜まりきる。

 大きなバッテンのマークが、霊体のボディに刻印された。


『〈刑の執行〉は呪殺じゅさつなの、霊体相手にも通用するの! ハーミットの負けなの!』


「このわしが……こんな小娘どもに負けるじゃと!」

『お年寄りぶってるけど、リッチーは知ってるの。ハーミットはリッチーより若いの』

「よくも、わしの秘密をバラしおって……こうなれば、ダンジョン部分解放――」


 ハーミットが抵抗を試みる、が。


『もう遅いの、〈刑の執行〉はじか当てだと、カウントダウンがないの!』

「こ、これでは死んでも……死にきれんわい!」


 横断歩道にレアドロップのカンテラのみを残し、ハーミットの体が虹色の粒子となって、乾いた泥のように風化するのだった。


「なあんだ~、四天王って言うわりに、あっさり倒せたね~」

『なの! リッチーたちのコンビネーションも、抜群だったの』


「……って~! なんでまだわたしにの~!」

『ちょっとお邪魔するの。リッチーは肉体を失ったから、回復まで誰かに憑依してる必要があるの』


「まあ~、今回はおかげで助かったし、ちょっとくらいは……あれ~?」


 霊体から元の肉体に戻ったポエムは、なぜか【ジョブ】がので、首を傾げた。

 不審に思い〈ジョブデバ〉の表示を見れば、攻撃を受けていないにも関わらず、ヒットポイントが「ゼロ」になっている。


『ごめんなさいなの……幽体離脱のあいだは、ヒットポイントが減り続けるみたいなの……』


「もお~! やっぱり、許してあげないんだからね~!」

 強制退出装置が作動し、ポエムが光に包まれて、志半ばでダンジョンから強制離脱するのであった。


――泥の四天王ハーミット・マレブランケ:撃破。


「あと、~!」


――川畠ポエム(リッチー憑依):退場リタイア、及び再突入不可。


 甘野瓊矛(甘野ミミ)、救出まで

 残された仲間は、あと……3名。


(第35夢・了、つづく)

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