あかずの金庫
奈知ふたろ
1
「ねえねえ、この学校のどこかに誰にも開けられない秘密の金庫があるんだって、未知瑠、知ってた?」
ホームルームが終わり、通学バッグを背負って廊下に出るとそこにキラキラと瞳を輝かせた夏海が待ち構えていた。その質問に俺は仏頂面で「知らん」と答える。そして階段へと向かうとその背中を夏海がをカルガモの雛のように追ってきた。
「あのね、今日ね、クラスの男子たちが話してるのが聞こえたんだよね。それでね、それでね……」
俺の後頭部に向かって夏海が速射砲のような早口で話しかけてくる。
いわゆる学校の七不思議的なやつだろう。
夏海が話を持ち込んでくると、たいていろくなことにはならないが古今東西、七不思議に真実があった試しはない。ゆえにどうやら今回は大丈夫そうだと安堵を胸に俺は階段を降りていく。
「それでね、その金庫の中には妖精だか魔女だかも入ってるっていうんだよ。これってマジでキョミ深くない?」
意味が分からん。想像上とはいえ仮にも生物学的なものが金庫の中に閉じ込められて無事であるはずがないだろう。
「ああ、キョミ深い、キョミ深い」
一階まで降りた俺は通用口へと歩きながら、夏海を適当にあしらう。
「でさあ、今からその金庫を探しに行ってみようと思うんだけど、どうかな」
「いいんじゃないか。陰ながら健闘を祈る」
「なに言ってんの、未知瑠も行くんだよ」
「無理。断じて断る」
「えー、なんでよ。いいじゃない、行こうよ」
「いやだ。なにが悲しくて放課後、意味もなく学校をうろつかなきゃならんのだ」
「意味はあるって。お宝探しだっていってんじゃん」
「なんだよ、お宝って」
「だから妖精か魔女だよ」
「くだらん。そんなものいるわけないだろうが。てか、もしいたらどうすんだよ。連れて帰るのか」
うん、と夏海が一瞬のためらいもなく頷いた。
俺は呆気に取られ、次いでため息をつく。
ああ、そうだった。
夏海のうちにはこいつが学校帰りに拾った猫が三匹もいる。
だが、それとこれとは次元が全く違う話だ。
というか、やっぱりさっぱり意味が分からん。
しかしながら、なんだかちょっとだけ妄想が楽しくなってきたので付き合ってやることにする。
「おばさん、許してくれないと思うぞ」
「大丈夫だよ。お母さん、私が買ったラノベとか読むし」
「悪い妖精や魔女だったらどうする」
「がんばって改心させるよ」
「魔法とか掛けられて眠ったまんまになるかもしれないぞ」
「そしたら未知瑠、助けに来てね」
などと他愛もない問答を繰り返しながら校舎を出て、正門へと足を向けた矢先だった。
「湊くん」
不意に左手から声をかけられて見遣るとそこにやや長身の女子生徒が立っていた。俺は一瞬、『あ』と口を開きかけてちょっと言葉を飲み込む。
艶やかな黒髪を後ろで束ね、少し冷たさを感じる風貌のこの人はそう。
あの日、窓越しの梅雨の晴れ間を一緒に見上げた吹奏楽部員。
「えっと、堂林先輩……でしたっけ。お久しぶりです」
立ち止まり軽く会釈をすると彼女ははにかんでわずかに首を傾けてみせた。
「覚えててくれたんだね」
「ええ、まあ」
「ええまあ、あんなことがあったんだから当然でしょう」と皮肉が出かかったけれど、なんとかそのセリフを喉の奥に引き下げると自然、苦笑いになった。
不意に背中をちょんちょんと突かれる。
振り向くと夏海が問い質しげなまなざしで俺の目を見ていたので一応、紹介しておくことにする。
「ああ、この人は……」
「あ、私、三年の堂林成美。なんかごめんね、急に。彼女さんかな?」
そのセリフに目線を転じると先輩が意味ありげに微笑んでいた。
俺は一瞬ポカンとして、それからあわててブルブルと首を横に振る。
「えー、違いますよお。未知瑠はただの幼馴染みでえ、あ、私、
否定と紹介の手間が省けて助かったが、嬉しそうに照れている夏海を見るとどういうわけか眉根が寄った。その軽い動揺をごまかすように俺はひとつ咳払いをする。
「ところで先輩、なにか俺に用ですか」
「あら、用がないと話しかけちゃダメだったかな」
そう返した口調と唇に手をあてがった仕草はさながら悪役令嬢のよう。
仕方なくいえいえと手を振ると彼女も手のひらをそよがせた。
「ふふ、ごめんね。別に困らせるつもりはないんだけど、湊くんて話してるとなんとなくからかいたくなっちゃうっていうか。ね、そんなことない? 稲束さん」
「あります、あります。なんかいっつも仏頂面してるから逆にもっと困らせてやりたくなりますです、はい!」
激しく同意する夏海の頭を
「あの、用がないなら帰りますけど」
すると堂林先輩は悪戯っぽく微笑んだまま俺たちに一歩近づいて声を潜めた。
「ねえ、湊くん。キミ、開かずの金庫のウワサって聞いたことない?」
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