日常の7 九十九姉妹には日陰とひだまりくらいの温度差がある

 ある休日の午前十時。

 スマホから着信音。

 見れば、真心まこさんからRINEが届いていた。


莉差りさ。今どうしてる?』

「? ……どうして僕に?」


 もしかしたら送り間違いかもしれない。

 そう思った直後、また真心さんからメッセージが連続して届く。


『莉差がね、佐月さつき佑陽ゆうひの二人と、今日の十時に駅前で待ち合わせしているみたいだけど』

『莉差に連絡しても既読がつかないって、佑陽から連絡が来てさ』

『まさかとは思うけど、莉差って、まだ家で寝てる?』


 状況を理解して、頬が引きつる。

 僕に宛てたもので正しかったみたいだ。

 時刻は十時ちょうど。急いで駅前まで行こうにもニ十分はかかる。

 それに加えて、莉差姉が何の身支度も済ませていなかったら――……。


「り、莉差姉ーっ!?」


 すぐさま莉差姉の部屋へと向かって、扉を即座に開ける。

 そこには半裸で眠りこける莉差姉がいた。

 髪は寝癖だらけ、スポーツブラと短パンだけという、だらしない姿。

 ……僕は真心さんに現状を返信して、莉差姉を起こしにかかった。


 ◆◆◆


 およそ一時間後。

 まだ寝ぼけている莉差姉を引き連れて、僕も一緒に駅前に到着した。


「お待たせしてごめんなさい!」


 意識が半覚醒の利差姉に代わり、僕がお詫びを伝える。

 視線の先には、二人組の女性が立っていた――。


「はぁ……ほ、本当に、待たされました。一時間も遅刻なんて、莉差ちゃんは相変わらずのダメ人間……それでも私ほどダメではないですが……はぁ……」

「全然待ってないよ。たった一時間の遅刻なんて気にしないでいいぞ!」


 と、まるで正反対の返事をした。


「ただ、そうですね……はぁ、和博かずひろくんに責任はないです。どうもご苦労様です」


 年下の僕に対しても物腰低く、溜息が多い口調で労うのは、九十九つくも佐月さつきさん。

 背丈が高く、線の細い身体。

 艶やかに青みがかったショートヘア。

 長い前髪で右目を隠すように流して、顔の左半分は露出させている。

 憂いを帯びた鈍色の左目だけで、こちらを見つめていた。


「その通りだぞ。莉差ちゃんを連れてきてくれてありがとうな、和博くん!」


 佐月さんの隣で晴れやかな笑顔を湛えているのは、九十九佑陽ゆうひさん。

 猫背の佐月さんとは対照的に、ピンと伸びた背筋。

 服の上からでもわかる、健康的な肉付き。

 ゆるくウェーブがかった長髪を、頭の右側でサイドテールに結んでいる。


 二人とも高校二年生で、莉差姉の友達。

 外見や性格が似ていないようだけど、佐月さんと佑陽さんは双子の姉妹だ。

 莉差姉から聞く話によれば、真心さんと聖良さんを含めた五人で、普段から仲良くしている。小学生の頃から続く仲良しグループだ。

 僕も小学校時代から九十九姉妹とは面識があって、たまに喋ることがある。

 そんな二人へと、僕は莉差姉を引き渡した。


「莉差姉が心配ついてきただけなので、僕はこれで失礼しますね」

「い、いえ。待ってください、和博くん」

「そうだぞ。待ってくれ、和博くん」


 家に帰ろうとしたところ、九十九姉妹に左右から挟まれて制止される。

 佐月さんのひんやりとした掌に左手を掴まれて、佑陽さんのぽかぽかと温かい掌に右手を掴まれていた。


「はぁ……事前に話し合ったんです。和博くんにはご迷惑をかけてしまいましたし」

「和博くんさえよければ、このままうちらと一緒に遊ばないかなってさ?」

「え? いえ、そんな、僕に気遣いなんて……」


 僕が断る素振りを見せると、佑陽さんが佐月さんの脇腹を小突いた。


「ほらー。佐月ちゃんが溜息ついてばっかりいるから、和博くんが遠慮しちゃうぞ」

「ご、ごめんなさい。これはただの癖で……他意はないから、ごめんなさい。はぁ……生きててごめんなさい……」

「そこまで落ち込まなくても!? わ、わかりました。一緒に遊んで、いいですか?」


 テンションをダダ下げした佐月さんを見かねて、僕は苦笑を浮かべた。

 やっぱり、この姉妹は似ても似つかないというか……個性がはっきり分かれている。


 そのとき、今までぼーっとしていた莉差姉が身体を大きく伸ばして欠伸をする。


「ふわぁ~……ようやく意識がはっきりしてきたよぉ」

「莉差姉、今日は本当にだらしな過ぎるよ。ほら、しゃんとして!」

「はぁ……相変わらず、莉差ちゃんと和博さんって」

「ああ。姉弟なのに正反対で面白いぞ!」


 僕が九十九姉妹に抱いた感想と似たようなことを、お返しとばかりに息を揃えて言われるのだった。

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