新たな仲間と第十九区『ピーヘン』

――数日後、『ビーヘン』の鋼義街に繋がる門前にて。


「納得がっ!いかーーーん!!」


大きく口を開けて並んだ歯を見せつけるように放たれたベガオスの咆哮は、積乱雲で溢れた青空に渡りゆく。


「納得が!いかん!」

復唱して収まらない激情を現す。

声だけでなく動作にまで現れ、激しい地団駄をその場で踏み、傷痕が二本走る顔をしわくちゃにして不満を訴えた。


「ネルカル様のご指名で名誉ある『平定の狩者』に選ばれたそれまではいい、何故……リーダーが透羽吏史なんだ!!!」

――『私服姿で指定された場所に来てね』

なんて。

有難い指令をネルカルから直接受けたベガオスは、それはもう秒で快諾した。

殴られて負けたショックを吹き飛ばし、有頂天の心地で今日を迎えたのだ。

山吹色のジャケットと松葉色のカーゴパンツ。ベガオスなりに史上最高のコーデだと自信満々に胸を張って……待ち合わせ場所に向かったというのに。


「は?何であんたが此処にいるんだよ」


そこに居たのは敬愛すべきネルカルではなく、憎き透羽吏史。

不快感に満ちた顰めっ面を向けられたことも相待って、腹が立った。


「訳がわからん!何故ここにいる?はこちらのセリフだ!忌々しい!」

ある種の理不尽だ。ベガオスの激情に駆られて声量は上がる一方である。

吏史の私服も紺色のシャツに鼠色のカーゴパンツという服装スタイルも似通ってるのも相待って、頭を掻きむしりたくなる衝動が湧いて仕方ない。


「勘違いするなよ。オレはリーダーじゃない。普通にナナが舵を切ってる」

そんなベガオスに対し、吏史は実に冷淡だ。

眉間に皺を刻んで露骨にも舌を鋭く打ち、目を眇めて不快感を露わにしてもいるとはいえ、怒鳴りつけの応戦には向かってない。

「えっ……ガラ悪…」

とはいえ隣で佇む朝海がぼやく通りではある。

デニム生地のジャンパースカート姿の彼女に困惑を向けられたが、露骨に反応して構うことはしない。

寧ろベガオスに対して敵愾心を向けるばかりだ。


「ネルカル様と呼べぃ!アストリネ様に敬意を持て!そしてそのネルカル様が居ないだろうが!代理のリーダーが『古烬』であることが気に食わん!!」

「話聞けよ。してねーって言ってるその耳は飾りか?」

ひたすらに罵声をぶつけるベガオス。一方、ある種の理不尽を受ける吏史の顔が歪む。


「そこまでアストリネを支持するのなら、あの時ジルを滅んでいい存在だったと貶したことを謝罪しろ。だったら態度を改めてやるよ、負け犬」

罵倒しながらそのように主張で返してやった。

「……ハッ!ジルコン=ハーヴァには『リプラント』関係で黒き疑いがあるのは事実だろう!潔白を張らせる要素もないのに訂正する気など……毛頭ないな」

しかしベガオスは鼻で笑い返す。その返しに吏史の視線は鋭く尖る。

二人の若き男子。その頬と首には青筋が浮き出始めていた。なお、空気は息が詰まるほど重い。

互いに敬い謝罪する気もない故に、尚更重量が増している。

忌々しげにも顔を歪めた吏史が毒々しくも舌打ちを交えて吐き捨てた。

「ディーケだけに尻尾振ってりゃいいと思ってるだろ。無様に負けた駄犬風情のくせによくまあそこまで大きく吠えられるよな」

「……っ『古烬』風情が!兵士を馬鹿にする権利があるとでも!」

怒声をあげて刀を取り出し上向きに構えたベガオスに対し、吏史も即座に槍形状の武器を構える。

「……ああ、あるね。この後、ディーケに直接言ってやるよ。駄犬の躾がなってない放任主義も大概にしろってな」

途端、緊張感で一気に空気が引き締められてしまう。

まさに一発触発。起爆寸前の爆弾だ。


「待って待って待って!入る前とはいえ此処は往来の場だから!!揃って武器構えないで?!」

その空気を払うよう、朝海が両腕を振り上げ、身を挺して間に割り込んでいく。


「急所狙おうとしないでね?!やめてね?!二人とも眼光鋭いし殺気やばいよ?!!」

「退いてくれ朝海。大丈夫。息の根は止めない、複雑骨折程度で済ます」

「バカ!それ聞いてなお退けるわけがないじゃん!!」


ベガオスもネルカルに呼ばれてるのならきっと味方だ、此処は争ってる場合ではないだろう。

これから兵器に関して重大な情報を開示するために動こうとしてるのに。何故、上手く団結せずに悶着が起きてるのか。

思考の渦に取り込まれそうな心地に陥った朝海は、嘆きを覚える。

――最早、吏史は制止不可だろう。

「……!」

だが、朝海は即座に別の対策を思いついた。

此処はベガオスを抑えてしまえば止まるのではないだろうか。

そうだ吏史ではなく朝海に噛み付いてくれれば、無駄な衝突も避けれるはず。

グッと拳を握りしめて頻りに頷く。

弱いだの鍛えろだのアストリネたちに突っ込まれ慣れてる朝海ならばこそ、文句言われるくらい余裕綽々だと。そんな考えの元、ベガオスに勢いよく振り返る。


「待って!止まって!あなた、何かしらの文句があるなら私のような凡才が此処に居るのも変でしょう?!」

「それ自分で言うのか?悲しくないか?」

頭を後ろに振って吏史の胸を殴り以降の発言を制しつつ、朝海はベガオスに告げた。

「言いなさい!ほら!あるでしょう言ってみなさいよ、さあどうぞ!?」

「……いや、自分から見て朝海さんは何も問題ない。寧ろ選ばれて当然だと自分は思ってますよ。あなたは『試練』を最後まで諦めなかった。素晴らしい精神下での活躍は、自分も見届けてましたので……」

「え。あ。ど、どうもぉ……」


まさかの文句なし。

その上、丁寧な口調で褒められたものなので照れ臭さを覚える。

思わず頭を掻く仕草交えて、ぺこぺこと何度も下げてしまった。


「………あれ?」

口を開けてポカンとしてる場合じゃない。

そう、目を丸くして間抜け面晒した後に気づいても最早遅く。


「そう……問題はこいつだけだ!」

ベガオスの方は朝海という小さな壁を越えて、刀を持ったまま吏史に噛みついていた。

「リーダー面もそうだが、ディーケ様の名誉を盗んだ泥棒がこの場にいるのが自分は大いに納得いかん!」

怒気を向けられても吏史は何の感慨も覚えることない。見下し切った冷ややかな異色の双眸を、ベガオスに向けるばかり。

「上辺だけしか見れない短慮な犬が。アストリネたちの苦悩も汲み取れないのに名誉とか偉そうなことを吠えるなよ。お前自身は大して偉くもないだろ」

反射する鏡のようにも嫌悪に嫌悪で跳ね返して、罵っている。

再びベガオスや吏史の首筋や額や頬には、憤慨を表す青筋がはっきりと浮き出ていた。


「だーーーかーーーらーーー!これから任務前なんだから仲間同士喧嘩しようとしないで?!胸倉掴み合おうとするのやめてね?!」

朝海は何とか二人の間を割り込んで激化しないように努めていく。

――が、今度はぎゅうっと鍛え上げられて厚い上に力が入るゆえに硬い胸筋の圧に挟まれてしまう。

主に頬を中心として、顔に負荷が掛かった。

「ちょ、痛い!痛い痛い痛い!痛いってば!!」

身を挺して衝突阻止するよう間に入ったまではいい。

だが、普通に壁で身を潰されるように痛いため、悲鳴は上がる。

「いったん!一旦引いて!?…引いてってばぁ!」

好意もない男子の胸で挟まれるのは、精神的苦痛も凄まじい。だというのに、吏史やベガオスは引く様子を見せやしない。

悲鳴に気遣ってひとまず引いてくれたらいいのに、その兆しすらないのだ。朝海は泣きそうだった。

そう、大変参った朝海は目を強く瞑る。


「(ぃ……イプシロン様!どうしたら、どうしたらいいですか!?この人たち……落ち着かない!なんか血気盛んで獰猛な闘犬が二匹が喧嘩してる!もう、そんな心地なんです!)」


当然。現在進行形意識不明である者に対して心内で助けを求めても現状が変わるわけではない。


「………え。あー、待て待て。取り敢えず離れろ」


その為、朝海への助け舟は遅れて到着したシングドラから出されることになる。


「全く。なーにしてんだか」

起きた喧嘩を前にして気だるそうにも首を傾けポキっと鳴らす。後に口を大きく開く欠伸を漏らし、蝙蝠を想起させる細く鋭い犬歯を覗かせていた。


「し、シングドラさまぁ……!」

朝海は今にも泣きそうな震える声で、シングドラの方を見る。

しかし直ぐに、目を丸くした。


「あ、あれ?」

――どうやら、今日は趣味?と思わしい女装をしてなかったのだ。


自身の髪色に合わせてのコーディネートしたのだろう。

茄子紺色のジャケットをベースに、全体的にオーバーサイズのシャツやズボン。やや伸びた後髪も金色の細ゴムで纏めてて、ちっちゃい尻尾のように覗かせてる。


よって、この場で女の子らしい服装をしているのは……朝海だけになる。


「……あの。わ、私……もしかして空気読んで男装とかした方が良かったですかね…?」

「何、そんな服あんの?それが趣味か?」

「そんなわけないですけども……」


なんか朝海だけがアウェーな気がしてならなくて、つい思わず呟いてしまうが、シングドラは呆れたように目を平らに据わらせて肩をすくめた。


「なんか余裕そうだけど一先ず、退いてやれ。つーか女の意見聞く耳持たずに挟んで男同士で密着図ってイチャつくな。むさ苦しい」

「シングドラ様!お言葉ですが、言い方に語弊が!ございます!!」

「なあシングドラ、此奴少し黙らせて良いか?今回の任務で支障が出そうだ」


各々の反応を受けたシングドラは目を泳がせるように双方の顔を見て、吏史に注視してから呟いた。

「お前さぁ。そんな性格だっけ。なんか、もうちょっと抑えめ……だった気がするけど。めっちゃ此奴に棘ある気が……」

「別にオレは負けたことも忘れてジルのことを悪くいうやつには気遣いもしないし手心も与える気は全くない。そう決めてるだけだ」

韻を踏む事なく断言されてしまい、シングドラは腕を組んで瞼を閉じる。


――結論、現時点でこの二人の和解は不可能。

何方が悪いのと言われれば非は執拗に因縁つけて絡むベガオスにある。とはいえ吏史の暴力は看過できないほど度が過ぎているのもまた事実。

力を振るわず、冷静に。懸命かつ腹を割って話し合えば解決は早い筈だ。

無碍にされなければ恐らく頭の硬いベガオスでも耳を傾ける。平和を保とうとする者同士、分かり合えはする筈だ。

――だけど、吏史はそれを行わないだろう。

『人は責任と問題を押し付ける、信用できない』という彼の中で固定観念が生まれてる。ある種の視野狭窄状態、なのだから。


「んんー……」

考えをまとめたシングドラは悩まし気に眉間に皺を寄せ、唸りながら首を傾けた。

数十秒と経たず、思考放棄したのだろう。傾けた首を正した途端、叩くよう手を合わせて高音を響かせる。

「……よし!この問題については後回しだ。アルデ辺りに相談する。彼女に色々決めてもらおうそうしよう。だから双方この場は。黙って。武器をしまえ。すぐ下せ」

挙手ながら示してこの場を強引に預けるように、韻を刻むような発言を行い物申す。

「……………」

渋々といった調子で指示に従い、武器を下げる二人に、小さく安堵の息を吐いたシングドラが微笑んだ。


「よしOK。それでいいありがとう。……あーそうだ。握手はできるか?どうだ?」


指示された瞬間、無言でベガオスが吏史の顎を狙い拳を突き出す。

それは既に見切っていたのだろう。

正面から片手で受け止めて掴んだ吏史は、即座に反撃に転ずる。真下からのアッパーを繰り出してベガオスの顎を殴り上げた。

「ッ゛…!」

衝撃で唇が切れてしまい、即座に唾と共に血を吐き捨てたベガオスが忌々しげな表情でキツく睨み、斜め上に蹴りを繰り出す。

吏史は真顔で合わせ、脚を上げて防御した。

力は拮抗……せず。

「………」

「ぐ、……ぬ゛…ッ!」

吏史の方が体幹も何もかも上であると示すように、押している。ただではやられまいとベガオスが奥歯を噛み締めて強引に伸そうと図っていく。


「よしもういいやんなくていいからぼくが悪かった無理な提案してほんとごめん。やめろやめろ」

本格的に争いへと激化する前に、シングドラは早口で謝罪を交えて二人を制す。

互いに同時に鋭い舌打ちを溢し、不潔なものを掴んだようにも乱暴に手を払う。

歪むよう睨み合ってはいるものの、ひとまずこの場は収まった。

派手に暴れられないで済んだと言える。

「はぁー……ヒヤヒヤしたぁ…すみませんありがとうございます……」

「……まあ間に合ってよかったってことで」

そのことにシングドラも朝海も、揃って胸を撫で下ろす。


「――じゃあ、はい。任務の方に話戻すからなー」

「あ。はい、お願いします」

切り替えようとする提案に対し、朝海が直ぐにHMTの記録画面を開いたのを皮切りに、シングドラは話始めるのだ。


「さてこれから『ビーヘン』突入……潜入?を行っていく。目的は破損データ修復可能な電子技術に長けた人材を見つけ出す。以上」

「……注意点とかなんかありますか?」

「酒は飲むな。喫煙も厳禁。甘言には絶対乗るな。……くらいか?」

「するわけがありません!」

「元気のいい返事、よし」


人差し指を突きつけてシングドラはベガオスの勢いある宣言を褒めている。

だが、話を聞いた吏史は怪訝そうな表情を浮かべていた。


「というかなんでそんな守って当たり前なことを……もしかしてだけど。この先は無法地帯に近くて……規則として個別活動前提だったりするのか?」

「ああ、そうだけど。勘が鋭いな」

「な、んっ……!?」

吏史の不穏な予想が的中したことに、横に居た朝海が狼狽し口を大きく開ける。

身慄いの後に縋るようにも声を上げた。

「嘘でしょう?!嘘ですよね?!流石に此処は、団体行動の方が……」

「嘘じゃねえよ。それがフリッドが決めた『ビーヘン』のルールだ。常に路上決闘が舞い込む関係上、下手な巻き込まれ事故が起きないように団体行動自体が禁じられている」


つまりネルカルの権力で特別入区は通せても、規則の例外は通されなかったというわけだろう。

その事実に戦慄く朝海に、シングドラは呆れ気味に肩を竦めた。


「その決闘もしたくないならあくまで真面目に。話が通じるか否かで反応すりゃあいいさ。無理だなって思ったら会話の途中でも見限って去る。……それでいいよ」

忠告混じりの対処を教示されたが、朝海は複雑そうに唇を歪ませてる。

別にシングドラの発言を疑うわけではないが……朝海自身の不安自体は凄いのだ。


上手く躱せるかどうかではなく。単純に怒涛の流れに押し切られて負けそうで。

自己分析がある程度でき始めてるが故の猛烈な不安が襲っているわけで。

「あ!」

そんな葛藤の末に不意にあることを思い立たせたのだろう、梅色の瞳が瞠る。

「そうだ……えっと確か…」

懐から『KSMT-01』を取り出しながら「あの、」とシングドラに声をかけていた。


「ん?」

「ご質問です。区内にこの機械を持っていくのは。アリですか、無しですか。ある方と繋がってて喋りはするんですがっ」

「あーそのくらいはいいだろ流石に。因みに相手誰?」

「二十八代目クモガタ様ですっ!」


解答を受けたシングドラは無言で腕を組み、薄明色の瞳を薄める。

暫し悩まし気かつ真剣に考えた。

――朝海が【暁煌】の代表管理者に懇意にされてるという事実。

【ルド】に於いては三光鳥しか事の詳細を知らないため、シングドラに於いては衝撃的な申し出だったのだ。


朝海としては『お喋り大好きなクモガタ様だから、勝手に良し悪しを判定くださるはず。こういう時だし頼りにしちゃおう』なんて綿飴より軽い魂胆しかないのだが、シングドラとしての認識は違う。


【もし『ビーヘン』内で事故等が起きたら全て代表管理者であるクモガタが把握する。責からの言い逃れはできない】

こう、生粋の悪女のように笑い脅迫されたも同然なわけだ。


「……いやー、今更そんな。断れんだろ。かなり悪い女だな、お前」

「ええ?!?!わ、悪い女?!」

悪扱いされてしまうのは、実に心外である。

目を大きく瞠り、両手を上下させて振り慌てふためき弁解しようとするが、シングドラの目は氷のように冷え切っている、


「……まあ、とにかくいいよ。気にせずクモガタさんを連れてくといいさ」

「あ、なっ、……な、……なんか釈然としない、…納得いかない…!」

結局誤解が解けず進まれたことを嘆き、頭を抱えて蹲る朝海。

「なぁ、ちょっといいか?」

それを他所に、吏史がシングドラに対し挙手をした。


「うん?はいどうぞ」

「人材は先に条件を決めてていいと思う。【ジャバフォスタ】出身であること、得意とする個人能力が【機械操作】であること。……【グラフィス信者】ではないこと。この三つを採用の最低条件にするのはどうだ?」

今回の件を密告される可能性も考慮するならば、正しい条件な筈だ。

提案を受けたシングドラは、少し悩む素振りをした後に、首肯する。

「……うん。それはまあ悪くない」

それを見たベガオスは首を傾げた。

「……?グラフィス様に何か問題があられるのか?」

疑問符を頭上に浮かべて条件を不思議がるものだから、シングドラは呆れ顔で手に腰を当てる。


「おいおい。流石に何も伝えられてないわけじゃないだろ?ネルカルからの指令内容はよーく見たか?」

「加入命令と集合時間指示は一字も見落とすことなく確認して覚え見ました!それで、私服で時間通りに此処に来てるので!無論加入には同意して電子サインも……………」


後に黙ってベガオスが徐にHMTを開くため、吏史が纏う雰囲気が一気に氷点下にまで下がっていく。

「なんだと?!グラフィス様が、そんな……!」


驚くベガオスに対し、吏史が何かを不用意な発言する前にシングドラ自ら間に割って入り、発言を抑えていた。


「とまあそういうわけだから、な?さっき言った三点が揃う人材を探してくれ。OKはいわかったじゃあ行くぞー」

サクッと切り上げ、すごく文句言いたげな吏史の手首を掴む。

そのまま強引に引き摺る形で共に『ピーヘン』へ向かう。


「……はー、随分と手の掛かるやつになったな、お前。ただでさえ世界的に注目受けてるんだ。此処で下手に暴れてくれるなよ?」

「…………」

不満そうに押し黙られたが、シングドラは特段何も言わない。

手を離さずに引き、自身のシャツのポケットにかけていた金のネクタイピンのHMTを翳す。

そうすることで鋼義街への扉を開いていた。


「!」

吏史の異色の目が眇められ、シングドラの薄明色の目が開かれる。


――門が開いた途端、視覚として飛び込んだのは、街の喧騒や鉄の匂いのではない。


飛び込むは黒銀の柱にして巨大な鋼の塊。

力強く投げられた勢いで空気は裂けて、突風が生まれ、門を越えた者達の前髪を跳ね上げる。

理不尽な圧死を招く、瓦礫の災害だった。


「うっそだろ?!」

視認したシングドラは喉を引き攣らせる。

咄嗟に己の異能を使わんとした。


だが、それよりも素早くことが動く。

吏史がシングドラの手を振り払い、前方に向かったのだ。

即座に身を屈めて、先ずは直撃を避ける。

肩と顔が鋼塊に擦れてしまうのに構わず真下に潜り込んでは、息を詰めた。

「ッフ!」

吐いたと同時に渾身の力を以て、装甲兵器『ゴエディア』を纏った拳を鋼塊に叩き込む。

衝撃を受けた鋼塊は捩れ行き、力の反発にて真上へ――飛来した方向へ逆戻りされる。

ガゴン!と重音を立たせ近くの荒れた建造物に落下していけば、鋼塊は直撃した建物と共に瓦礫の一部と化していた。


「……ッおい!怪我は?!」

シングドラが立ち上がる吏史に確認をかけたと同時に、別方向から声が上がる。


「――クソ!なんだよ、今の塞げられるのかよ!最新強化義手だぞ?!何が悪かったんだ!」

『となりゃ賭けはおれの一人勝ちだな。50ティア寄越せ』

ゾロゾロと揃って悪びれもなく笑いながら、鉄塊を投げた犯人と思わしいもの達が姿を現した。

両腕が銀の義手である人相悪い男性や、首元にスピーカーのようなものを取り付けて機械音を発する目元の隈がひどい女性。

「いいえ、わかりませんよ?これからです。我々が『ゴエディア』の者に勝つ。3000ティアをいただきましょうか」

最早、人の形を模したように頭全体が機械である者までもが現れて、横一列に並ばれてしまう。


それらは荒くれ者、というよりも。服装からしてこの区の工業系に準じてる住民と思わしい者達だ。


「ん?作業員……?――まさか、フリッドのやつ。吏史のことを区民にバラしやがったのか……っ」

こうなった事態の把握ができたシングドラは、口元を引き攣らせる。

直ぐにため息を吐いて、吏史の方を向き、指を差す。

「よし。吏史。お前、後で仮面つけさせろ」

「別に構わないけど。この場は相手するべきか?」

冷め切った態度で質問されてしまったシングドラは、群がる小蝿を鬱陶しげに払うように軽く片手を振った。


「だったら、一人三秒で片付けてくれ」

「……了解」

「は?お前マジ?バカの提案受けるやついるか――っておい!」


許可と指示を得た。

後の対話はせず吏史は一歩。前に踏み出していく。

地面を跳び立つ音を置いて相手との距離を詰め切り、武装する『ゴエディア』の腕を奮い始めた。


――そうして始まった交戦を、遠い場所で眺める者がいる。


「ふーん。ほうほう。へー。アレが噂の『古烬』、その兵器。ルナリナやオルドヌングのお気に入りくんかぁ」


柔らかな波を打つ薄香色の髪に、やや垂れ目気味の深緋色の双眸を持つ女性だ。

服装は豪奢なもので、宝石で散りばめられレースで華やかさがふんだんに盛られた黒色のAラインワンピースと黒翼めいた羽織を纏っている。


夜に羽ばたく蝶、或いは闇世に潜む鴉。彼女を見た者はそのような印象を抱くことだろう。


そんな彼女だが、今はHMTを通してホログラムに映る画面を見つめていた。


「んー……可愛いより?ちゃんとまともに顔見るの初めてだけど、なんだか子犬みたいじゃない。……フフッ」

肩を揺らし笑い手にしていた煙管を口にする。

深く息を吸い込んで、後に緩ませた唇からゆっくりと白煙を吐き出していた。


「『色』。すごく気になるけど、どうなんだろ。久しぶりに集めたくなってきたかも。……口煩いイプシロンはいないし、別にいいよね?」

そのくらいの勝手は許されるだろう。彼女はそう判断して決行に踏み切っていく。

「んふふっ。やっちゃお。見ずに過ごすは収集家の恥だし」

ホリゾンタルタン式の銀のピアスがついた舌で、紅差す唇を艶めしく舐め上げて、ゆっくりとした所作で片手を口元に寄せる。


「HMT、通話起動して。呼び出し相手はイアンでよろしく。繋がるまで通知連打してよ」

数十センチとある長い赤色のネイルチップが微かに灯り、通話機能を有したホログラムが彼女の眼前で展開された。


尚、呼び出し時間も大してかからず、ものの数秒でイアンに繋がったらしい。

『あん?』と妙に掠れた男性の声が電話越しで響く。

それだけで通話相手の状況等を察したのだろう。深緋瞳は据わっていた。


「……イアンー?何してるの?お仕事の時間だよー?今回お願いしたい子の情報、送るねー」

『おいおい。今めちゃくちゃ盛り上がってたところだぜ?!勘弁してくれよ〜カサンドラぁ〜』

「いいから黙って働いて?性格も下半身もだらしないのに『サージュ=ヴァイスハイトに次ぐ最優』って肩書きだけでウチに捨てられずに飼われてんの自覚しろっての」


火力高い批判だ。通話相手たるイアンにはよく効いたらしい。

ぐうの音も出ないとばかりに、後先の発言は生まれなかった。


そこを女性は問答無用で通話を切る。

後に気を取り直すかのように再び煙管に口をつけては、また深く吸い込んだ。


「…………はー、でも『古烬』の兵器かぁー。自我を持つタイプは初めてかも。どんなものを大事にしてるんだろーなー」


白煙を吐いた彼女は、視線を吏史の方に戻していく。

機械で強化された区民三人を宣言通り十秒以内に片付けており、後から追いかけてきたベガオスに怒鳴られていたため、鬱陶しげに睨む様子までが見えていた。


「……何にせよ『ピーヘン』にようこそ。透羽吏史くん。折角だから、楽しんでいってよね」


『色』のアストリネたる十五代目フリッドは嫋やかな笑みを浮かべ、まるで掌で弄ぶように煙管を器用に回しすのだ。

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