正義令嬢の私は、サイコパス女子高生だから殺されちゃったみたいです。本当だと思いますか?

灯甲妃利

プロローグ

 私は、雷が轟いて大量の雨が窓に打ち付ける真夜中に生まれたらしい。


 千立鎖来夜せんだちさきや――それが名前だ。『鎖』なんて女の子にふさわしくない字が入っている理由は、母親が私を『地獄に繋ぎとめる足枷』だと思ったせいだ。


 ――お前のせいでカモになる男の数が減った。代わりにお前が稼いでこい。

 いつもそう言われて育ってきた。


「惨めね」

 吐き捨てるように言うと、ドレスを鮮血で染めて這いつくばるメルディは目を丸くするばかりだった。私は酷く愉快な気持ちになったが、笑い転げたいのを必死に堪えて神妙な面持ちを維持した。


「……え?」

 メルディの隣には、彼女の最愛の護衛が転がっている。


 被害者にしてやる――そうやって他人に接すれば、反撃されて自分が被害者になるリスクを抱える。


けれどもバカは『加害者になれるのは自分だけ』と本気で信じて躊躇なく他人を攻撃する。想像力の欠如。バカがバカのままの原因だ。


「可哀そうに。心が壊れてしまったのね」

「どういうことか説明しろ!」

 メルディが錯乱して飛びかかってきた。私が抵抗せずに石畳の冷たい床に倒されると、兵士二人が慌てて駆け寄り、メルディを抱えて引き離してくれた。


「エレン様!」

 イラリに支えられて立ち上がると、私は悲しそうな声を絞り出した。


「メルディ様には休養が必要みたいね」


 兵士たちに連行されるメルディは、手足をバタつかせながら喚き続けていた。


「メルディ様は反政府組織と繋がっていて、私を殺そうとしたのよ」

「……どうしてエレン様を狙ったのでしょう?」

「ご令嬢は家のために道具のように使われるもの。精神的な負担から道を踏み外してしまう方が出ても仕方ないわ」

「はい……」


 イラリは私の演技に騙され、貴族社会に戻ってもなお修道服を着ている心優しいご令嬢だと思い込んでいる。


 イラリが私を『善』だと思えば思うほど、敵対する相手の『悪』の色が濃厚になる。人は表面だけを見て簡単に騙されるって、私は十七年間の最低な人生を通して理解している。


「何だか疲れたわ。早く家に帰って、お兄様に会いたいの」


 目的は一つ――帝国内での身分を上げて権力を握り、領土を独立させることだ。

 

 これは後に『正義令嬢』と称賛されて歴史に名を刻む、エレン・グラディウス――肉体に宿る魂は異世界の女子高生、千立鎖来夜である『私』の物語だ。

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