第5話:影の咆哮
地下の洞窟に轟音が響き、アルティアとカイエンは背中合わせに立っていた。
目の前には、黒い影から生まれた怪物が蠢いている。
人の形を歪に模したその姿は、複数の赤い目が不規則に輝き口から滴る唾液が石床を溶かしていた。
閉ざされた扉と揺れる天井が、二人の逃げ場を奪っている。
「ゼファーの置き土産にしては、派手すぎるな。」
カイエンが笑い、闇の刃を手に構えた。
赤い瞳に戦意が宿り、彼の周囲に黒い霧が広がる。
アルティアは剣を握る手に力を込め、光を刃に纏わせた。
「笑ってる場合じゃないだろ! どうやって倒すんだ?」
彼女の声には焦りが滲む。
怪物が一歩踏み出すと、地面が震え壁にひびが入った。
光がその姿を照らすが、闇は薄れるどころかさらに濃密に
「力ずくで潰すしかない。お前は光で目を潰せ。俺が奴の動きを止める。」
カイエンが言うと同時に怪物が咆哮を上げ、腕を振り下ろした。
アルティアは跳び退き、光を球にして投げつけた。
青白い輝きが怪物の顔に当たり、赤い目が
「カイエン!」
彼女が叫ぶと、カイエンが闇の刃を放ち怪物の脚に突き刺した。
黒い血が飛び散り、怪物がよろめく。
だが、次の瞬間、切り裂かれた脚から新たな影が湧き出し再生するように形を整えた。
「なっ…再生した!?」
アルティアが驚き、光を盾に変えて次の攻撃を受け流した。
カイエンは舌打ちし、闇を両手に集めた。
「さすがゼファー……単純な力じゃ駄目だ。」
彼は跳躍し、怪物の背後に回り込んだ。
「どうする?このままじゃ拉致があかないぞ?」
カイエンは、影の攻撃を避けながら叫ぶ。
「核だ……核を探せ!」
カイエンの言葉にアルティアは目を凝らし、怪物の胸元に光を当てた。
すると、闇の中心に小さな赤い結晶が浮かんでいるのが見えた。
「……あれか!」
彼女は剣を振り上げ、光を槍に変えて突き刺そうとした。
瞬間、怪物が咆哮しながら腕を振り回し光を弾いた。
衝撃でアルティアは壁に叩きつけられ、息を詰まらせた。
「アルティア!」
カイエンが叫び、闇の刃を連射して怪物の注意を引きつけた。
アルティアは壁に手をつき、立ち上がり。
「私は大丈夫だ…… 核を狙え!」
アルティアは再び光を放ち、今度はカイエンの闇とタイミングを合わせた。
光と闇が交錯し、怪物の胸に突き刺さる。
赤い結晶が砕け、断末魔の叫びを上げて崩れ落ちた。
闇が霧のように消え静寂が戻った。
二人は息を切らし互いを見た。
アルティアの額に汗が流れ、カイエンの外套が破れている。
「やった…のか?」
彼女が呟くと、カイエンは頷き壁に寄りかかった。
「あぁ、ゼファーがこんなものを置いてったってことは、ここにはもう何も残ってないな。」
彼は祭壇に目をやり、苛立ちを隠さなかった。
アルティアは剣を鞘に収め胸を押さえた。
初めてのカイエンの叫びが耳に残る。
「さっき、私の名前を呼んだな。心配したのか?」
カイエンは目を逸らし鼻で笑った。
「ふん……お前に死なれたら面倒なだけだ。」
だが、その声に微かな動揺が混じる。
アルティアは小さく笑い、彼に近づいた。
「素直じゃないな。でも、助かったありがとう。」
彼女の言葉に、カイエンは黙り天井に視線を移した。
揺れは止まり、閉ざされた扉が軋んで開き始めた。
「出られるみたいだ、行くぞ。」
彼は立ち上がり、出口へ向かった。
アルティアもその後につづいた。
洞窟を出ると、平原は夕暮れのような薄闇に包まれていた。
ルミナとヴェスパーが空で輝き続け、風が冷たく頬を打つ。
アルティアはペンダントを手に持つと、青い結晶が微かに光った。
「カイエン、預言のことだけど…私たちが揃うと本当に世界が砕けるのか?」
彼女の声は静かだった。
カイエンは立ち止まり、振り返った。
「眷属はそう信じてる。だけど俺は違う道を探してる……お前はどうだ?」
彼の赤い瞳が彼女を試すように見つめる。
アルティアは一瞬考え込み、決意を込めて答えた。
「私も運命に縛られたくない。
彼女の言葉に、カイエンは小さく頷いた。
「なら、次の手がかりを探すしかない。ゼファーが動き出してるなら、時間は少ない。」
彼は平原の奥を指さした。
「あそこに眷属が使っていた古い遺跡がある。
次はそこを目指す。」
アルティアが頷こうとした瞬間、背後から馬蹄の音が響いた。
振り返ると、白いローブの集団、
テオドールが先頭に立ち、剣を手に叫んだ。
「アルティア、今すぐその男から離れろ!
そして教団に戻るんだ。」
彼の声に怒りが滲む。
アルティアは剣を構え、カイエンと並んだ。
「教団には戻らない。私の道は自分で決める!」
彼女が言うと、テオドールが馬を止め顔を歪めた。
「ヴェスパーの
彼の言葉に、アルティアは光を手に灯した。
「裏切りじゃない。真実を知りたいだけだ。」
彼女の声は揺れなかった。
カイエンは闇を纏い、笑った。
「そういうわけだ、教団の犬ども。」
彼が闇の刃を構えると、巡回隊が一斉に剣を抜いた。
アルティアは光を盾に変え、戦闘態勢に入った。
その時、空が異様に輝き二つの星が脈打つように光を増した。
地面が震え、平原の奥から黒い霧が立ち上る。テオドールが驚き、馬を引いた。
「何だ…これは一体!?」
彼が呟くと、カイエンが目を細めた。
「ゼファーの次の仕掛けだ!まずいぞ。」
彼の声に緊張が混じる。
霧の中から、複数の影が現れた。
それは、さっきの怪物より巨大で赤い目が無数に輝く。
教団の隊員が叫び、馬が
「アルティア、逃げるぞ!」
カイエンが彼女の手を掴み、遺跡の方向へ走り出した。
テオドールが追おうとしたが、霧の怪物が道を塞ぎ彼らに襲いかかる。
平原を駆ける二人の背後で、光と闇が再び交錯する。
星々の意志が否応なく彼らを試練へと導いていた。
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