第2話

・L'ULTIMO BACIO


春、店で老婆と話をしている


恵M 「春は日ごろ店を適当な時間に開けては、ちーと遊んだり、ハーモニカを教えたりしていた。時々来る客とも言えない客と、なんでもない話をする。ただ本当に暇つぶしのような生活に見えた。でもそれが俺にはとても羨ましく思える」


***

・庭


千尋、ハーモニカでかえるの歌を吹いている

となりに座っている春


恵M 「キスをする時、触れる時、朝目が覚めた時、夜眠る前。春は何度も愛してると言う。その心地よさと気恥ずかしさが俺をここに留めさせる。確かに春のことは好きだ。でもいつかはここを出て行かなきゃいけない気がする……」


春、遠くの空を見ている


恵M 「春はもう届かない何かをずっと見ているから」


***

・工房


眼鏡をかけて作業台に向かっている春

恵、工房に入ってくる


春  「ちー寝たー?」

恵  「うん。何作ってんの?」

春  「ペンダントー。ここに写真が入るの」


春、恵に作りかけのペンダントを見せる


恵  「うわ、すげぇ……この模様春が彫ってんの?」

春  「そうだよー。目がチカチカしてきた」


春、笑う


恵  「あんま無理すんなよな」

春  「うん。もうすぐ終わるよー」

恵  「……」


春、少し微笑んで恵の手を取る


春  「恵ちゃんもう眠い?」

恵  「え? いや」

春  「だったらこれ、終わるまでここにいて?」

恵  「……うん……」


春、微笑む

恵、悔しそうな顔をして椅子に座る

春、作業を続ける


恵  「なぁ、俺のこと好き?」


春、手を止める


春  「なにー、まだ足りないの?」

恵  「あ、肝心なとこでは言わないんだ」


春、表情だけで笑う


春  「仕方ないなぁ」


立ち上がってエプロンを脱ぎ、眼鏡を後頭部に回して

恵の顎を掴んで上を向かせる


春  「もうちょっと待てない?」


意地悪く笑いながらキスをする


恵  「ん……っ……春……」

春  「んー?」

恵  「ほんとに……俺のこと好き……?」

春  「……恵ちゃん?」


俯く恵

しゃがみこんで手を取る春


春  「どうしたのー?」

恵  「……別に……」

春  「何かあったの? 僕何か言った?」

恵  「だからなんでもないって! ただ聞きたかっただけ! 寝る! おやすみ!」


工房を出て行く


春  「……」


椅子に座り、眼鏡を取り

髪をかきあげ、悲しげに少し笑う


***

・家(リビング)


朝ごはんを食べている三人


春  「恵ちゃん、僕今日ちょっと出かけないといけないから、ちーと二人でお留守番しててくれる?」

恵  「あ、あぁ。いいけど……どこ行くの?」

春  「うん、ちょっとね。すぐ帰ってくるからー」


春、笑う


恵  「そっか……。わかった」

春  「ちー、おやつは鳩が出たら恵ちゃんと二人でクラウのところに行ってね。マフラー忘れないで」

千尋 「はーい」


***

・家(玄関)


春  「じゃあ行ってくるねー」

恵  「おう、気をつけて」

千尋 「いってらっしゃーい!」


三人、手を振る


恵M 「結局春がどこへ行ったのか分からなかった。ちーにさりげなく聞いたけど、ちーも分からないと言った」


***

・家(寝室)


眠っている千尋

恵、布団をかぶせて部屋を出る


***

・家(リビング)


恵M 「どれだけ春が愛してると言っても、あいつの周りには一枚の壁がある。それがどうしても崩せない。そこに入らせてくれない。触れる手はとても暖かいのに、どこか安心できない。それが悲しくて、悔しくて、どうしていいか分からなくなる。あんたが見ているものは何?それはもう届かないものなんだろう?」


恵、本棚からアルバムを見つけるとソファに座る

開いてみると、春と千尋が写っている

玄関の方から物音がする

恵、振り返ると春がいる


恵  「あ、おかえり……」

春  「ただいま。ちーはお昼寝中ー?」

恵  「うん。さっき寝たとこ」

春  「そっか。ありがとう。何見てるのー?」

恵  「アルバム、ごめん。勝手に出しちゃった」

春  「いいよー。懐かしい。あ、これちーが首据わったくらいのだね。可愛いー」


春、写真を見て懐かしそうに笑うと恵の隣に座る


春  「この泣いてるのねー、猫さんに逃げられちゃったーって泣いてたんだよー。ちー追いつけなかったのね。猫さんに」


恵M 「楽しそうに写真の説明をしてくれる春。それが続いていくうちにふと疑問に思う。一枚も母親の写真が無い……」


恵  「……」

春  「あ、これ二歳の誕生日だー。ピースできなくてね親指と人差し指しか立てれないの」

恵  「なぁ、春」

春  「んー? なぁに?」

恵  「その……さ、言いたくなかったらいいんだけど、ちーのお母さんの写真はないの?」

春  「……そうだね、無いね」

恵  「……」

春  「ちーが生まれてすぐに亡くなったから。僕は一枚も持っていないんだー」


春、何ともなさそうに笑う


恵  「そっか……」

春  「……」


春、恵の頭をそっと肩に寄せる


春  「君は優しいね……」

恵  「……優しくなんか……ない……」

春  「ふふ……」


髪を指ですく


恵  「今でも……」

春  「ん?」

恵  「今でも好き……? 奥さんのこと……」


恵、俯いている


春  「……どうしてそんなこと聞くの?」

恵  「……」


春、ため息を漏らす


恵  「だって……あんた……いつもどこか遠くを見てる……」

春  「そんなこと無いよ」

恵  「あるよっ……! ……俺のこと……ちゃんと……見てよ……」

春  「恵ちゃん……」

恵  「俺じゃ駄目? ……代わりにはなれない? ……俺、あんたが好きだ……でも……あんたは違う……」


春、キスをする


恵  「キスなんかで、誤魔化すなよ……」

春  「……代わりになんか、ならないよ……」

恵  「っ……」

春  「君は君でしょう? 誰かの代わりになりたいだなんて悲しいこと、言っちゃ駄目だ」

恵  「でも! それでも! 俺はあんたの一番近くに行きたいんだ……それがたとえ誰かの代わりだとしても、それでもいい……」


恵、涙を零す


春  「……泣かないで……」


春、恵の顎を引いて涙を指で拭う


恵  「泣いてない……っ」


恵、顔を背ける

春、微笑む


春  「僕は君を愛しているよ、恵。誰かの代わりになんかならないほど。君が好きだ」

恵  「でも」

春  「君がそんなにも悲しい顔をするんなら、全部教えてあげる。でも約束して?」

恵  「え……?」

春  「僕を嫌いにならないって……」


春、悲しそうに微笑む


春M 「五年前……」

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