小学生が4000年前に暮らします

星見守灯也(ほしみもとや)

第1話、美音子

「明日は博物館に行きますね。では、一万六千五百年くらい前から始まった時代をなんというでしょう」


 三時間目、社会の授業だ。「はい!」といきおいよく美音子みねこは手をあげた。美音子は小学六年生、十一歳の女の子。明日は校外学習で県立博物館に行くことになっていて、ちょうど歴史の勉強がはじまったばかりだった。


「はい、美音子みねこさん」

縄文じょうもん時代です!」


 美音子みねこは立ちあがって、声をはりあげた。


「そう、縄文時代でしたね。じゃあ、このころの人が住んでいた住居はなんていうんでしたっけ?」


 イスにすわった美音子は、また手をあげる。こんなのかんたんじゃない!


星良せいらさん、どうですか?」


 けれども先生はななめ前の席の星良せいらを指した。星良せいらがやっと教科書を開く。おそい! 美音子はもっと高く手をあげた。


「えっとお……」


 なんでわからないの! と美音子は思った。石器せっき貝塚かいづか、ぜんぶ教科書に書いてあるのに! 星良はがんばって教科書を探している。美音子はせのびするように手をのばした。


 くすくすと後ろの子が笑っているのが聞こえる。美音子はそれが自分にむけられたものだと気づき、後ろをふりかえってにらんだ。その子たちは教科書に頭をかくしてしまう。また、くすくすと声がもれる。やなやつ!


「じゃあ、優守ゆうまさん」


 もう! 他の人がさされちゃったじゃない! でも、優守ゆうまははずかしそうにもじもじしている。ちらちらとタブレットを見て、わかっているはずなのに答えない。美音子はいいかげん、いらいらとして立ちあがった。


「たて穴住居です!」


 先生がこまったように美音子を見つめた。美音子はとまどう優守をムシして答える。


「地面に穴を掘った家です。縄文時代は、狩りや採集をしていた時代です。使っていた縄文土器じょうもんどきに縄のもようがついてるから縄文時代です! 土器のほかにも土偶どぐうっていうのも作っていて……」






「あれ、ひどくない?」

「優守が答えようとしてるのにさ」

「できるからって、ジマンしちゃって」


 休み時間になると、クラスメイトが数人集まって、美音子にも聞こえるように話している。いっつもうるさい。集まらないとなんにもできないくせに。むかっときて美音子は言いかえす。


「教科書に書いてあるのおぼえただけ。普通だよ。だれでもできるもん」

「イヤミだね」

「すぐ、そうやって人のことバカにする」

「だって、あんたたちバカじゃん。あたりまえのこともできないんだから」


 走るのが速い子は、おそい子をバカにする。それなら、勉強できないのもバカにされると思うけど。


「どうせ、先生にひいきされてるんでしょ」


 そう言われたけれど、とくになにもない。いつも百点取ってるのは実力だと美音子は思う。それどころか、先生は美音子が答えようとすると「ちょっと待っててね」と言う。わたしはちゃんとわかってるのに!


「ベンキョーなんて、大人おとなになったら役にたたないじゃん」

「サッカーうまくても、プロになれないじゃん。そんなの、やっても意味ないよ」

「むかつくー!」






「なんで、みんなできないんだろ! 書いてあるのにさ」


 夕ぐれの帰り道、美音子は坂をかけあがった。思いっきり足を動かして、アスファルトをけりとばす。おとうさんもおかあさんも弟のことばっかりだし、弟も言うことをきかない。……きっと、弟とは血がつながっていないからだ。


 しだいに息があがってきて、胸もお腹も苦しくなる。足が重い。ふらふらとよろけ、坂のなかほどで立ちどまった。


「はあ、はあ、はあ……」


 ヒザに手をついて息をはく。前かがみになり、ふと地面を見た。あれ? そこで気づく。足と足の間から見える景色が変わっていることに。アスファルトの灰色ではなく、土の色と草の緑が広がっている。


 美音子はあわてて体をおこし、来た坂を振り返った。いつもの町だ。どんよりと広がる雲のした、ずっと道が続いている。坂の下で十字路になっていて、道のとちゅうでは工事をしていた。両側には住宅やお店が並び、街路樹がいろじゅが立っている。


 もう一度、背を丸めて、またの下からのぞいてみた。たくさんの木だ。空をおおう木々の葉っぱ、地面には低い草がはえている。おとうさんとおかあさんと弟とキャンプに行ったときのような雑木林ぞうきばやしだった。木の葉が風にゆれている。その間から日の光がこぼれている。


 美音子はびっくりして、のぞきこんだ。ザワザワという葉の音や、草のにおいまでするようで、美音子はもっとよく見ようと体をのりだした。そのとたん、バランスがくずれた。ごろんとでんぐり返しをするように、雑木林へと転がりこんでしまった。






 いたい! そうさけぶまえに、手が地面にふれる。しめった冷たい土の感触。石ころまじりの土に、木の枝や落ち葉が散らばっていた。あちこちに高い草、低い草がはえていて、地面をかくしている。風が葉をゆらす音のほかに、バサバサとなにかが動く音がする。ヂヂヂヂ……と鳥の鳴く声。


「ここ、どこ?」


 そばには大きな木が立っている。起きあがって上を見ると、木の葉が広がっていて薄暗い。背の高い木々が、ずっと向こうまで生えていた。どこまでも緑と土の色だ。


「なんで……?」


 なにがおこったのかわからなかった。出た声があまりに不安そうで、美音子は急に怖くなった。だって、ここには建物がない。道もない。誰もいない。せおっていたカバンもない。


「だれか……」


 よわい声は、木の葉のこすれる音にまじって消えていった。スカートの土をはらうことも忘れ、立ちあがったところで、はりだした木の根につまづいた。一歩踏みだすと、ザリッと石が鳴った。


 どうしてこんなところに来ちゃったんだろう。おとうさんやおかあさん、弟に、もう会えない気がした。この世界に、自分がひとりっきりのような気持ちだった。泣きさけびたいのに、かすれて声にならなかった。

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