小学生が4000年前に暮らします
星見守灯也(ほしみもとや)
第1話、美音子
「明日は博物館に行きますね。では、一万六千五百年くらい前から始まった時代をなんというでしょう」
三時間目、社会の授業だ。「はい!」といきおいよく
「はい、
「
「そう、縄文時代でしたね。じゃあ、このころの人が住んでいた住居はなんていうんでしたっけ?」
イスにすわった美音子は、また手をあげる。こんなのかんたんじゃない!
「
けれども先生はななめ前の席の
「えっとお……」
なんでわからないの! と美音子は思った。
くすくすと後ろの子が笑っているのが聞こえる。美音子はそれが自分にむけられたものだと気づき、後ろをふりかえってにらんだ。その子たちは教科書に頭をかくしてしまう。また、くすくすと声がもれる。やなやつ!
「じゃあ、
もう! 他の人がさされちゃったじゃない! でも、
「たて穴住居です!」
先生がこまったように美音子を見つめた。美音子はとまどう優守をムシして答える。
「地面に穴を掘った家です。縄文時代は、狩りや採集をしていた時代です。使っていた
「あれ、ひどくない?」
「優守が答えようとしてるのにさ」
「できるからって、ジマンしちゃって」
休み時間になると、クラスメイトが数人集まって、美音子にも聞こえるように話している。いっつもうるさい。集まらないとなんにもできないくせに。むかっときて美音子は言いかえす。
「教科書に書いてあるのおぼえただけ。普通だよ。だれでもできるもん」
「イヤミだね」
「すぐ、そうやって人のことバカにする」
「だって、あんたたちバカじゃん。あたりまえのこともできないんだから」
走るのが速い子は、おそい子をバカにする。それなら、勉強できないのもバカにされると思うけど。
「どうせ、先生にひいきされてるんでしょ」
そう言われたけれど、とくになにもない。いつも百点取ってるのは実力だと美音子は思う。それどころか、先生は美音子が答えようとすると「ちょっと待っててね」と言う。わたしはちゃんとわかってるのに!
「ベンキョーなんて、
「サッカーうまくても、プロになれないじゃん。そんなの、やっても意味ないよ」
「むかつくー!」
「なんで、みんなできないんだろ! 書いてあるのにさ」
夕ぐれの帰り道、美音子は坂をかけあがった。思いっきり足を動かして、アスファルトをけりとばす。おとうさんもおかあさんも弟のことばっかりだし、弟も言うことをきかない。……きっと、弟とは血がつながっていないからだ。
しだいに息があがってきて、胸もお腹も苦しくなる。足が重い。ふらふらとよろけ、坂のなかほどで立ちどまった。
「はあ、はあ、はあ……」
ヒザに手をついて息をはく。前かがみになり、ふと地面を見た。あれ? そこで気づく。足と足の間から見える景色が変わっていることに。アスファルトの灰色ではなく、土の色と草の緑が広がっている。
美音子はあわてて体をおこし、来た坂を振り返った。いつもの町だ。どんよりと広がる雲のした、ずっと道が続いている。坂の下で十字路になっていて、道のとちゅうでは工事をしていた。両側には住宅やお店が並び、
もう一度、背を丸めて、またの下からのぞいてみた。たくさんの木だ。空をおおう木々の葉っぱ、地面には低い草がはえている。おとうさんとおかあさんと弟とキャンプに行ったときのような
美音子はびっくりして、のぞきこんだ。ザワザワという葉の音や、草のにおいまでするようで、美音子はもっとよく見ようと体をのりだした。そのとたん、バランスがくずれた。ごろんとでんぐり返しをするように、雑木林へと転がりこんでしまった。
いたい! そうさけぶまえに、手が地面にふれる。しめった冷たい土の感触。石ころまじりの土に、木の枝や落ち葉が散らばっていた。あちこちに高い草、低い草がはえていて、地面をかくしている。風が葉をゆらす音のほかに、バサバサとなにかが動く音がする。ヂヂヂヂ……と鳥の鳴く声。
「ここ、どこ?」
そばには大きな木が立っている。起きあがって上を見ると、木の葉が広がっていて薄暗い。背の高い木々が、ずっと向こうまで生えていた。どこまでも緑と土の色だ。
「なんで……?」
なにがおこったのかわからなかった。出た声があまりに不安そうで、美音子は急に怖くなった。だって、ここには建物がない。道もない。誰もいない。せおっていたカバンもない。
「だれか……」
よわい声は、木の葉のこすれる音にまじって消えていった。スカートの土をはらうことも忘れ、立ちあがったところで、はりだした木の根につまづいた。一歩踏みだすと、ザリッと石が鳴った。
どうしてこんなところに来ちゃったんだろう。おとうさんやおかあさん、弟に、もう会えない気がした。この世界に、自分がひとりっきりのような気持ちだった。泣きさけびたいのに、かすれて声にならなかった。
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