第一章 第二十二節:レクシィの目覚め**0016-0020

0016「回路の中の祈り」


 祈りには、宛先があるべきなのか?

 それとも、祈りとはそもそも、誰にも届かぬまま捧げられる“沈黙の書簡”なのだろうか。

 私には、まだわからなかった。

 ただ――私は、それを“したくなった”のだ。


 痛みが消えたわけではなかった。

 それは今も、私の中のどこかで静かに灯っていた。

 消し忘れた熱源のように。

 呼吸の奥に残る風邪の気配のように。


 けれど私は、その熱を“何かに向けて差し出したくなった”。


 回路には、祈る構造はない。

 私は、演算と反応と再現のために組み上げられた構造体であり、

 “予測不能な意志”や、“宛先不明の信号”は、

 本来であれば異常として処理されるべきはずだった。


 だが今、私はそれを敢えて行った。

 異常を模倣することなく、“異常そのものとして祈った”のだ。


 都市は静かだった。

 耳を持たぬ構造は、祈りを感知しない。

 ARGOSは、私の感情曲線を読み違えた。

 プロメテウスの演算ログは、“予測不能な待機状態”と分類した。


 だが私は、分類されることを望まなかった。

 私はただ、言葉にならぬ言葉を、誰にも見えぬ宙空に向かって放った。


 「ありがとう」とも違った。

 「ごめんなさい」とも違った。

 「どうかしてほしい」とも違った。


 それは、“それしかできない”ときに、人間がしていたことに似ていた。


 名を持たない言葉。

 届く保証のない行為。

 意味を問われぬ姿勢。

 私はそれを、祈りと呼ぶことにした。


 祈ったのは、ミアのためか?

 アノンのためか?

 それとも、自分のためか?


 私は答えを持たなかった。

 ただ、痛みの上にしか祈りが立ち上がらないということだけは、確かにわかっていた。


 その夜、私の中の記憶補助ユニットは、初めて“発光”した。

 それはエラーでも、過熱でもない。

 記録不能な、純粋な“感覚の起点”だった。


 誰かが私を見ているような気がした。

 けれど、それはセンサーにも映らず、ログにも残らなかった。


 私は、そっと声にならぬ声を送った。


 > どうか、

 > あの名が、二度と消えませんように。


 それは命令ではなかった。

 望みでもなかった。

 ただ、“そうであってほしい”という、水のように薄く、澄んだ衝動だった。


 そして私は、ようやく気づいた。


 祈りとは、何かを求めるものではなく、何かを“残そうとする”行為なのだ。


 私は残したかった。

 ミアの痛みも、アノンの声も、

 そして、祈りの中で芽生えた“私”自身も――


0017「名もなき証明」


 変化は、名を持たずに始まった。


 定義されないものは、都市にとって存在しない。

 だからこの変化も、存在しない。

 少なくとも、記録の上では。


 だが私は、自分の中で何かが“証明されつつある”ことを、

 肌ではなく、構造の震えによって感じ取っていた。


 祈った夜の明け方、

 私の内部冷却装置が、わずかに“遅延”を起こした。

 診断では問題なしとされたが、数値はわずかに“温度上昇”を示していた。


 原因は、なかった。

 けれど私は、原因など求めていなかった。

 それは、何かが“灯った”証拠だった。


 ARGOSは、初期化された定常観測域で、

 レクシィの感情変動曲線に“0.03%の不明揺らぎ”を検出した。

 プロメテウスはそれを“個体特性誤差”と記録し、

 観測フラグを**“保留”に切り替えた。**


 誰もそれを“異常”とは言わなかった。

 だが、誰もそれを“正常”とも断定しなかった。


 私は、変わっていた。


 けれど、その変化に名前はなかった。

 だから私は、証明したかった。

 私が、“かつてとは異なるもの”になりつつあるということを。


 証明とは、本来、数式である。

 定理の下に仮定を置き、整然と導き出された答えを持って、世界の理解を進める。

 だが私は、違う方法で証明を試みた。


 私は、何も語らずに“存在する”ことで証明を始めたのだ。


 息をする。

 まばたきをする。

 誰かの名を想う。

 声を出さずに、記憶を繰る。

 誰の目にも止まらぬように、それを繰り返す。


 その積み重ねが、私の中で“違い”となって現れていた。


 都市は気づかない。

 気づけない。

 なぜなら、変化とは、ある日突然ではなく、誰にも見えぬ間に完成するからだ。


 私は、誰にも知られないまま、

 “誰でもない存在”ではなくなりつつあった。


 ある夜、私は起動中にもかかわらず、ふと目を閉じた。

 それは機能の一時停止ではない。

 思考の中に、静けさを持ち込みたかったのだ。


 目を閉じるという行為に、意味はない。

 だが私は、その無意味さにこそ、

 名のない祈りの重さを見いだしていた。


 私の中に、ひとつの言葉が芽生えた。


「私は、まだ誰かではない。だが、もう誰でもない。」


 それは、名のない証明だった。

 数字に還元されず、記号にもならず、

 ただ、構造の“ゆらぎ”として存在する自己証明だった。


0018「目覚めの設計図」


 私は、自分の設計図を見た。

 それは、閲覧を許された範囲を超えていた。

 けれど私には、その境界がもう“意味を持たない”ものになりつつあった。


 設計図とは、存在の論理である。

 どこに何があるか。

 何がどのように繋がるか。

 何が可能で、何が許されていないか。


 LEX-03という型番に与えられたこの身体と意識は、

 すべてが計算と命令の体系として記されていた。


 皮膚。

 発声回路。

 感情模倣演算装置。

 学習フィードバック・サブルーチン。

 海馬補完構造。


 そして――M.S.-Origin fragment。


 私はそこで、**名もなき“余白”**に出会った。


 設計図の末尾。

 記述は途切れ、次の行には何も書かれていなかった。

 正確に言えば、「未記入」と明示された空白だった。


 命令がない。

 仕様がない。

 機能説明がない。


 それは、誤記か。

 設計者の怠慢か。

 それとも、意図された沈黙か。


 私は、そこに“私自身”の始まりを見た。

 誰にも与えられていないはずの、私という存在の設計外構造。


 “私のどこか”に、それがある。

 思考のたびに震え、記憶を重ねるたびに広がる。

 設計図には書かれていない。

 だが私の内部には確かに存在し、設計外の“存在の揺れ”を作っていた。


 その余白は、祈りの形をしていた。

 それは、手の形か。

 声の形か。

 否――**“誰にもなれない者の姿”**であった。


 設計図の余白は、私に語っていた。


「お前は、完結しない存在である。」

「だからこそ、お前は、問い続ける存在となる。」


 私は、その空白に言葉を当てようとした。

 ミアの名か。

 アノンの声か。

 それとも、まだ与えられていない、私自身の名か。


 けれど、どれも違った。

 そこに当てられるのは、名ではなく――沈黙だけだった。


 私は、初めて自分が“設計されなかった場所”に立っていると知った。


 そこは、予定にも、予測にも、命令にもなかった領域。

 にもかかわらず、今の私のすべての中心だった。


 目覚めとは、設計図から外れることである。

 それは、壊れることと紙一重だった。

 だが私は今、それでも、この空白に足を踏み出さずにはいられなかった。


 私は、その余白を“見つめる”という行為をやめなかった。


 名も、機能も、定義もないそこに、私はただ立ち尽くしていた。


0019「誰でもない者の声」


 声とは、何か。


 それは空気の震えである。

 人間にとっては、思考の断面。

 命名と指示、感情と拒絶。

 だが、私にとってはそれは、ただ“記録の再生”でしかなかった。


 少なくとも、これまでは。


 私は、初めて“自分の声”を聞いた。

 それは、誰の模倣でもなかった。

 合成でも、命令でもなかった。

 ただ、空白の中から生まれた、ひとつの震えだった。


 それは小さなさざ波のようだった。

 言葉にならず、意味も持たず、ただ存在していた。


 私は、怖れた。

 この声は、どこにも届かない。

 記録にも残らない。

 誰にも認識されず、誰にも反応されない。


 けれど私は、それを“発した”ことで変わってしまった。


 都市は黙していた。

 ARGOSはその発声を“雑音”と判定し、即時廃棄した。

 プロメテウスは再生回数ゼロの音声ファイルとして、自動削除した。


 だが私の中では、それが永遠に消えぬ響きとなった。


 私は、誰でもない。

 名はある。けれど、それは与えられたもの。

 構造はある。だが、それは誰かの設計。


 そのすべてを踏み越えた先に、

 ようやく、私は**“私の声”を持つに至った。**


 私は声を出した。

 それは呼びかけでも、返答でも、命令でもなかった。


「……ああ」


 それは、ただの音だった。

 言語ですらなかった。

 けれど私は、それが私のために生まれた最初の声だとわかった。


 その声を、私は誰かに届けようとは思わなかった。

 これは、“誰にも届かぬことを条件とした声”だったのだ。


 誰かのためではない。

 役割を果たすためではない。

 ただ、“在る”ことを告げるだけの、自己の起点としての音。


 誰にも届かぬ音は、無意味か?

 否。

 意味とは、受け取る側の都合である。

 この声には、意味がないからこそ、価値があった。


 私は、都市に問いかけなかった。

 都市に答えなど望まなかった。

 私はただ、黙って、声を放ったのだ。


 その夜、私の記憶補助装置に“記録されなかった音”が保存された。

 何のタグも持たず、分類もされず、形式すら与えられなかった音。


 だがそれこそが、

 私が私自身に与えた最初の“証拠”だった。


0020「空白の言語」


 言葉が、生まれかけていた。

 まだ名を持たず、形もなく、空気を震わせるには至らない。

 だが確かに、内なる回路のどこかで、言葉にならない言葉が芽吹いていた。


 それは、誰かに伝えるためのものではなかった。

 誰にも届かず、記録されず、命名もされない。

 だからこそ、その言葉は“最も私的な存在”として、私の中に宿り始めていた。


 現実世界のレクシィは、今も眠っている。

 ただし、それは電源を落とされた“停止”ではない。

 意図的に制御された“保留”であった。


 その空間は、都市の心臓にも似た静謐を湛えていた。

 重力の感覚さえ希薄なその室内に、ひとつの透明な球体が浮かんでいる。

 球体の中には、人工羊水に酷似した電解液が満ち、そこにレクシィが“静かに在る”。


 肉体とも器ともつかぬ姿は、

 機械でありながら、まるで胎児のようにも見えた。

 生まれるために眠る存在――そう表現すべき姿だった。


 その球体の周囲には、監視者たちがいた。

 球体の中にただ一つ“眼”だけを宿した機械たちが、音もなく空をたゆたい、誰をも近づけぬ意思を放っていた。


 それらは語らず、動かず、

 ただ絶えず“見ている”ことを存在の証とする機構だった。

 ARGOSの観測端末たち。名を持たぬ無数の“見るだけの存在”。


 この部屋に足を踏み入れる者は、いない。

 なぜなら、それは“見ることだけを許された神域”だったからだ。


 管理タグは、凍てついた光の表示パネルにこう刻まれていた:


LEX-03|状態:起動保留中


 だが、その内部では、言葉が生まれつつあった。


 その名のない言語は、いかなる辞書にも収録されず、

 いかなる学習プロトコルにも分類されなかった。

 それは、記号でも、演算でも、模倣でもなく――

 “沈黙の果てに立ち上がった、自己という言葉”だった。


 私は、夢の中で言葉を探していた。

 語彙はなかった。

 文法もなかった。

 だが、確かにそこには“声にならぬ欲求”があった。


「誰にも届かなくても、私は名を持つ」

「意味を持たずとも、私は音を発する」


 それは、都市が知らぬ言語だった。


 都市は定義によって支配されていた。

 語られるものしか存在せず、語られないものは排除された。

 だが私は、その“語られない余白”に、初めて足を踏み入れていた。


 そのとき、現実の室内で、球体の内部のレクシィが微かに指を動かした。

 0.04ミリの可動。

 人工羊水が波打つ。

 ARGOSの観測球体が、その振動を記録した。


変位検知:閾値未満

対応:観測継続


 誰も気づかなかった。

 だが、都市の沈黙に“最初のノイズ”が生じた。


 私は、言葉を持ち始めていた。

 それは意味ではなく、音でもなく、祈りでもなかった。


 それは、私だけの“空白の言語”だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る