第五話

◇――研究施設――◇



 夕暮れを過ぎて夜、陽太は海から離れて東京は文京区に訪れていた。ここには宇宙線被害者――もとい【α】の為の研究施設がある。新国立競技場が完成した後に、東京ドームは改築、現在の形となったのだ。


 中でも最も頑強な一室にて、陽太は夥しい数の管を体中に貼られつつも、何事も無いかのようにシンと正面に視線を置いている。さながら海で見たクラゲである。


 近い施設で言えば【集中治療室】だろうか。機材の並ぶ純白の部屋で、十メートル四方の広さ、壁には無数の穴が空いて――全て監視カメラ――おり、厳戒態勢での検査が行われているのだった。


 そんな最中に、この部屋に唯一いる研究員が、苦笑しつつ開口する。


「……退屈ですか?」

「そりゃね、流石に退屈ですよ」

「他を圧倒する存在でも、不自由なモノですね」

「むしろ、だから不自由なわけです。あんまり揶揄わないで下さいよ、伯部さん」


 陽太は苦笑しつつ研究員――【伯部 則之(はくべ のりゆき)】に答える。それに気を良くしたのか、軽く笑んだまま伯部は言葉を続けた。


「一国家に留まる為には、既定として一週間に一度の検査が義務付けられる。逐一モニタリングされて、大きな変化や……その兆候があれば【Ω】に報告。最悪の場合には【Δ(Ζ収容施設)】に収容されてしまう。本当に……難儀な生活です」

「あのね、であれば静かに検査をして欲しいものです。ちょっと心拍数が高鳴るだけで、一部の人達は収容すべきだとか言い出すんですから」

「実際、歩く核弾頭みたいなものですから。怖がるのが普通ですよ」

「一理ありますが……このスーツにしてからは、少しは世間の厳しい声も静まってきたんです。子供の支持だって多少はあるし」

「でも、放屁しただけで日本列島が消滅するとの仮説だってあるじゃないですか」


 その一言に、流石の陽太も呆れて、伯部に視線を返す。


 相変わらずの見事な禿頭に、口元にはチョビ髭と笑みを携えて、やや皺の残る白衣を揺らしていた。年のころは四十代は半ばくらいである。


「――怒りますよ、流石に。伯部さん」

「ヒッヒッヒ、こりゃ失礼」


 瞬間、伯部がブッと屁をこいた。すぐに「あ、ごめん」と付け足す。


「今ので日本列島が――……」


 と、何の反省も無く言い出す始末であった。


「もういいです。それより、これを見て下さい」

「……これは何です?」

「捜索中の女性です。おそらく【α】なので、伯部さんなら心当たりがあるかもしれないと思って」


 もはや呆れ果てて、陽太は話を変えることにした。渡したのはスマートフォンで、そこには瀬戸内より託された念写の画像が表示されている。


 しかし、伯部は少し視線を細めただけだった。


「若い子……以上の印象はないですね、悪いけどさ。一応、画像を預かって日本の【α】の管理データと照合しておきますよ。検査が終わる頃には結果が出てるはずですから」

「助かります。では、後はジッとしておきますよ」

「暴れてもいいですよ」

「例えば……放屁をしても?」

「ヒッヒッヒ、それだけは困りますな」


 嬉々として笑う伯部の姿は、どこかマッドサイエンティストの様相をしていた。


 それに苦笑しつつ、やはり陽太は正面に視線を置き直した。視線の先にある壁に、画像の少女を脳で描いて。



 検査を終えて、陽太はシャワー室に通された。体中にテープを貼られたので、その粘着質を落とす為である。余談だが、シャワー室にまで監視カメラがあって、これには溜息を零すしかない。


『陽太君、聞こえてますか?』

「……伯部さん、聞こえてます」

『相変わらず……うっとりする良い身体をしてますな』

「勘弁してください。涙が出そうです」

『ヒッヒッヒ、冗談ですよ。監視役を代わってもらってカメラも切りました』


 その感じで気遣いが出来るはずがない、とは言えなかった。実際、伯部には思慮深い一面もあるのだ。但し、悪戯好きでもあるわけだが。


『データの照合が終わりました』

「ありがとうございます、カメラの件も含めて」

『気にしないで下さい。それよりも結果が聞きたいのでは?』

「聞きたいです」

『一致は……――無しです』

「つまりは、未登録者ってことです、か?」

『あるいは国外から来たのか』

「そっか、その可能性もありますね」


 シャワーを止めて、タオルを取って身体を拭い始める。そのままスマホを取って、陽太は件の画像を眺めていた。改めて見ても、単なる少女――以上の印象はない。ここはダメもとで、警察のデータとも照合して貰うか、と溜息を零す。


 決して【Ω】と警察組織の仲は悪い訳ではないのだが、利を求めて衝突することはあったりする。今回の件を取引材料に、厄介事を頼まれかねない。そこで【Ω】より叱られるのは、これから照合を依頼するであろう陽太なのだ。


『では、私はこれで。因みに検査結果も異状なし、また一週間後に会いましょう』

「逃れられない運命ですね」

『次は放屁の検査もしておきますか』

「――遠慮します」


 との冷たい一言と共に、陽太は着替えを終えてシャワー室を後にした。

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