成人男性、ネ友の制服を着る男と対峙する

日奉 奏

第1話

 12月前半、居酒屋のカウンター席。私のネ友――ケークはいい感じに酔って来たようで、顔が赤くなっている。

 ケークは長身の男で、コート姿で丸メガネ。20代後半。ちなみに私は13歳で、黒パーカー姿で女子である。

 うん……ギリギリ法律違反はしていない。旅行好き同士のコミュニティで出会って以降、私はたまに2人で出会っている。

「私の兄貴がさぁ、最近私の制服勝手に着てるんだよね」

 ケークは頬を赤く染まっているのを見て、私は話し出す。酔い始めると、ケークは愚痴を聞いてくれるんだ。

「ほえぇ……どうしてなんだ?刹那」

 刹那というのは私のハンドルネームだ。まぁ、本名はもちろん別だが。

 私は『どうして』というケークの質問に答える。

「さぁな。女装癖でもついたんじゃないか?」

「女装癖ねぇ……それでも、妹の制服を勝手に着るってのは良くないな」

「そうだろ?実際、普段の兄貴はそんなことしないんだよ」

 兄貴は結構優しい。半分こにしたら大きい方を分けてくれたり、勉強を教えてくれたりもする。

 正直、勝手に服を着る……それも思春期女子の制服を着るなんて、普段の兄貴からじゃ想像できない。

 そんなことを考えていたら、ケークが私の顔を覗いていた。

「不可解って顔してんな、刹那」

「まぁな。普段の兄貴なら、いくら妹といえど、他人の……それも女性の服を着るなんて行為、しないから」

「なるほどな……なぁ、ちょっといいか?」

 ケークはカウンターの上に乗っている焼酎をちびちび飲みつつ、私に話しかける。

 どうしたんだ?と思っていたら、ケークは言った。

「刹那、お前の普段の生活を教えてくれないか?」

「……おっと、ケーク、あんたロリコンだったのか?」

「いや違う。だって気になるんだろ?お兄さんが、なんでそんな変態的行為をしたのか」

 まぁ気にならないと言えば嘘になる。少なくとも、兄貴には女装癖はない。

 妹の制服から妹の匂いを嗅ぎたいとか、そういうシスコンでもない。

 いやシスコンではあるかもしれないが……まぁ、割と紳士的な人間のはずだ。多分。

 私はそう言ったことを考えつつ、首を縦に振った。

「んじゃ決まりだ。刹那。お前の普段の生活を話してくれ」

「生活を話してどうするんだ?ケーク」

「お前の疑問を解消する。できたら、の話だけどな」

 そう言うケークの目からは、どこか『本気感』ってのを感じられた。

 私はケークのその態度を信じて、これまでの生活を話すことにした。

 まぁ、話すことによって、どうやって疑問を解消するつもりなのかは知らないが。

「生活を話すってどういう感じで?」

「取り留めもないって感じで。記憶に残っていることを、できるだけ」

 よくわかんねぇ。私はため息をつきつつ、この男の指示に従うことにした。

「とりあえず1週間前、本を読もうと、夜に自室を抜け出したところから話を始めるか……」


◇◇◇


 また女装してる……高校生の兄貴の部屋の前を通りながら、1週間前の私はそう思っていた。

 私の部屋の方が兄貴の部屋より廊下の奥にあり、階段を降りて1階に行こうと思ったら兄貴の部屋の前を通る。

 そして兄貴の部屋のドアは引き戸で、結構ボロいドアだった。つまり……中の様子がちょっと見えるんだ。

「……こうか?いや、こっちの方が」

 兄貴は私が見てることも知らずに、自分の部屋の中で私の制服を着て、鏡の前に立っている。

 実は兄貴の顔は端正かつ中性的なんだ。なので、正直制服も似合っている。まぁ、兄貴自身は自分の容姿に自信がないようだが。

 ただ、だからと言って妹の制服を着ていいわけじゃない。正直、勝手に着られて不快である。こちとら思春期だぞ。

「……ったく」

 私は誰にも聞こえないようにため息をつき、廊下を歩いて階段を降りる。

 階段を降りてすぐのところにある本棚には、色々な本があった。珍しい雑誌から、どこかの国の小説まで。

 兄貴はいろんな場所の本屋を巡ったりしてるんだ。私は適当に文庫本を取った。

 できるだけ足音を消して階段と廊下を歩み、自分の部屋に入る。兄の部屋と同じように、私の部屋にもそんなに物がない。

 ベッドの中に潜り込むと、私はベッドの横の台にあるランタンを点けた。


 気づいたら寝てしまっていた。私はカーテンから差し込む光を見ながら、ランタンのスイッチを消す。

 部屋を出て隣の部屋を見てみると、兄貴は既に下の階に降りているようだった。

 私も寝ぼけた目のまま、階段を降りてリビングのドアを開けた。

 リビングは結構広く、白で統一されている。ドアから見て右の方にあるのがテーブル。

 兄貴はちゃっかり上座の椅子に座り、私を待っていた。まだ黒いパジャマ姿だ。

「……おはよう、兄貴」

「おはよう、刹那」

 ここでは便宜上、兄貴も私のことをハンドルネームで呼ぶこととする。

 まぁそんなことは置いといて、兄貴はテーブルの上の、パックに入ったヨーグルトを手に取った。

 私もそれに従い、兄貴と向かい合わせに座る。そして……私はあの話を、切り出そうとした。

「なぁ兄貴、あの……」

「なんだい?刹那」

「……やっぱり、なんでもない」

 ただ……言い出せなかった。やっぱり怖いんだ。もしかしたら、あんまり触れちゃいけない物事なのかもしれないし。

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