第12話 愛の縄張り

百合は着る服を気にするようになっていたが、特段嫌がるようなことは言わなかった。少しずつ開花しているのだと思い次の段階へと進める準備をした。


俺の言葉や行動を純粋に喜び、行為に関しても恥ずかしがりはするが嫌がらずに従う百合はマゾの気がある。目隠しだけでなく、両手首を固定するためのバンドやおもちゃの手錠……それ以外の道具も揃えていった。



もし万が一のことがあっても、他の男とのセックスでは満足できず、物足りなくなって帰ってくるように俺は百合の身体を開発し欲望の沼に引きずり込み、身も心も俺で染めてやろうと思った。



そんな時に事件は起こった。

この日も俺は両胸と内ももの3か所にキスマークを付けた。行為が終わり、服を着る時に百合が小さく嘆いた。



「温泉が好きなのにキスマークがあったら行けない。」


「もし何かあった時にこのキスマークが合ったら百合は俺の物だって相手が諦めるかもしれないだろ。温泉に行きたかったら俺と貸し切りにいけばいいじゃないか」


「……。」



特別なことを言ったつもりはなかったが、百合は違った。



「ね?今、なんて言ったの?……私のキスマークを見たら相手が諦める?それって、私が誰かの前で服を脱がないと分からないことだよね?」



「そうじゃなくて。……え?百合?」


「そうじゃなくて何?こんな胸や内ももにあるキスマークなんて普段の生活で誰が気づくの?見える場所じゃないでしょ?」



言葉選びを間違えた。しかし、もう遅い。

百合は哀しみで顔を歪め泣き続けている。



「もうやだ……」


「えっ?ちょっと…百合???」


「私、付き合ってからまさ君にいっぱい色んなことしてもらって幸せだった。でも最近のスマホのチェックも、やましいことしていないのに見られるのは嫌だった。だけどまさ君のことが好きだし、まさ君も私のことを好きでいてくれている。お母さんのこともあって、まさ君は人よりもちょっと心配性なだけで愛情表現の一つだと思っていた。」


「………。」


「でも……今のは違う。相手が諦めるかもしれないって、私が誰かの前で裸になっている姿を想像していたってことでしょ?」


「違うんだ。百合が誰かについていくとか浮気をすると思ったわけじゃなくて、お酒に酔ったり体調が悪くなったりした時に誠実な男ばかりではない。その時に守る手段としてつけていたんだ。百合のためなんだ」


「私のため?……いつも一次会で帰っていたのに?お酒で酔いつぶれたこともないよね?」


百合は泣きながら俺を睨めてつけていた。


「私……まさ君のことが怖いよ。信じてもらえなかったのも悲しいし、このキスマークだって愛情表現じゃなくてただの動物のマーキングだよ」



百合に言われ俺も少し納得した。確かに百合は俺のものだ、誰にも渡したくない、その一心でつけていた。俺は百合を独占したかった。どこにも行ってしまわないように俺の中に閉じ込めておきたかった。


キスマークを見れば相手は他の男の存在に気付くだろう。百合は俺の物だと見せつけたかった。それは動物達が自分の縄張りを荒らされないようにつけるマーキングと変わらないのかもしれない。そして、そのきっかけは電車を変えようとしない百合への嫉妬や執着だった。



ただ、それでも俺は百合が拒む理由が分からなかった。俺は百合を他の男から守るためにやったことで、拒絶される理由はない。

その後も百合に話をしたが心を開いてもらえなかった。


「まさ君は、越智君が私に興味があるとか、私が他の人の前で服を脱ぐとか勝手な妄想をしている。そしてその妄想でキスマークを付けたりスマホのチェックや行動を監視している。それは愛情じゃなくて縛り付けているだけだよ……。私、もうまさ君のことが怖い……」



百合は号泣して嗚咽交じりにそう言った。



「俺は百合のことが好きだ。百合を守るためだったんだよ。百合のことを想ってだよ。百合のことが好きで誰にも渡したくないし渡さないための厄除けみたいなものだったんだ。だから、嫌だ、別れたくない。俺が側にいて支えるから」



5歳の頃、俺が母親に直接言えなかった言葉を百合に伝えたが響かなかった。

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