第三章 急襲

第10話

 憧れの魔法使いになって一ヶ月。

 帝都サーブヒルズを訪れた僕は、そこで魔法使い迫害の現実に直面する。

 教会関係者にだけは近づくなと釘を刺されたにもかかわらず、今居るのは――


「お爺様。ただいま帰りました!」

「おぉクララ。お仕事ご苦労様」


 町外れの小高い丘にある、ちょっとした教会。

 その庭先で、初老の神父が僕らを出迎えた。

 冷や汗ダラダラである。


「おや、そちらの方は?」

「こちら、私を町で助けて頂いた、ユウト様です」

「こんにちはユウトです」


 そこでクララが経緯を説明する。


「・・・・・・ほう、暴漢に襲われていた所を。恐かったねクララ」 

「はい。でもユウト様のお陰で大事にはいたらず」

「そうでしたか。この度はクララを救って下さりありがとうございます」


 神父様が頭を垂れる。


「いえいえ。そんな大したことは」


 愛おしそうにクララの頭を撫でる神父様。彼女も心地よさそうだ。


「クララは小さい頃からボーッとした子でしてな。よく迷子になるし、間違いも多いし、心配がつきないですよ」

「お、お爺様! そんな恥ずかしい話をなさらないで下さい!」


 子供っぽく怒るクララが微笑ましい。


「それでお爺様。このユウト様のご恩に報いるべく、おもてなしをして差し上げたいのです」

「そうかい。それではご馳走を用意しよう」

「いや、本当にお気遣いなく! クララさんが無事で良かったです!」


 教会に長くいてボロが出たら恐いし、アリサを待たせるのも嫌だ。

 そそくさと退散しよう。 


「そんなことおっしゃらずに。私の気が済むようにさせて下さいませ。決してがっかりはさせませんから!」


 しかしクララが悲しそうな顔で服を掴み、引き留める。

 困ったことになったぞ。


「実は連れを待たせているんだ。遅くなると悪いから」

「そうでしたか! でしたらその方も是非一緒に!」


 逃げ場無し。おっとりしているのに強引でグイグイだ。


「そのお方はどちらに?」

「たぶんまだ市場だと思う」

「承知しました!」


 クララが甲高い指笛を吹くと、真っ白なフクロウがどこからともなくバサバサ飛んできて、彼女の腕に止った。


「この子はジャックくん。私の使徒であり、大事な友達なんです。この子に伝言を頼みましょう」


 そう言ってクララは紙にサラサラと手紙を書いていく。

 使徒? マリーさんの使い魔、スージ君みたいなものかな。


「そのお方の特徴をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「えっと、黒い髪を後ろで一本に束ねていて、赤茶色のローブに、レザーのバックを持っているかな。名前はアリサ」

「なるほど。承りました」

 

 クララはジャックの足に、手紙をくくりつける。


「お願いジャックくん。この手紙をアリサ様まで届けてくれる?」


 ジャックは一声ホーッと鳴くと、空高く飛び上がっていった。

 あぁ、もう賽が投げられてしまった。

 

 礼拝堂を抜け、奥へ進むと住居スペース。

 マリーさんの家より数倍広い。

 なのに、あそこと違って綺麗に片付いている。

 さすが聖域。清潔そのものだ。


「どうぞそちらへ」


 応接室だろうか。お洒落な椅子に、小さなテーブル。

 そこへ神父様が紅茶とお菓子を運んでくる。

 至れり尽くせり。ニコニコ笑う二人の好意を無碍にもできない。

 まぁ恐い人たちではなさそうだ。


「さてクララ。もうすぐお昼時だ。準備を手伝ってくれるかな?」

「わかりました、お爺様。それではユウト様。私も宴の用意をしてきます。狭い教会ですが、ごゆるりとお過ごし下さい」

「あ、ありがとう御座います」


 しばらく紅茶を嗜むも、スマホもテレビもない世界ではすぐに時間を持てあます。

 失礼ながら教会を探検しよう。何か魔法使い迫害の理由が見つかるかも。


 礼拝堂へ入る。

 前世で言うゴシック様式に似た、厳かな空間だ。

 中央にはロザリオと同じ形の、大きなシンボルが鎮座し、その後ろには美しいステンドグラスがある。

 それには魔物と戦う勇ましい天使が描かれていた。


 そして礼拝堂側面には、その天使の物語が複数の聖画として、紹介されている。

 美しい絵だ。思わず見入ってしまう。


「クリス様の伝承ですか?」


 そこに準備の合間だろう。荷物を抱えたクララが通りかかった。


「あ、ちょっと気になって・・・・・・どんな話なんだろうって」

「ん? クリス様の伝承をご存じない?」


 サーッと血の気が引く。そうか普通、信者だと知っているよな。早くもボロが出そうに。


「いや、その、む、昔教えて貰ったんだけど、今一度見てみようかななんて! アハハ!」


 うわー。怪しさ全開だ! あの恐い人たちに、異端者だって通報されたらどうしよう!

 しかしクララは目を輝かせて


「それは素晴らしい! 大丈夫。忘却は恥ではありません。人間誰しもが持つ苦難です。再び学ぼうとする、その心が大事なのだとクリス様もおっしゃっています」


 クララは荷物を置き、聖画の前に立つ。


「こちらは子供にもわかりやすく説明できるよう、聖書を抜粋して優しく解説した物です。お時間宜しければご案内しますが?」

「それは助かるよ。ぜひ」

「ありがとうございます。それでは――」




 遙か昔。神様は天国とは別に、新たな楽園を作りました。

 それは今、みんなが住んでいる世界です。

 素晴らしい楽園のできに喜んだ神様は、自分に似せた眷属、人間を作り、住まわせることにしました。


 楽園はとても素晴らしい所でした。

 花々は咲き乱れ、常に晴れていて、音楽も溢れていて、みんな争うことなく平和で幸福な日々を過ごしていました。


 しかし、悪魔の王はその世界を嫉んでいました。

 

『私達はこんな暗く、ジメジメとした所に住んでいるのに、人間が幸せそうにしているのは我慢ならない。この世界を乗っ取って、壊してしまおう』

 

悪魔の王は、手下を差し向けて人間たちに囁きかけました。

 

『オマエの食べている果実より、隣の果実の方が甘くておいしいぞ。妬ましい。妬ましい』


 するとどうでしょう。

 今まで平和に生きていた人間たちは怒りや嫉妬、苦しみ、欲望を覚えました。

 ちょっとした小競り合いから、大きな争いに発展し、体はどんどん傷つき、愛に満ちていた楽園は、死の恐怖がつきまとう悍ましい世界へ変わってしまいました。


 神様はたいへん嘆き、悲しみました。


『素晴らしかった楽園は悪魔の手で穢れてしまった。いっそ全て壊してしまおう』


 神様が終焉の鐘を鳴らそうとしたときです。一人の天使が進み出ました。


『神様。愛すべき人間たちに罪はありません。この私が悪魔を追い出し、平和な世界を取り戻すまで猶予を下さい』


 神様は、この天使クリスを信じ、任せることにしました。


 クリスは地上に降り立つと、悪魔を懲らしめると同時に、人々に教えを説きました。

 真心を持って接することで、この楽園は再び復活すると信じていたのです。

 最初は半信半疑だった人間も多かったのですが、やがてクリスの愛情を信じる者が増えていきました。

 一〇年も経つ頃には、彼を慕う人が世界に溢れていました。

 

 これに怒った悪魔の王は、人間の王に命じます。


『邪魔なクリスを捕らえて殺してしまえ!』


 人間の王は愚かにも、命ぜられるがままにクリスを捕らえました。

 強力な力を持つクリスにとって、人間を倒すことなど造作も無いことです。

 しかし、クリスは救うべきはずの人間を自分が殺しては意味が無いと、これに抗いませんでした。


 厳しい拷問の末、クリスは焼き殺されました。

 人も、動物も、魚も、草木もみんな嘆き悲しみました。

 あまりにみんなが泣いたので、ついに空まで泣き出し、地上には雨が降るようになりました。

 みんなの泣声は、地の果てまで届きそうなほどでした。

 

 しかし三日後、天から清い風が吹いたかと思うと、焼かれた灰が集まって形となり、クリスが復活しました。

 クリスは言います。


『あなたがたの愛で、私は蘇ることができました。しかし、今のままでは悪魔の王に勝てません。私は一度、天に帰り力を蓄えてきます』


 クリスは信じる人間に、三つのお願いをしました。


 一、 人間同士で争わずに助け合い、愛情を持って接すること

 二、 神と天使クリスを信じ、敬うこと

 三、 悪魔と戦い続けること


 これらを言い残し、クリスは天に帰っていきました。


 私達はクリスの教えを胸に、楽園の復活を目指します。

 人間同士で結束し、悪魔と戦うのです。

 天使クリスが再び地上へ降りてくるその日まで――



「・・・・・・ご清聴ありがとう御座いました」


 クララがスカートの裾を両手でつまみ、ぺこりと頭を下げる。

 パチパチと拍手で礼をした。

 なんとなく前世の宗教と似通っている気がしないでもないけど、神様なんてのは世界共通でそんな物なのかも知れない。


 昨日、神官は「悪魔の手に落ちた――」なんて言っていたけど、悪魔と戦い続ける・・・・・・それが異端審問の大義名分ってわけか。狂ってる。

 どう見たって同じ人間だろうに。思わず拳に力が入る。


「ユウト様? 何やら浮かない顔でどうされました」

「えっ! い、いや別に」

「もしかして、私のお話は退屈でしたか?」


 落ち込んでしまったクララに「そんなことないよ!」と元気づける。


「むしろすごくわかりやすくて、スッと頭に入ったよ! ありがとう」

「それなら嬉しいです」


 そうクララがはにかんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る