守られるだけの女なんて -1
「休憩にするぞ〜。」
先頭を歩く人の声を皮切りに、周囲を歩いていた人々が一斉に休憩を取り始める。私ももう限界で、その場にそのまま座り込んでしまった。
「大丈夫か?」
隣を歩いていたジンさんが自分で日影を作りながら私に尋ねる。私はギリギリ笑顔を作って頷いて見せるが、彼には私が限界だということはバレバレだろう。
私たちは商団に混ぜてもらって次の街を目指していた。クスウェルを出てから既に一週間以上が経過した。あの後私たちは寝台列車に乗って南下し、降り立った駅から今度は馬車に乗った。そうして訪れた国は砂漠の中にある国で、文明が栄えたクスウェルからはかなり劣っていた。クスウェルが発祥だったレースや刺繍は、この国では想像より売れた。厳密には刺繍はこの国でもかなり一般的だったのであまり売れなかったが、レースが珍しかったようだ。
しかし現れると予想したミングは現れず、私たちは初めての空振りを経験した。その後国に来ていた商団に混ぜてもらい、さらに南下することにした。これから目指す国は、ただ港町とだけ聞いている。
「きちんと水分を摂れ。」
ジンさんに促されて、水筒の水を喉に流し込む。水の冷たさが心地良い。出発したときは砂漠だった周囲も、一時間も歩けば草木がチラホラ生えるようになった。とはいえ、ウユから出たことすらなかった私には過酷な旅だった。
「ミナと一緒に荷馬車に乗せてもらったらどうだ。」
私はチラリとミナさんの方を見た。ミナさんは商団の男性陣にかなり人気で、こうして同行させてもらえるのもそのお陰だったりする。そしてそのミナさんは歩くのは嫌だと、荷馬車に乗り悠々と過ごしていた。
「…私は限界まで歩きたいんです…。」
「もう限界だろう。」
そう言われて、私は口を噤んだ。あまり意地を張っても迷惑を掛けるだけだ。それは頭では分かっているけれど、私はここまで何も頑張れていない。なのに、甘えるなんて…。
「…お前は十分頑張っている。」
パッとジンさんの方を向くと、ジンさんはそっぽを向いてしまっていた。私は苦笑を漏らした。最近、ジンさんはこうして私を甘やかしてくれる。クスウェル以降、心なしかとても優しい。
「…ありがとうございます。大人しく、ミナさんと一緒に荷馬車に乗せてもらいます。」
「あぁ。」
「でも! 回復したら、また歩きますから!」
私がそう言うと、ジンさんはやっと私の方を向いて苦笑を漏らした。
「頑張ったわね、メグ。」
商団の男性に断って荷馬車に乗り込むと、ミナさんは微笑みながら私に水が入った袋を差し出した。受け取ると、ひんやりと冷たい。
「足を冷やしておきなさい、水膨れにでもなったら歩けなくなるわよ。」
「はい…。」
「といっても、この旅も三日程度だから。このペースで行けば、明後日の昼頃には目的地に着けると思うわ。」
三日もかかるというのに、ミナさんのこの口調。国によってはこの程度の移動は当たり前なんだろう。ウユでは幸い王都に住んでいたこともあり、私には無縁だった。国外に出て、自分が如何に恵まれていたかを痛感する。足の裏に袋を当てると、その冷たさにホッとした。
いつの間にか移動を再開した荷馬車に揺られていると、風が心地良くて眠気に襲われた。荷馬車のすぐ後ろをジンさんが歩いている。その歩みからは疲れを微塵も感じさせない。こうしてゆっくり観察してみると、ジンさんってイケメンだ。鋭い目つきに、黒髪黒眼。警官隊として鍛えられた体。シュッとしたちょっとキツめのイケメンだ。何だかんだ面倒見も良い。モテそうなのに、婚約者の方には逃げられてしまったなんて…。ただ、少し堅物なのは事実だ。いや…、少しなのか…? 初対面の印象を思い出して、はてと首を傾げた。少し、というのは訂正しておこう。きっと婚約者の人は初対面の頃の私同様、彼の良いところまで見つけられなかったのだろう。うとうとしながらジンさんを眺めていると、不意に目が合った。
「眠ければ寝ておけ。後でまた歩くんだろう?」
「……はい…。」
にこりともせず言う辺り、少しくらい笑ってくれてもいいのにと思ってしまうが、そこがまたジンさんらしい。返事をする頃には私は半分夢の中に意識を飛ばしてしまっていた。
目を覚ました頃にはすっかり日は傾き始めていた。飛び起きると、ミナさんはニコニコと笑っていた。私は荷馬車を降りて再びジンさんの隣を歩いた。といっても、結局歩けたのは一時間程度だった。
「ほれ、飯だ。」
「ありがとうございます。」
ご飯を受け取りながらお礼を述べると、渡してくれた商団の男性はニッコリと笑った。少し強面な人が多いが、皆優しい。ミナさんはご飯を食べながら商団の方達にお酒を注いで回っていた。私も手伝おうとすると、ミナさんに止められた為大人しくジンさんの隣でご飯を食べる。
「いいんだよ。アイツは今日歩いていないし、あれがミナなりの立ち回り方なんだ。お前にはお前の、ミナにはミナの立ち回り方がある。」
ジンさんにフォローされて、私は一瞬咽せそうになった。旅に出た頃からそうだが、私ってそんなに分かりやすいんだろうか。特に何も言っていないのに、見透かすようにジンさんは助言をくれる。私はいつもその助言に見事に救われてしまうんだ。
「野宿は初めてだろう、大丈夫か?」
「虫は大丈夫です!」
「それだけじゃないんだが…、まぁ大丈夫ならいい。」
ご飯を平らげると寝る準備を先に済ませた。それからはさすがに眠るには少し早かったので、レースと刺繍作りをして過ごすことにした。
「器用なもんだな。」
「ありがとうございます。」
隣に戻って来たジンさんが、感心した様子で私の手元を覗き込む。あまりまじまじ見られると緊張してしまう。手元が狂いそうでドキドキしながら作業を進める。
「…これも、バンの奴に教わったんだよな。」
じっと私の手元を見つめていたジンさんが不意に呟く。作業を止めてジンさんを見ると、ジンさんは心ここに在らずといった様子だった。
「そうです。読み書きも人脈なんかも、全部バンのおかげで…。」
「そうか…。」
今なら、訊ける。
「ジンさんは、どうしてバンを追いかけているんですか…?」
そう尋ねると、ジンさんは驚いた顔をして私の方を見た。
「…俺は、警官隊だからな。」
そう言われてしまえばその通りなのだが、本当にそれだけなんだろうか。並の警官隊の人よりも、執念が凄いような…。そう思っていると、やはりそれも見透かされていたらしい。
「……俺たちが幼馴染なのは話したな。」
「はい…。」
「アイツは家が厳しくて…俺やミナとは比べ物にならない程縛られて生きてきた。アイツが悪事を働いていたのは知っていたが、俺は止めることができなかった。それがここまで大きな悪事になってしまった。」
ジンさんはふと空を仰いだ。
「もっと早く止めていれば良かったと何度も思った。ウユで捕まえ損ねたとき、俺はもう逃さないと決めた。」
「そうだったんですね…。」
「だから奴を捕まえて、罰を受けさせる。そして足を洗わせる。その為に、俺は奴を捕まえる。」
私も同じように空を見上げた。ジンさんもずっと苦しんできたんだ。私たちは同志だ。一人じゃないというのはこんなにも心強い。
「ジンさん。」
「なんだ。」
「一緒に、見つけましょうね。バンを。」
「…あぁ。」
私は手元に視線を戻すと、作業を再開した。
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