第2話 夜明けのカフェテラス
夜明け前の静かな街角に、小さなカフェがぽつんと佇んでいる。薄暗い店内には、まだ開店前の準備をしている店長の七海が一人。毎朝、この時間だけが彼女にとっての特別なひとときだった。
「おはよう、また来ちゃった」突然、ガラス越しに笑顔が覗き込む。朝焼けに照らされたその顔は、常連客の涼介だった。「もう、まだ開店前だよ」「わかってる。でも、ここでコーヒー飲むと元気出るからさ」仕方なくドアを開けると、涼介は手に持ったビニール袋を差し出す。「これ、朝ごはん。コンビニのサンドイッチだけど、一緒にどう?」七海は少し呆れながらも、その心遣いに微笑んだ。
二人はカウンターに並んで腰を下ろし、まだ淹れていないコーヒーを待ちながら談笑する。「ねえ、涼介ってさ、なんで毎朝ここに来るの?」七海が不意に問いかけると、涼介は一瞬だけ表情を曇らせた。「うーん、なんでだろうな…。たぶん、ここが落ち着くから」「落ち着く?」「うん。七海の入れるコーヒー、妙に安心するんだよ。なんていうか…家に帰ったみたいな気分になる」その言葉に、七海の胸が少しだけ温かくなる。「ふふ、そんなこと言ってると、また冷やかされるよ?」「いいよ。冷やかされるくらいがちょうどいい」
ふと、七海のスマホが震えた。画面には「母親」の名前が表示されている。一瞬だけ逡巡したが、通話ボタンを押す。「もしもし…うん、大丈夫だよ…心配しないで」会話を終えると、涼介が気遣うように問いかけた。「実家、大変なの?」「ううん、ただ、あんまり帰れてないから。母さん、心配してて」「そっか…七海、無理してない?」「大丈夫。ここが私の居場所だから」そう言って、七海はコーヒーを淹れ始めた。湯気が立ち上り、芳ばしい香りが店内を包む。
「俺さ、ここに来る理由、やっとわかったかもしれない」「え?」「たぶん、七海に会いたいんだよ」その真っ直ぐな言葉に、七海は思わず手を止めた。「な、何言ってるのよ…」「冗談じゃない。真剣だよ。だから、これからも通ってもいい?」七海は恥ずかしさを隠すように、カップを差し出した。「…コーヒー冷めるよ」「ありがとう」二人の間に流れる穏やかな空気に、夜明けの光が差し込み始めた。
今日もまた、新しい一日が始まる。心地よい静けさと共に、カフェテラスには温かな香りが満ちていった。
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