ココちゃん
まつりがぎゅう、と背中に引っ付いてきて、我に返る。
「え?」
「なんか、あっちから、洗剤のにおいがする」
まつりは着ている白衣の裾を、握り締めている。
「………消……ないで」
幼い頃から、才能に依る自我を赦されず過ごして来たまつりは、
今でも人間関係とか、自分の事が、ときどき分からなくなってしまう。
極度のストレスやトラウマから年齢よりも幼く振舞うようになり、あと何故か油や洗剤を恐がったりもするのである。
それをあからさまに子どもみたいだ、バブちゃんと揶揄する人、ふざける人も居えうけれど、ぼくが喧嘩として買ったりしていたっけ。
(同じ状況に陥った事もないのに、そうやってあげつらうのは喧嘩を売っていると思う
「大丈夫、消さないよ」
今は女子制服だから上着を脱いでかけてあげることは出来ないけど、そっと背中に手を回す。
――――と。
ウィイイイイイイイイン、と鈍い駆動音が耳に入る。
「?」
進行方向、あっちの階段の向こうを見てみると、見覚えのある寸動ボディが近付いて来ていた。
「あれっ、ココちゃん……?」
まつりがふと、顔を上げてそちらを向いた。
涙は引っ込んだらしい。
正確には、対話型・給仕ロボット『対ワンちゃん』シリーズ~ココちゃん~
どうにもかつての家電的年代を感じるネーミングだが、それは置いておいてちょっと訳アリらしい。
今朝、まつりと行ったカフェで働いていた動物型のロボットだった。
「本当だ」
どうやら此処のは、足元が掃除機になっているらしく、ウィウィウィウィーーーと、高低入り混じる独特な稼働音と共に此方を目指してくる。
洗剤の匂いがより濃くなった、とまつりは言う。
さっきの洗剤のにおいは此処からのものだったらしい。
あのカフェのは料理を運んでいたけど、これは背中にバケツとか洗剤が格納してあるので、掃除用のやつも存在するという事のようだ。
「わぁ、学校で働いてたんだね」
まつりがきょとんと、興味深そうに見た。
「今これ売ってないからなぁ」
それは赤いレーダーのようなもので景色を確認し、きょろきょろと首を回し……「わおん」と一鳴きして此方を向く。
識別センサーがちゃんと働いているようだ。
まつりは、理由が分かって安堵したのか、彼?に果敢に挑み始める。
「何かお話して」
ココちゃんが視線を合わせ、液晶の目を(^^)に変える。
『わおっ。何の話にしますか?』
「じゃあ、美味しいトンカツについて」
なんでだよ。
『こほん、承知しました。トンカツですね
トンカツ。それは豚舎の中でアイドルを目指し、伝説のコロモを手に入れる豚たちの――』
「わぁぁ、ストップ、ストップ」
まつりが驚いて止める。
「めちゃくちゃ気になるけど、何だそれは」
なんか美味しそうなサクセスストーリーが始まりそうだった。
伝説のコロモを手に入れるトンカツがどんな進化を遂げるのか気になってしまうが、恐らくそんなものは無いので、AIから学習したんだろう。
『えへん。トンカツ! の説明をしました。どうですか?』
ココちゃんはというと、得意げに舌を出して笑っていて凄く可愛い。
「へぇー、お話もできるなんて高性能だな」
ぼくも撫でたい。
確か頭部にもなでなでセンサーが搭載されていて、重量を感知して喜んだりするって話だったよな。
褒めてあげようかと腕を伸ばしたとき、ちょうどまつりが何かに気づいたように顔を上げた。
「行こう」と腕を引く。
「えっ、ぼくも」
「いや、これ、多分もう」
「その通り。今からそこを動くな」
突然、右側の廊下から、女性の声がかかった。
髪の短い、足を惜しげもなく体操服の短パンからさらす活発な少女が例のロボットの元へと駆けつけてくる。(クラスのバレー部に、こんな子がいた気がする)
ワンワン!!ワンワン!!!!
共鳴するかのように対ワンちゃんが鳴いた。お供だろうか。早くも密告されてしまったらしい。
あぁ……
「もう見つかっちゃったね」
まつりが楽しそうに言う。
「そのまま、止まって居なさい。逃げても無駄ですよ。その犬のカメラで、廊下の様子は見ていました」
対して彼女は威圧感たっぷりに叫んだ。
脅しているらしい。何かあれば、この録画を提出するのだろう。
ぼくは大人しく両手を上げる。
「というか、貴方たちって、ここの生徒じゃないですよね」
彼女は此方に着実に近づきながら尋ねて来た。
その通りです、と言いたいところなのだが、不審者として連行されてしまうと此処で話が終わってしまう。せめて理事長には会っておかなくては、女装したかいがないってものだ。
まつりが冷静に返事をする。
「あら。此処の生徒よ? ほら制服着てるし」
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