第六章 弱者は黙って死ね ②

世論が盛り上がり、ALS支援法案が国会へ提出され、審議が開かれる少し前のこと。

それは、世の中に放たれた。

《ALS支援の美談の裏に潜む〝特権〟》という特集が組まれ、テレビで放送された。

「ALS患者支援の動きが活発になっていますが、一部の専門家からは 「他の難病患者と比べて特別扱いしすぎではないか?」との声も上がっています。果たして、税金の使い方として公平なのでしょうか?」

唐突に始まった、わたしへの非難であった。確かに世の中にはALS患者以外にも苦しんでいる人たちがいる。だが、先ずはわたしが患った病気を優先しているだけだ。もともとすべての難病や、医療的ケア児、強度行動障害者などの支援対策を考え、実現すると動画内でも伝えていたのに、何故なのだろうか。わたしをただ攻撃しようとする意図しか見えてこない。

それを機に、テレビ・新聞・SNSが一斉に「ALS支援は特権か?」という論調を次々に打ち出した。

「なぜALSだけ特別扱い?」「神薙財閥が政治的な影響力を狙っている?」と、根拠のない疑惑が広がる。

ユーチューブでは「神薙財閥の陰謀」「税金の無駄遣い」といったタイトルの動画が急増し、SNSでは「#ALSだけ特別扱い」がトレンド入り。

「ま、こうなるよね」

 神薙家にも迷惑を掛けてしまった謝罪として、わたしは詩織の家の食堂にお邪魔していた。身体を縮こませ、そっと二人の顔色を伺ったわたしに対し、予想していたかのように、葉月君があっけらかんと言う。

「え? 分かってたの?」

「まあね。だって、政治家の連中、朱莉が目障りだろうし。潰してやろうと思って、印象操作したんでしょ」

「最初は金を渡して導火線を付ければ、あとはなにもしなくても広がるものだろうからな。あっちも簡単だっただろう。人の不幸は蜜の味というし、不満の行き場が無くてストレスが溜まっていた連中が、与えられた餌に喰いつき、乗せられて朱莉を叩く」

「………」

 なんで、人は他者の苦しみを理解出来ないのだろうか。自分が一番苦しいと思い込み、自分より上に居る人間を簡単に傷つけたり、自分より下の人間がいて欲しいという思いから、人は弱っている人間を踏みつけて殺す。

「それが、人間というイキモノだ。愚かで、屑で、感情に支配されている。だが、感情がないと、誰かを愛することも出来ないだろう?」

ニヤリと、いたずらっ子のような笑みを浮かべて、詩織が言った。そうだ。人間っていうのは、どうにも不完全な生き物だと、両親からも学んでいたはずだ。

「恐らく朱莉の法案、今回はお蔵入りになるだろうが、どうする? お前はまだ戦いたいか? きっとこの先、病状だって悪化するだろうし、それに今まで以上に政治家の連中に狙われることになるぞ」

現在、ALS支援法案への国民の支持率が急落しており、神薙財閥のイメージも悪化し、企業活動にも影響していた。また、わたしへの誹謗中傷が増え、SNSでの活動も少し難しい状況だ。現状は最悪も最悪。

しかし。わたしはこんなところで立ち止まっていいのか?

明日にだって呼吸が止まり死ぬかもしれないのに?

──嫌だ。わたしは最後の瞬間まで輝いて、詩織の記憶にわたしという存在を刻み付けたいのだ!

「わたし、諦めないよ。でも、正攻法だけじゃ勝てない。こっちも情報戦で対抗する」

「たとえば?」

「フェイクニュースを流されたなら、事実を可視化する。

政治家の不正を暴くなら、証拠を突きつける。

世論を操るなら、感情に訴える──今までやられた手口を、逆に利用するんだ」

「……そうか。なら、私も手を貸そう」

西日が眩しいのか目を細め、わたしの頭に手を乗せながら詩織は言った。

詩織の予想通り、ALS支援法案は 「国民の理解を得るには時間が必要」 という理由で、審議棚上げに追い込まれた。

だが、「ALS支援は富裕層の贅沢」キャンペーンに対抗するため、詩織と葉月君の力を借り、わたしは世論戦を開始した。

わたしは個人的なエピソードを発信した。ALS患者としての実情を、同じALS患者と共にSNSでリアルタイム発信をし、「ALS支援は富裕層のためなんかではなく、すべての人のため」 というメッセージを強調し、再度の支援を呼びかける動画を幾つも投稿し続ける。勿論アンチコメントが大量に付いたが、徐々に、減っていった。

同時に、神薙財閥の「利益目的ではない」ことを証明するため、神薙財閥がALS支援を「無償で資金提供」することを発表した。また元来は、IT技術講座を受けたものは、神薙財閥の子会社に就職する決まりがあったが、それも無くなり、無償で支援や教育を受けた後は、どの会社に勤めても良いという様に緩和をしたのだ。

その上で、他の難病患者支援にも投資することを宣言し、「ALSだけではない」と公式から発表した。

そして葉月君が、ある政治家が朱莉の根も葉もない噂を流すよう、メディア関係者に金で脅した音声証拠をどこからか入手してきた。あの時は詩織も引いていた。政治家は証拠を残さないプロなのに、葉月君はどこからそれを手に入れたのだろうか。天才の思考は読もうとしても読めない。

それを発信すると、瞬く間に世論が塗り替えられ、人間の単純さ、愚かさに辟易としてきたが、結果的にALS支援法案への支持率は回復していった。

だが、政府からの攻撃は、これだけには留まらなかった。

「楠朱莉は過去に〝問題行動〟を起こしていた」「支援金を私的に流用していた」などの疑惑が、匿名の「内部関係者」の証言として報道されたのだった。

再度、新聞や週刊誌では「ALS支援の裏に〝黒い影〟! 楠氏、財団の金を私的流用か?」「ALS患者の美談の裏側──寄付金はどこに消えたのか?」などと取り上げられ、ワイドショーでも、好き勝手報道された。

SNSでは次は、「#楠朱莉の嘘」がトレンド入りする。

「支援金で高級ホテルに泊まってたってマジ?」

「美談に酔ってたけど、やっぱり金持ちの道楽だったんだな」

などとわたしに対する誹謗中傷が一気に激化した。

……それだけならまだ良かった。狙われているのがわたし自身だけだったら、どうせもうすぐ死ぬ命だ。なにも惜しくない。

だが世間では神薙財閥の関与を疑う声が増え、財界にも影響が及ぶ事態となってしまった。

そして遂に、成人式にしていく髪型を決め、同窓会に着ていくドレスを考える季節、それは起こった。

与党の一部議員が「ALS支援は重要だが、特定の財閥が介入しすぎるのは問題ではないか」と発言。さらに「社会全体の公平性を考えた支援のあり方を再検討すべき」として、神薙財閥の関与に対する慎重な検討を求めた。

頭が真っ白になった。……わたしのせいだ。

わたしのせいで、詩織と──詩織が築き上げて来た、神薙財閥が責められている。

「やっぱり金持ちが好き勝手やってるだけだったな」「神薙財閥が介入しすぎるのは確かに問題。特定の病気だけ優遇されるのはおかしい」「財閥の金儲けの道具にされるくらいなら、国の公平な福祉政策のもとでやるべき」「このままだと神薙財閥が政治に口出しできるようになる。財閥が政治を操るのはダメだろ」

ALS支援法案が正式に審議停止になり、神薙財閥の株価急落。スポンサー企業が神薙財閥との取引を見直し始める事態にまで急転落した。

そしてそれは、自分たちの都合の悪いことはすべて排除しようとする政治家と、政治家の思惑に簡単に乗ってしまう、馬鹿な一般市民と。

そして、すべてを捨てる覚悟も無く政治の世界に足を踏み込んだ、わたしの所為であった。


テレビカメラの赤いランプが、わたしの瞳に映り込む。

照明の熱が肌にまとわりつくが、それ以上に、内側に燃える怒りの熱が強い。

会場には厚生労働省の官僚たち、ALS支援法案を妨害する議員たちが並び、報道陣がびっしりと埋め尽くしていた。

彼らの表情は一様に冷たい。

「本日は、お集まりいただきありがとうございます」

詩織の真似をして静かに、だがはっきりとした声で語り始める。

「まず、最初に申し上げます。わたしは、一円たりとも支援金を私的に流用していません。事実無根の報道に惑わされないでください」

カメラのシャッター音が鳴り響く。

「また、〝ALS支援は富裕層の贅沢〟という報道がありましたが、それは完全な印象操作です」

壇上に座る政治家の何人かが、わずかに表情を歪めた。

「支援を行うことで企業や財閥のイメージが良くなる、それを〝富裕層の贅沢〟と呼ぶなら。では問います。──この国では、病気になったら〝死ね〟というのですか?」

「ALS患者だけじゃない。他の難病患者も、障害を持つ人も、支援を求めています。

それなのに、助けようとしたら〝富裕層の贅沢〟ですか?

ならば──この国の本音は、こういうことですね。

──「弱者は黙って死ね」、と」

わたしの静かな言葉に、会場が凍りついた。

カメラのフラッシュが、一瞬だけ途切れる。

「そう言いたいんですか? だったら、はっきり言えば良い」

議員たちがザワついた。

官僚の一人が咳払いをし、険しい顔で腕を組む。

「ですが、神薙財閥がALS支援に資金提供をしているのは、事実ですよね?」

記者がすかさず切り込んできた。このハイエナが。

「これは、財閥が政治的な影響力を持とうとしているのでは?」

わたしは、質問を投げかけた記者をまっすぐに見据えた。

「なぜ、支援をしたら〝政治的な影響力を持とうとしている〟ことになるんですか?」

記者は一瞬、口ごもる。

「神薙財閥は、ALS支援だけでなく、教育、医療、災害支援にも尽力してきました。それらすべてが〝影響力を持つため〟の偽善だと?」

「……それは」

「支援が悪だというのなら、あなたたちはなにをしているんですか?」

記者は沈黙する。

「そもそも、国が適切な支援を行っていれば、民間の支援なんて必要ありませんよね?」

議員たちの表情がさらに険しくなる。

「政治がやるべきことをやらず、助けようとした民間を〝私利私欲〟と叩く──その構図こそ、この国の〝腐敗〟の証明では?」

静寂。

「国がやるべき仕事をしていないから、神薙財閥をはじめとする民間が動いている。その現実を認めたくないから、〝富裕層の贅沢〟という言葉で、支援そのものを貶めるんですか?」

目の前の政治家たちが、無言の圧を放つ。

その圧力を振り払うように、わたしは最後にもう一度、はっきりと告げる。

「わたしは、ALS支援法案を実現させます。この国が、患者たちを見捨てる国なのかどうか、それを決めるのは、ここにいるあなたたちです」

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