第6話 朝のおしゃべり・2


 ソファーの隣では、スティアンとクレールがぺちゃくちゃ喋っていたが、マサヒデは黙り込んでしまった。


「あの時は楽しかったですよね! マサヒデ様!」


 マサヒデがにっこり笑って頷く。


「ええ。全くです」


「あははは!」


 笑いながらも、心では別の事を考えていた。


(やはり駄目だ。いかん。最初は喋れていたではないか)


 『達人探訪録』という本に載っていた、ヤナギ車道流の教えを思い出す。

 (達人探訪録:※勇者祭59章参照)


 これは車道流でいう剣の3大病というやつだ。

 怖がる。攻めたい。守りたい。

 今は完全に怖がる病と守りたい病にかかっている。


(一(いつ)の心・・・中庸の心・・・)


 笑顔で頷きながら、禅僧のように自分に言い聞かせていると、クレールが大きな声を上げて、びくっと顔を階段に向けた。


「ハワード様ー!」


 クレールがぶんぶん手を振ると、アルマダが爽やかな笑顔で歩いて来る。


「これはスティアン伯爵。クレール様。おはようございます」


 アルマダが胸に手を当てて綺麗に頭を下げると、スティアンがにっこり笑って、


「おはよう、ハワード様。私達と朝の楽しい一時を過ごさない?」


「勿論です」


 スティアンが向こうを指差し、マサヒデ達がそちらを見ると、ふわふわとソファーが浮いて、ゆっくりと飛んでくる。


「・・・」「・・・」「・・・」


 驚いていると、テーブルの右にソファーがふわりと置かれた。スティアンが手を差し出し、


「さ、ハワード様。どうぞ」


「・・・失礼します」


 クレールが目を輝かせ、


「凄い! 今のは風の魔術ではないですね!? 初めて見ました!」


「ふふーん。私の独自の魔術よ! ほら!」


「お、おおっ!?」


 ふわふわとクレールが浮いていく。

 最初だけ、ばたばた手を動かしたが、すぐに拍手をして、


「あ、凄いです! ん、んん・・・こういう感じで魔力が・・・」


 クレールがゆるゆると手を動かすと、スティアンが驚いた顔をして、


「え!? もう分かってしまったの? 流石にレイシクランは違うわね・・・」


 ふわあ・・・ぽすん。


「ほっと!」


「出来そう? やってみて頂ける?」


 クレールが気不味い笑顔を浮かべ、


「いやー、ちょっとすぐには無理です・・・50年下されば、少しは・・・」


「50年でいけるの!? ううん・・・」


 スティアンが唸りながら、ワゴンの上の山盛りのサンドイッチを取り、


「さ、ハワード様もこちらを好きにお食べになって。また追加するわ」


「ふふ。では頂きます」


 アルマダが立ち上がり、ワゴンからサンドイッチを取って、ソファーに戻り、


「いや、凄いものを見せて頂きました。流石スティアン伯爵、驚きました」


「軽いものよ! ねえ、ハワード様も何かお話して頂ける? オリネオの話を聞いていたけど、面白い話ばかりだわ」


「ふむ」


 アルマダはサンドイッチを運んでいた手を止めて、少し首を傾げ、


「まあ、誰かの恥というのは面白いものですが」


 くす、とスティアンが笑い、


「そうよね。さっきもトミヤスがレイシクラン様の楽しいお話を聞かせてくれたわ」


「おやおや。マサヒデさん、何を話したんです。もしかして、クレール様を口説いた時の話ですか」


「まさか!」


 ふ、とアルマダが笑い、


「どうしましょうか。ではイザベ」


 ずだだ! とイザベルが走って来て、アルマダの後ろに立つ。

 マサヒデもクレールも目を丸くしたが、スティアンはにっこり笑い、


「あら。ファッテンベルク様。おはよう」


「はーっ、ふーっ、おはようございます・・・」


「ふふ。今、あなたのお話を聞こうかと思ってたのよ」


 こほん、とイザベルが小さく咳払いして、


「私にはつまらぬ事しかございませぬ」


 スティアンが懐かしげな目で頷き、


「どんな平凡な人生も、傍から見ると面白いのよ。それにしても・・・」


 じろじろとスティアンがイザベルの顔を覗き込む。


「やっぱり、あなた、エリザベータに似てる。懐かしい気にさせるわね」


 エリザベータ。ファッテンベルクの一族であるが、何らかの理由で魔の国を出た者だ。島流しで人族の国に送られたか、逃亡したのか、記録はない。

 そして、このロストエンジェル冒険者ギルドの初代ギルド長でもある。

 ファッテンベルクは分家していくつかあるが、どの家の者かは不明。

 家系図にも残っておらず、軍の記録にも残っていなかった。


「髪を短くしたらそっくりね。もう少し歳を重ねたら、良い女になると思うわ」


「恐縮であります」


「お固い所もそっくり! ねえ、手を見せて頂戴」


「は」


 イザベルがスティアンの前に回り、手を差し出すと、スティアンはしげしげとイザベルの手を見て、


「やっぱり。エリザベータもそっくりの手だったわ」


 言いながら、イザベルの手を取り、そっと手を重ね、


「見た目は細いのに、手の平は厚いの・・・ずっと剣を握っていた手」


「・・・」


 スティアンが手を離し、横を向いてそっと目尻を払う。


「ありがとう。もう良いわ」


「は」


 礼をして、マサヒデの横に立つ。

 クレールがハンカチを出して、潤んだ目に当てている。


「トミヤスとの生活はどうかしら。楽しい?」


「はい」


「そう。私はエリザベータに主と認められる事はなかったの。ただの上司で、友人で終わった。主を見つけられる者は少ないわ。あなた、幸せよ」


「私も常々そう感じております」


 うんうん、とスティアンが頷く。


「でも、主ではなく、友人であったのも、幸せだったなって思うの」


「は」


「イザベルと呼んで良いかしら」


「は」


「さ、イザベル。立ちん坊は終わりよ。あなたもそのワゴンから取って、座って、好きなだけ食べて。古い友人と一緒にいる気分。ワインも出したい所だけど、まだ朝だものね」


「それでは、失礼致します」


 イザベルが皿にどかどかとサンドイッチやらフルーツやらを載せ、アルマダの隣に座る。

 スティアンがにっこり笑ってアルマダの方を向き、


「ハワード様。イザベルの話が聞きたいわ」


「ははは!」


 イザベルが口の中の物を慌てて飲み込み、


「スティアン様!?」


「うふふ。さ、ハワード様」


 アルマダがにやにやしながら、イザベルをちらりと見てコーヒーカップを取り、


「あれは、イザベル様がマサヒデさんの所に来たばかりの頃で・・・」


「ハワード様!? おやめ下さいませ!」



----------



 次のワゴンが運ばれて来た時、カオルがすっとマサヒデの後ろに立った。

 マサヒデは後ろを向かず、


「お、カオルさん。おはようございます」


「は。おはようございます」


「わあっ!?」「ひっ!?」


 クレールとスティアンが驚いて声を上げる。


「クレールさん、何を驚いてるんです。ずっと前から居たじゃないですか。さっきの鉄砲持った人達が来た時、ソファーの後ろに居ましたよ」


「気付きませんよ!」


「かっ、影の薄い子ね・・・」


 スティアンがどきどきしながら、後ろのカオルを見る。


「・・・申し訳ございません」


 影が薄いとは・・・忍であるカオルには、悪い事ではないのだが、響きは何とも。

 マサヒデは気にせず、


「私の内弟子のカオル=サダマキです」


「ああ。あなたが。昨日いたわね」


 カオルが頭を下げ、


「は。カオル=サダマキと申します」


「ふうん・・・」


 じろじろ・・・スティアンがカオルを胡散臭げに見る。


「・・・」


 カオルは頭を下げたまま、スティアンの視線を浴び続ける。


「あなたから見て、灰蘭はどう?」


「・・・」


「忖度のない意見を聞きたいわ」


「それなりです」


 スティアンは無表情のまま。


「無難な意見ね。面白くない」


「・・・」


「まあ良いわ。許してあげる。あなたも座って頂戴」


「は」


 カオルがイザベルの隣に座ると、スティアンがマサヒデを小突き、


「あの子の失敗談を聞きたいわ」


「ええ? カオルさんのですか? ううむ・・・何かあったかな・・・ちょっと待って下さい」


 マサヒデが腕を組むと、クレールがくすっと笑う。一瞬だけ、カップに伸びていたカオルの手が止まった。

 ふ、とマサヒデも小さく笑い、


「ああ、そうでした。最初の頃に大失敗しましたよね。クレールさんと初めて食事をした時」


「ふ」


 アルマダも小さく笑う。

 スティアンがにやにや笑いながら、カップを口に運ぶカオルを見て、


「へえ・・・どんな?」


「場所に下見に行って、大丈夫! 侵入経路もばっちりです! って言ってて、いざクレールさんと食事に行ったら、レイシクランの方々に囲まれたんですよね。それで、見てるだけではあまりに可愛そうだって、食事まで差し入れてもらったんですよ」


「あらあら。腕利きの忍もそんな失敗をするのね。うふふ」


「馬車に戻ったら、結び文。何かあったか! って緊張しましたけど、開いてみたら、弁当はいりません! だなんて! ははは!」


 カオルは無表情のまま、つ、とコーヒーをすすった。

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