第2話

 魔王アデルとの話が終わって、私はまた目が覚めた時の部屋に戻ってきた。部屋にいるのは私だけじゃなく、魔王アデルも目の前のソファにゆったりと座って紅茶を優雅に飲んでいる。


「あの、魔王アデル、いえ、アデル様?とお呼びした方がいいのでしょうか。どうして私を魔王軍の一員に?」


 とりあえず一員にさせられたのなら、魔王には様を付けた方がいいのかなと思って聞いてみる。それに、なぜ突然魔王軍の一員にされたのかさっぱりわからない。疑問を投げかけると、アデルはティーカップを静かに机に置いて私をジッと見つめた。


「アデルでいい。敬語もいらない」

「えっ、いやでも」


 他の幹部の方々に絶対怒られそうな気がする。


「大丈夫だ、ユーデリックたちにはちゃんと言っておくから気にするな」


 うわっ、なんで思ってることわかったんだろう?顔に出てるのかな?


「なんでわかったんだろう?顔に出てるのかな、って顔に書いてあるぞ」


 くくく、と笑いをこらえながらアデルが言う。うわぁ、正解みたい!恥ずかしい!


「なぜ魔王軍の一員にしたかだったな。特に理由はない。気分だ」


 気分、ですか。なるほど、ってなるほどじゃないけれど。でもこの魔王ならあり得そう。


「お前、王国軍として戦っていた時、わざと魔獣たちの急所を外したり、あまり重症にならないようにしていただろう。どちらの被害も最小限になるように図っていたこともわかっている。どうしてそんなことをした?」


 アデルは心の中を覗き込むかのように、私の瞳をジッと見つめてくる。また、光に当たってキラキラした瞳に吸い込まれそうだ。って、今はちゃんと質問に答えなきゃ。


「それは……私は本当は戦いたくない。できることなら、戦わないで平穏に、お互いが干渉しないで暮らせたらそれでいいと思うのだけれど、でも王はそれを望まないから。だからいつも、せめて被害が最小限になるようにと思って戦っていたの」


 魔王軍は王国を侵略してくるわけではない。むしろ、王国が魔王城を侵略しようとして攻撃を仕掛けていた。私はそれがどうしても納得いかなくて何度も王を説得しようとしたけれど、駄目だった。異世界人の新しい聖女はどうやら交戦的らしく、王とも気が合ってたみたいだ。


「なるほどな。平和主義者な聖女様は新しい聖女様が来たことで不要になったと、そういうことか」


 アデルは顎に手を添えて静かにテーブルを見つめている。なんとも絵になる姿だわ。ずっと見ていてもきっと見飽きないと思う。そう思っていたら、ふとアデルがこちらを見て静かに微笑んだ。って、すごい破壊力!どうしよう、心臓がもっていかれそうになる!まさか、これが魔王の力!?


「どうしたんだ?顔が赤いぞ」

「あ、あまりにあなたの破壊力がすごくて、心臓が止まりそうなの。もしかして、あなたの力ってそういうものなの?見たものの目を奪って心臓を持って行ってしまうような力?」


 胸を抑えてそう言うと、アデルは両目を見開いてから楽しそうに笑い出した。え、何かそんなに面白いことを言ったかしら?


「くくく、ははは、っはぁ、お前は本当に面白いな」


 そう言ってアデルは立ち上がって私の隣に座った。ち、近い!


「そういえば、お前を拾ってきてからメイドに魔法で一通り傷の手当てと汚れを取ってもらったが、人間は風呂に入るのだろう?湯を沸かせておいたから入るといい。せっかくの美しい金色の髪も手入れをしないと台無しだ」


 そう言って私の髪の毛を手に取っていじっている。そして、何かに気づいたように私を見た。なんだろう、すごく嫌な予感がする。


「そうだ、一緒に入って体をすみずみまでくまなく洗ってやろうか?」


 にやり、と微笑むその顔は妖艶という言葉がぴったりで、私の心臓はまた跳ね上がる。やだ、無理。この魔王本当に無理すぎる。そんなこと冗談でも言うのやめてほしい。


「お断りします!」

「なんだ、そうか。ふっ、ふふふ」


 大声で断ると、アデルは心底残念そうな顔で言った後、笑いをこらえていた。絶対に私をからかって喜んでいる!ここにいる限り、アデルにからかわれ続けるんだろうか。先が思いやられるわ……。





 魔王アデルに拾われてから数日後。私は今、会議室の長い机を目の前にして座っている。席にはそれぞれ魔王軍幹部の皆様が座っていて、上座にアデルが座っていた。私は末端の人間のはずなのに、なぜかアデルのすぐ近くの席にいる。目の前にはユーデリックさんが真顔で座っていた。なんだろう、圧がすごい。


「忙しい中集まってくれて感謝する。今回はこの元聖女が幹部の一員になったことを知らせるために集まってもらった」


 え?幹部の一員?すみません、そんなこと一言も聞いていませんけど?慌てて助けを求めるようにユーデリックさんを見ると、チラリと一瞥だけされて終わった。嘘、やだ、無視しないでほしい!


 会議室内がざわつく。それもそうでしょう、ついこの間まで敵対していた王国の聖女が、突然魔王軍の一員、しかも幹部になるなんて。魔王アデル、どうかしてるわ!


「皆も知っているとおり、この元聖女エアエリスは王国から追放された。異世界から来た人間が聖女というポジションを乗っ取り、今はこちらに積極的に攻撃を仕掛けてきている。このエアリスが聖女だったころは戦をなるべく回避し、お互い被害が最小限になるように戦ってくれていたが、今の聖女は違う。そんな王国軍に対応するためにも、元聖女であるエアリスの協力が必要だ」


 ざわついていた会議室が一斉に静かになった。さすがは魔王、その言葉は絶対だ。誰も意を唱えようとするものはいない。すごいな、二人で話をしていた頃の雰囲気とは全く違う。魔王としての威厳がすさまじい。


「ひとつ、お聞きしたいことがあります」

「なんだ、ユーデリック」


 でた、魔王幹部の第一位にしてアデルの右腕とも言われているユーデリックさん。アデルに何か言えるとしたらこの人しかいないだろう。


「この元聖女が寝返らないという保証がありません。アデル様はどのようにお考えでしょうか」


 いや、寝返ったりしませんけど!?あんな、新しい聖女が来たからって簡単に聖女だった人間を魔王の領内の森にポイ捨てするような王国になんて二度と戻りたくありませんけど!


「大丈夫だ。この女の心臓は俺が掌握している」


 アデルの言葉に、他の幹部たちはおお!さすがはアデル様!と感嘆の声を上げている。だけど、私を見たアデルはにやりと笑った。あ、これ、たぶん幹部の皆様が思っていることと違うことだ。この間の心臓がもっていかれそう発言のこと言ってるんだ。そう思ったら急に顔が赤くなってくる。どうしよう、なんだか恥ずかしい!


 ふと目の前のユーデリックさんと目が合う。きっと顔が真っ赤になっているんだろう、私の顔を見て眉をしかめてからアデルを見て、静かにため息をついた。たぶん、なんとなくわかってそうな気がして余計に恥ずかしい!


「……わかりました。それなら問題ないでしょう」


 いえ、問題ありすぎだと思いますよユーデリックさん!


「それではエアリス。幹部になった決意表明を」


 はい?決意表明?私、別になりたくてなったわけではないのですが……?アデルに視線を送ると、笑いをこらえているのがわかる。ひどい、絶対に楽しんでる!会議室内を見渡すと、幹部の皆様が私を一斉に見ている。どうしよう、何か言わないとこの会議、終わらなそうだ。


「えっと、不束者ですが、拾っていただいた御恩に報いることができるよう、精一杯頑張ります」


 立ち上がってお辞儀をすると、どこからともなく拍手が聞こえてくる。え、幹部の皆様、以外にお優しい?


 ほっとして席に座ると、アデルと目が合う。するとアデルは満足そうに微笑んだ。うっ、何ですかその優しそうな微笑みは!調子が狂いそうになる……。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る