第6話 家族を救う
俺はママと一緒に買い出しに、駅前にあるショッピングセンター《かいば》に向かう。
ちなみにライトはミリヤとデート。
レイナは習い事。パパは仕事である。
ママがかいばで鞄を見て回っていると、焦げ臭い匂いが充満してくる。
「なんだ?」
二酸化炭素センサーと嗅覚センサーなどの様々なセンサーが危険を示している。
「火事だ!」
誰かがそう叫ぶと、俺は周囲に視線を巡らせる。
ママを安全なところまで逃がさなければならない。
その使命感を覚え、風の流れをセンサーで読み取る。
煙りの方向から火事現場を見つける。
五階建てのテナントで、その三階に位置する飲食店からもくもくと黒煙が上がっている。
「ママ、こっちに逃げよう」
「助けてくれー」
聴覚センサーに彼の声がヒットする。
「ライト!?」
俺は双眸を三階の飲食店に向ける。
そこには窓から逃げようとするライトの顔が見える。
ママが離れたことを見届けると、俺は火事場に向かっていく。
「ライト、あと何人?」
「おれだけだ!」
「ミリヤは?」
恋人とデートしているのだから、当然近くにいるはずだ。
そんな思考でいたが、面食らった。
一階で携帯端末片手にライトの動画を撮っているミリヤがいた。
「超ウケる……!」
ゲラゲラと下卑た声を上げている。
恋人に向ける言葉でも、トーンでもない。
どうなっている。
いや、今はライトを助けることに集中せねば。
火力が高いようで、ごうごうと燃え広がっている。
酸素と結合していく有機物。
金属の溶ける匂い。
急がないとマズい。
とはいえ、近くに消防車や救急車はない。
それどころか、アンドロイドもいない。
「今行く!」
俺はそのコードネームに与えられたシステム。
ケイトだけが持つ毛糸のような糸を使った防衛・救護システム。
俺はリミッターを限定解除し、糸を腕から発射する。
その糸が三階のベランダにぶつかり、からめる。
これで救出できる――。
だが、そうはいかない。
化学繊維が熱により変形してしまったのだ。
グズグズと溶け出し、地面に落ちる。
「なに!? もう一度だ」
俺は諦めることなく、再び糸を発射する。
くそ。せっかく家族になれたのに!
俺はここでまた命を失うのか。
それだけは絶対にダメだ。
「諦めるものか!」
糸を射出すると、二階部分に絡める。
「降りろ! ライト!!」
声が聞こえない。
ベランダでぐったりしている様子が見える。
マズい。
一酸化炭素中毒にでもなっているかもしれない。
「アイシクル・キャノン!!」
レイナの声が後ろから響く。
手のひらから発射された冷気が炎の勢いをとどめる。
「レイナ!」
俺は後ろのレイナを抱き寄せる。
「へっ!? こんなときに、なに?」
「俺の糸を凍らせてくれ!」
顔を赤くしていたレイナが急に冷静になる。
「分かったわ」
糸を射出、その糸をレイナが凍らせる。
絶対零度の糸が炎を突っ切り、ベランダに突き刺さる。
氷が溶ける前に何度も糸を射出する。
化学繊維は溶けない。これならいける。
俺は十回ほど繰り返すと、網目状になった糸を歩こうと前に踏み出す。
「待って。ケイト」
レイナが俺の腕をとる。
「あなたの体重では糸が途切れる可能性がある。わたしに行かせて」
「でも、危険だよ?」
一酸化炭素、二酸化炭素、その他の有害物質が蔓延しているだろう。
そこに人であるレイナが行くのは機械である俺は認めることができない。
「俺がいく」
「何言っているの!? わたしの方が軽いし、冷気で身体を守れる」
「それなら、俺の方が怪我をしても大丈夫だ。それに有害物質は取り込まない」
俺は頑なにうなずくことはできない。
「同じ事よ。あなたも充分に危険なの!」
「そんなことない。俺はロボットだ」
悲しそうに唇を噛むレイナ。
「……命令よ。ケイト。AN-20090タイプ。パスコードKEITO。命令を承諾しなさい」
俺の中に何か嫌なものが入ってくる。
これは、なんだ……?
システムが全てシャットダウンする。
「命令を、どうぞ」
「わたしに行かせなさい」
「分かりました。待機します」
レイナの言葉を否定できない俺がいる。
制御プログラムと自己思考プログラムがぶつかり合う。
俺は……レイナを危険にさらしたくない。
レイナは冷気で冷やしながら網目状の糸の上を歩き出す。
「ここで待っていてね」
「はい」
俺は言われたまま、待機する。
違う。
こんなはずじゃない。
俺は……!
レイナは三階のベランダにたどりつくと、ライトの重い身体を持ち上げようとする。
が、ライトが男の子ということもあり、女の子のライトで重いらしい。
四苦八苦している。
しばらくすると、ふらふらしだすレイナ。
命令は絶対だ。
それも管理者権限での命令。
それはアンドロイドAIに搭載された最後のセーフティーネット。
暴走しないようシステムの根幹に埋め込まれた命令系統。
否定することはできない。
アンドロイドAIには。
ライトの言う人にはなれなかったということだ。
違う。
違う!
俺は人だ。
人間だ。
ホモサピエンスだ。
行け。行くんだ。俺!
ギギギと関節が音を奏でる。
俺は前に踏み出した。
糸の上を走り、ライトとレイナの前に行く。
「大丈夫か!?」
ライトは意識がない。
だが、レイナには意識がある。
「……どうして? システムは?」
「俺は人間だからな!」
「本当。ライトの言う通りね」
俺は二人を抱きかかえると、再度糸を伝って降りる。
下にはママが呼んでくれた救急車が見える。
後ろで放水が開始される。
「うそ。錆のクセに」
ミリヤの声が聞こえる。
どういう意味かは分からないが、憤怒が混じった否定的な声音だった。
ライトとレイナを救急車に乗せて見送ると、俺はミリヤに向かっていく。
「な、何よ?」
うろたえた様子でじりじりと下がっていくミリヤ。
「お前。なにをした?」
「……何。鉄臭いあなたたちは産業廃棄物よ。なんで機械をライトは庇ったのよ。あいつが全部悪いんだからね!」
「違う。ライトはちゃんと機械と向き合っていた。でもミリヤはどうだ?」
自分でも驚くほど低い音がでる。
「何よ。人間のふりをした鉄のクセに!」
ナイフをポケットから取り出し、俺に斬りかかってくる。
アンドロイドの反応速度を理解していないようだ。
俺は即座にかわし、ナイフを蹴り飛ばす。
「何よ。なによ。ナニヨ!! あんたらがあたしの父を、母を奪ったクセに!!」
「奪った……?」
俺は怪訝な顔をする。
「そうよ! あのとき、クローゼットの中から見ていたんだから!! あんたたちアンドロイドが拳銃で――」
先のアンドロイド戦争に巻き込まれた可哀想な人。
それがミリヤのような人を生み出す。
アンドロイド差別は、人の善意から始まったのかもしれない。
機械に頼った人類はやがて衰退する、と。
でも争うことで、対立することで、こんな悲しみが広がっていく。
善意であったはずの言葉は、別の誰かを傷つける。
そうして互いが互いを傷つけ合うしかなくなる。
そんなのはごめんだ。
間違っている。
「ミリヤは差別を止めるべきだ」
「それこそ、機械の言うことね。やっぱりあんたは嫌い」
「好き嫌いの問題じゃない。あなたは間違っている」
俺は握手のために手を差しのばす。
「ふざけないで! 機械のあんたが命令するな!!」
全力で否定するミリヤ。
ギギギ。
何かが軋む音がする。
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