三十年越しの盆送り

ヨモツヒラサカch【#76死者の棲む村】

【#76死者の棲む村】202✕年7月12日配信


※以下、動画の一部書き起こし。

 画面にはカズヤとタクミの二人が映っている。

「ヨモツヒラサカchのカズヤと」

「タクミです」

「タクミさん、今回は久しぶりの遠征です」

「遠かったねえ」

「今までで一番遠かったですね。流石に今回はね、奮発して新幹線で」

「いや車は無理でしょ」

「流石にね。ええ、今回は、青森。青森まで行って参りました」

「はい」

「しかもね、タクミさんの大好きな──」

「廃村ね」

「食い気味で来ましたね。そう、青森、某所にね。何人もの幽霊が彷徨う廃村があるという噂を聞きつけまして」

「僕さ、今回行くってなってから初めて知った場所なんだけど、有名な心霊スポットなの?」

「いや、そこまで有名じゃないですね」

「知る人ぞ知る、的な?」

「見る人が見たらわかると思います」

「なるほど」

「そこには本当にたくさんの霊がね、いるって話なので。是非ね、カメラに納めたいと思っています」

「ついに?」

「もうね、最終回くらいのつもりでね」

「いやいやいや」

「でもそれくらいの気持ちじゃないと。今回、予算かかってるんで。撮れ高なしは困るんで」

「確かに」

「それでは、行ってきます」

「はい」


 クラシック音楽が流れ始め、チャンネルのオープニング動画が流れる。そして暗転した画面にテロップが映される。【ヨモツヒラサカch】音楽がノイズに変わる【死者の棲む村】


 画面が切り替わり、真っ暗な獣道が映される。ガサガサという物音と、ハアハアと激しい息遣いが聞こえる。


「ほんとにこの道であってる?」

「いてっ。あー。いやわっかんないな……GPSが正しければ、あってるはず……」

「虫が……うわっ……いやー、キツいな……」

「ちょっと不安になっちゃうなあ……」

「あっ、ねえ、あれ。何か屋根じゃない?」

「どこどこどこ? あっ、あれ? あの、あれ?」

「そうそうそう。ほら、あれ」


 揺れの激しい画面に、ちらりと建物の屋根らしきものが映る。

 画面が切り替わり、カズヤとタクミ、二人の顔が映される。


「ええっと。無事、到着しました」

「過去一だったね。道のりの険しさは」

「そうですね……ちょっと今から帰りが心配ですけど……。ええっと、今僕らが立っているのが、多分、村の端っこにあたるのかと思われます」


 カメラが回転し、周囲が映される。雑草や木々に侵食され、半ば自然に還りかけた建物達が、闇の中にちらほらと顔を覗かせている。


「どうする? とりあえず手前の建物から順番に見てく?」

「そうだね。適宜写真も撮って。何か写れば良いね」

「あ、あとね、タクミさん。この村、集落の何処かに、小さな祠があるらしいんですよ」

「祠」

「それも出来れば見つけたいな、と」

「この感じだと……朽ちちゃってる可能性も高そうだね」

「ですね……とりあえず、そこから見ていきましょう」


 画面が切り替わり、朽ちかけた家屋が映される。簡素な造りのこぢんまりとした一軒家で、トタン張りの屋根は半分が屋内へと崩れ落ちている。そのせいで、一室しかない屋内は枯れ葉や土に埋もれてしまっている。


「うわー、ひどいな」

「何かちょっと……腐敗臭みたいのもするね」

「うーん、何が腐ってるのか、あんまり考えたくないですけど……」

「とりあえず写真撮っておこうか」


 屋内を映した写真が数枚、画面に映される。


「中に入って調べますか?」

「いや、これ床腐ってるから、入るのはやめといた方が良いな」

「ですね……うわっ、ほんとに……臭いな……何の臭いだろう……」


 画面が切り替わり、別の家屋が映される。この建物も同様に朽ちており、屋内と外の区別がほとんどなくなっている。


「タクミさん……何か、めちゃくちゃ気配感じません?」

「うん、うん。すごいよね。ヤバい。何か……囲まれてる?」


 時折、風に揺られた木々のざわめきと、その合間に風のものとも動物のものともつかない奇妙な音が聞こえてくる。


「ここ、建物っていくつくらいあるのかな?」

「いや、ごめんなさい。はっきりとは……一応調べた限りは、最盛期でも十世帯かそこらしかなかったみたいなんで、あってもそれくらいだと思う」

「あー、でも、ほらあれ見て。あれって多分、基礎? 基礎っていうか柱の跡かなんかだよね?」


 カメラが動き、タクミが指さす先を映す。そこには落ち葉に隠れてはいるが、人工的に敷かれた石のようなものが見える。


「けっこう朽ち果てちゃってる建物も多そうですね」

「そうだね。とりあえずバシバシ写真撮ってこうか」


 画面には次々に村の中を撮った写真が映される。


「なんか、思ってたより、何にも残ってないですね」

「そうだね。家具とかもほとんど……うーん、残ってないよね」

「まあちゃんと持って引っ越したのか……それとも朽ちたのか、盗まれたのか……」

「廃村になって何年くらいなの?」

「たぶん30年くらいですかね」

「30年……それくらいあれば……そっかあ。こんなに朽ちちゃうものなのかなあ」

「……でも30年前っていうとかなり昔な気がしますけど、90年代、1990年代ですよね。もうちょっと何か、残ってても良い気がする」

「うーん、そうね……まあ確かに、今まで行ったことのある廃村の中では、一番何にも残ってないかもね」

「ですよね。何か、逆に不気味……」


 画面にはナイトショットで周囲の様子が映される。落ち葉や木々に埋もれ半壊した家屋が疎らに見えるが、当時の生活をうかがえるような物は何も見えない。

 二人は暗闇の中、探索を続ける。その時、何処からか「アアアー!」という、人とも獣ともつかない声が遠くから聞こえてきた。画面には驚いて身を竦める二人の姿と、周囲を映した映像が交互に映された。


「今の聞こえました?」

「聞こえた聞こえた」

「しっ……まだ聞こえる……」

「何だろう、動物?」

「人っぽい感じもしましたけど……いや、どっちにしても怖いな」

「ライトのバッテリーも少なくなってきたし、そろそろ切り上げる?」

「そうですね……あっ」


 カズヤが何かに気付いたように歩き始めた。遅れてタクミが歩き出す。カズヤの手持ちカメラの映像に切り替わると、闇の中に石造りの祠が徐々に姿を現した。


「これ、祠ですね」

「言ってたやつだね」

「ここ……さっき声が聞こえた方ですかね?」

「周り、注意しよう」


 画面には祠の姿が映される。高さは4、50センチメートルくらいだろうか。ひとつの石をくり抜いて作られたように見える。中はちょうどお地蔵様が一体収まるくらいの広さだ。しかし、その空間には、今は何も置かれていない。

 画面にテロップが表示される。【強烈な腐敗臭】【祠に近づくにつれて臭いが強くなる】【辺りを探してみたが動物の◯骸のようなものは見当たらない】


「これ……中に何か置かれてたのかな?」

「そうですね。村を離れる際に、持って行ったのかな」

「この台座の部分……なんだろう」


 祠の台座部分が映される。タクミが茫々に伸びた草をかき分けると、四角い石組みがあらわになる。


「……井戸っぽくない?」

「ああ……そうですね……封印した井戸の上に祠を作ったのかな?」

「だとしたらさ、何ていうの、守り神みたいなさ、何かがここに祀られてないとおかしいよね?」

「確かに……周り、もう少し調べてみましょう」


 二人は周囲をガサガサと音をたてながら探索する。その姿をバックにテロップが表示される。【視線を強く感じ、思わず振り返ってしまう】【謎の声】【視線】【空っぽの祠】【封印された井戸】【しばらく周辺を探したが、何も見つからなかった】【ライトのバッテリーが残り少ないため、探索を終了することとした】


 画面が切り替わり、車内に座るタクミとカズヤの姿が映される。


「はい。ええっとね、今、車に戻ってきました」

「いやあ、何かさ、ほんと、他の廃村とはかなり雰囲気違ったよね」

「そうですね。本当に、当時の生活をうかがえるようなものが何も無い。本当に何も無い」

「逆に不気味だったよね」

「なんかね、徹底的に、痕跡を残さないようにしているというか」

「そんな感じしたよね」

「ただ、かなりね、音というか声というか。聞こえてましたし。視線もすごい感じましたね」

「歓迎されてない感じがしたね」

「ちょっとね、帰って動画確認するのが楽しみですね」

「だね」

「えーっと、それでは。ヨモツヒラサカchカズヤと」

「タクミでした」


 画面が暗転する。

 歪なノイズのようなBGMと共に、テロップが流れ始める。


【帰宅後、撮影した素材を確認していると】

【撮影時には気がつかなかった】

【我々を見つめる】

【無数の顔】


 村内探索時の映像(ナイトショット)が断片的に、スローで流される。


【ほとんどはシミュラクラ現象かも知れない】

【しかし】

【あまりにも多い】


【あなたはいくつ見えましたか?】


【ヨモツヒラサカch】


(映像終了)

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