Chapter23 「懸賞首 米子」
Chapter23 「懸賞首 米子」
人混みの中からカンナが現れた。カンナはブルーのデニムにグレーのトレーナーというラフな服装だったがスレンダー気味なスタイルの良さが際立っていた。
「カンナ!」
米子はカンナに近づいて声を掛けた。
「うおっ、何だ! 米子か? 顔が別人みたいだ。髪も服装も変だぞ?」
カンナが驚きながら言った。
「しょうがないでしょ! 途中で買って着替えたんだよ。選んでる余裕がなかったんだよ」
「とにかく部屋に行こう。一緒にいるのが恥ずかしいぞ」
カンナの住むマンションは新しく、セキュリティがしっかりしていそうだった。部屋は壁際にベットが置かれ、反対側の壁に32型の液晶テレビが掛り、真ん中にテーブルがあるだけで殺風景だった。
「何もない部屋だがゆっくりしてくれ。いったい何があったんだ?」
カンナがフローリングの床に腰をおろしながらっ言った。米子も床に座った。
「暗殺に失敗したんだよ」
米子が言った。
「失敗? 誰を暗殺するつもりだったんだ?」
「アメリカの商務省の長官だよ。ゼニゲーバ長官」
「おおっ、知ってるぞ。我々の組織で暗殺する話が出ていたんだ。米子が実行したのか。米子は正式に我々の組織に入ったのか?」
「違うよ。でも、失敗したよ」
米子は暗殺をする事になったいきさつと、暗殺現場での状況をカンナに話した。
「そんな事があったのか。あの神崎という男に頼まれたのだな。だが話を聞いていると米子は復讐をエサに無理矢理やらされてる感じだぞ。それでいいのか? 神崎も赤い狐の一員のようだが、やり方が気に入らん。米子の弱みに付け込んでいる」
「やっぱりそうなのかな? 私は利用されてるのかな? 家族を奪った奴らへの復讐の事で頭がいっぱいになって自分が何をしているのか分からなくなってたのかもしれない」
米子が悲しそうに言った。
「利用されているとしか思えん。米子、冷静になるんだ。私も赤い狐の一員になったのは最近だ。日本に来たら組み込まれていた」
「自分の意志で入ったんじゃないの?」
「違う。最近、本国から赤い狐のメンバーに加わるようあらためて指示があったのだ。私は元々祖国の工作員に過ぎなかった。吉村もそうだ。だがいつの間にか赤い狐の一員になっていた。吉村はまだ抵抗があるようで赤い狐とは少し距離を取っている」
「カンナはどうなの?」
「私は祖国の為に働くだけだ。祖国の組織が赤い狐に入れというのなら従うまでだ」
「そうなんだ」
「しかし、偶然にもお前の組織が商務長官の護衛任務についていたとは驚きだな。本来なら米子も護衛する立場だろ。それにミントが暗殺を妨害したというのも驚きだ。米子は自分の組織にはもう戻れないのではないか?」
カンナが心配するように言った。
「そうかもしれないね。偶然とはいえ、暗殺側と護衛側になったからね。向こうも驚いてるはずだよ」
「しばらくこの部屋にいていいぞ。米子の部屋は監視されているだろう。私の存在は米子達の組織には知られていない」
「ミントちゃんが知ってるよ」
「そうか。そうだったな」
「私は神崎さんに連絡してみるよ。暗殺は失敗したけど、なんとかしてくれるかもしれないよ」
「米子、もう少し様子を見ろ。どうもあの男は信用できない。私も赤い狐に探りを入れてみる」
「そうだね。様子を見るか」
夜のニュース番組ではレセプションの事件について報道をしていたが、事件は暗殺ではなく、会場での単なる発砲事件として報道されており、事実とはかなり食い違っていた。米子は釈然としない思いでニュースを見ていた。
「報道規制が掛かってるいたいだね」
米子が言った。
「日本でもそんな事があるのか?」
「うん。政府にとって都合の悪い事なんかは規制されるし、事実と違う事が報道される場合もあるよ。日本だって完全に自由ってわけじゃないよ」
「そうか。どこ国も都合の悪い事は隠すのだな」
カンナが神妙な顔をして言った。
「米子、狭いが一緒にベットで寝るか?」
「私は床でいいよ。訓練所にいるとき、サバイバル訓練でしょっちゅう野宿してたから大丈夫だよ」
「これを敷け。床は固いぞ。私は毛布だけで大丈夫だ」
カンナは掛け布団を米子に投げるように渡した。
「ありがとう。明日エアガン買うの付き合うよ。日曜日だからカンナも休みだよね?」
「おお、すまないな。なるべく目立たないように動こう」
米子はカンナが貸してくれた掛け布団を敷いてその上に横になった。忙しい一日だった。
ホテルオークレのレセプションでのアメリカ商務長官暗殺の実行。想定外だったミントによる暗殺阻止。SPとの銃撃戦。パトリックの逃走支援。渋谷センター街での買い物と乱闘。先の事を考えると不安であったが、眠れる時には眠るのが米子のポリシーだった。IQ160の頭脳をフル稼働させるためには睡眠が必要だった。
米子とカンナは新大久保のマクドナルドに入ってもモーニングセットをソーセージマフィンのセットを注文した。ドリンクは米子がホットコーヒー、カンナはコーラだった。
「ここは便利だな。アメリカの企業なのが気に入らんが手軽に食べるにはいい店だ」
「ジャンクフードだけど、女子高生も良く使うよ」
「悔しいが、このバーガーとコーラの組み合わせは最高だな」
カンナが少し微笑んで言った。
「食べ物に西も東も資本主義も社会主義も無いよ。それぞれの国や地域で発達した文化だよ。美味しいものは人類共通の財産だから遠慮なくいただけばいいんだよ」
「面白い考え方だな。だが真実かもしれん。人類が争う事なく、知恵や文化を共有できれば世界は一つなれる」
「そうだよ。でも、それが出来ないのが人間なのかもしれないね」
「うむ。人間は愚かなのかもしれんな」
「カンナは面白いね。それに成長してように見えるよ」
「そうか? まあ、祖国を出てみるのも悪くないな。自分の目で西側の世界を見ると多少考えが変わる。しかしお前のその恰好は何とかならないのか? 下品すぎるぞ」
米子は昨日買ったヤンキー仕様の白黒のツートンの緩めのスウェットに金髪のカツラを被り、黒い長靴を履いて、顔は濃いメイクをしていた。
「変装だよ。どっから見ても田舎から出て来たヤンキー娘だね。一度こういう恰好をしてみたかったんだよね。女優になった気分だよ」
「確かに別人だな。米子は美人だから猶更怖く見えるな」
【ニコニコ企画会議室】
朝7:00から木崎、ミント、樹里亜、瑠美緯、ジョージ山本が西新宿の事務所に集まっていた。昨夜の米子の暗殺未遂にどう対応するか緊急会議を開いていた。
「木崎さん、私達はどうするの? 組織はどうするつもり? 暗殺を企てたのはやっぱりレッドフォックスなの?」
ミントが心配そうに言った。
「レッドフォックスで間違いないだろう。組織の方針はまだ決定していなが静観する方向になりそうだ。しかし俺達は米子を確保する必要がある。真実を確認するためだ」
「きっと米子にも訳があるんだよ。それに暗殺は阻止したんだから米子からの連絡を待とうよ」
ミントが言った。
「そうですよ、米子先輩だってきっと事情があたったんですよ。待ちましょうよ」
瑠美緯が言った。
「米子は一週間休んでいた。緊急指令のアメリカの商務長官護衛任務について知らなかったのはわかるが、なぜ暗殺する側にいたんだ? いつからレッドフォックスと繋がっていたんだ? 何か知らないか? 位置情報によると昨日の夜9時まで渋谷にいたようだが、それ以降スマホの電源を切っている」
「先週は受験の準備で休むって言ってたよ」
ミントが言った。
「知ってる事があったら隠さずに話して。レッドフォックスは米子を消しに掛かるだろう。暗殺に失敗した罰と口封じだ」
「やっぱりそうなるか。阻止した私も責任を感じるよ」
ミントが言った。
「ミントは任務をまっとうしただけだ。気にするな。ジョージの調べた情報では、米子に懸賞金が掛かっているらしい。裏社会に向けて発信されたようだ。レッドフォックスは裏社会も使って米子を消そうとしている」
木崎が苦痛に満ちた表情で言った。
「懸賞金って、どういうことですか?」
今まで黙っていた樹里亜が言った。
「レッドフォックスは自分達でも米子を探すだろうが、まだ日本に完全に浸透していない。
だから裏社会の情報網も使うつもりだ。裏社会のネットワークは想像以上に発達している」
「沢村さんの居場所に関する重要情報には1000万円。殺害すれば2億円という事です。フリーの殺し屋や暴力団や半グレ集団宛に情報が発信されました。発信元は不明ですが裏社会でのみ通用する暗号キーを使っています」
ジョージ山本が説明した。
「汚い奴らだね! 女子高生をプロの悪党がよってたかって殺害するなんて最低の方法だよ!」
ミントが怒りの声を上げた。
「そんなの許せないです! 米子先輩を守りましょう! 裏社会なんて怖くないっすよ!」
瑠美緯が大きな声で言った。
「沢村さんは組織に多大な貢献をしています。それなのに静観するなんてひどいです」
樹里亜も非難の声を上げる。
「米子がなぜレッドフォックスに協力したのかその真意がわからない限りは組織も動けないんだ。むしろ組織から排除指令が出ていないのは米子の貢献が認められているからだ」
木崎が言った。
「木崎さん、米子には口止めされたけど、知ってる事を話すよ」
ミントが静かに言った。
「ミント、話すんだ! 今は事実を知ることが第一だ」
「米子は家族を惨殺したヤツらに復讐しようとしてたんだよ。家族を惨殺した実行犯を突き止めたみたいなんだよ。その為に『如月カンナ』っていう北朝鮮の工作員と組んでたんだよ。私が知ってるのはここまでだよ」
「家族の復讐? 北朝鮮の工作員? なんだそれは?」
木崎が驚いた顔をして言った。
「きっと今回の商務長官暗殺の件と関係してると思うよ」
「米子の部屋で見つけたあの資料はそれと関係がありそうだな。ジョージ、『如月カンナ』について調べろ。米子の家族が惨殺された事件についてもだ。最高のアクセス権のアカウントを教えるから組織のサーバーを使うんだ。警察庁や外務省のデーターベースにもアクセスできるはずだ。多少のハッキング行為は許可するから全力で取り組め!」
木崎が厳しい口調で命令した。
「木崎さん、天野七海の写真集の写真から動画を作るのは後回しでいいですか? 急ぎでしたよね?」
ジョージ山本が訊いた。
「ああ、その件は落ち着いたらじっくり取り組んでくれ。・・・・・・ていうか並行して進めるのは難しいかな?」
木崎が言いにくそうに言った。
「米子先輩が優先です! 最優先です! 木崎さん、嫌いになりますよ! マジ有り得ないっす!」
瑠美緯が呆れたように言った。
「ほんと、サイテーだよ」
ミントが言った。
「沢村さんの貢献を一番分かって無いのは木崎さんなんじゃないですか? 木崎さんが課長になれたのは沢村さんのおかげじゃないんですか? 分からないようなら狙撃しますよ、外に出る時は気を付けて下さい。ヘッドショットを決めますから苦しまないと思います。私は組織を辞めてもマタギで食べて行けますから」
樹里亜が冷静な口調で言った。大人しい樹里亜にしては過激な発言だった。
「わかった! 俺が悪かった。米子の件が最優先だ。狙撃は勘弁してくれ!」
木崎が慌てて言った。
「分かればいいんですよ、分かれば。無駄な殺生をしなくてすみます」
樹里亜が言った。
「樹里亜先輩、あざまる水産です」
瑠美緯が感謝を述べた。
「やっぱり樹里亜ちゃんってマイペースで肝が据わってるよね。一番敵にしたくないタイプだよ」
ミントが言った。
「よっしゃ、ミーの出番だ。ハッキングOKなら中国共産党やCIAのデータベースにもアタックできる。レッツトライ!」
ジョージ山本がはしゃぐように言った。
米子とカンナは秋葉原のミリタリーショップでベレッタ92Fのエアガンを買ってカンナの部屋に戻って来た。ガスとBB弾とBB弾を捕弾するネットの付いたターゲットも買った。
『バス バス バス』
エアガンの発射音が部屋の中に響いた。
「ブローバックもするし、思ったより威力があるな。おもちゃとは思えん」
カンナがエアガンを撃った感想を漏らした。
「実銃とは反動の大きさが違うけど、構えたり抜いたりマガジンチェンジする練習にはいいよ。常に手に持ってれば銃が手に馴染んでくるよ」
「うむ。造りは本物にそっくりだ。こんな所にも日本の工業力の高さが窺えるな。しかしベレッタはいい銃だ。装弾数は多いし、安全装置やデコッキング機能が素晴らしい。何もよりも見た目が美しい。私の持っている本物はシルバーでさらに美しいぞ」
「ベレッタはいい銃だよ。アニメやゲームでもよく登場するよ。少し前まで米軍の制式拳銃だったしね」
「インターネットで西側の武器や兵器をいろいろ調べたが素晴らしい性能だ。我が祖国の軍隊の兵器は何世代も遅れている。悲しくなったぞ。それにしてもインターネットは凄いな。世界のニュースや娯楽や軍事情報も見る事ができる。我が祖国でも解禁するべきだ」
「北朝鮮の戦闘機なんて博物館レベルの旧式だよね。だからミサイルや核兵器に全振りしたのは戦略としてはアリかもね」
米子が言った。
「そうだが、国民は飢えている。祖国の人民にも日本と同じような豊な生活をして欲しい。
私の両親や弟や村人がハンバーグを食べたら感動で言葉を失うだろう。東京の夜景を見たら腰を抜かすだろう。軍事力よりも経済の豊かさの方が大事だ。自由も悪くない」
カンナが意外な事を言った。
「カンナ、テレビつけていい? ニュースが見たいよ」
米子が言うとカンナはリモコンでテレビのスイッチを入れた。時刻は17:00でニュース番組が始まったところだった。
『昨日、アメリカのゼニゲーバ商務長官を招いたレセプションパーティーで発砲事件を起こして逃走中とみられる犯人の女の遺体が豊洲運河で発見されました。遺体には複数個所に銃撃を受けた跡があり、制服姿で豊洲運河に浮かんでいたとの事です。警視庁は発砲事件との関連も含めて捜査を行うとういう事です。なお、ゼニゲーバ商務長官は今朝専用機でアメリカに帰ったとの事です。謎の多い事件ですね』
女性アナウンサーがニュースを読み上げた。
『そうですね。日米関係に影響がなければいいですけどね。続報を待ちたいと思います』
男性アナウンサーが締めくくるように言った。
「えっ!? どういう事!? 銃撃の犯人の女が遺体で見つかったって・・・・・・」
米子は困惑した。
「私にもわからん。明日情報を集めてみる。吉村にも暗殺の事をそれとなく訊いてみる。何か知ってるかもしれん」
カンナが言った。
「きっと私の身代わりだよ。暗殺未遂事件を幕引きするための工作だよ。たぶんレッドフォックスの仕業だよ」
「そらなら米子は助かるのか?」
「カンナ、甘いよ。レッドフォックスは私の事はゆっくり探すつもりだよ」
「安心しろ、私は黙っている。お前は仲間だ。私は仲間を裏切るような事はしない。赤い狐に忠誠を誓う前にお前に会ってよかった。敵だったら仲間になったりしない。まだ忠誠を誓ったわけでもない。正直に言って気が進まないのだ」
「カンナはスパイには向かないね。スパイは騙したり裏切るのが仕事だよ」
「そうだな。私は戦闘任務の方が向いているようだ」
「私もカンナと出会えて良かったよ。仲間が増えたよ」
「ミントもお前の仲間だろ? 米子は仲間がいっぱいいるな。羨ましいぞ」
「カンナも笑顔を増やせば仲間がいっぱいできるよ」
「それは難しいな」
「お腹が減ったよ。牛丼でも食べに行こうか」
米子が提案した。
「牛肉か。高いんじゃないのか?」
「大丈夫、凄く安いし、美味しいよ」
米子とカンナは新大久保駅前の牛丼屋に入った。牛丼と生卵をカンナの分も注文した。
「生の卵をかけるのか? 腹を壊すぞ」
カンナが言った。
「日本の卵は新鮮だから大丈夫だよ」
カンナは米子の真似をして生卵に醤油を入れると箸でかき混ぜて牛丼にかけた。
「おおーー、美味しいじゃないか! これで500円なのか? 牛肉が柔らくて味も素晴らしいぞ。卵も美味しいな。これなら毎日食べてもいいぞ」
カンナが喜び声を上げる。
「日本では牛丼は安い食事の代表だよ」
「信じられん。祖国なら御馳走だ。日本人が親切なのは豊かだからなのかもしれんな。やはり豊かさは必要なのだ。余裕があるから他人に優しくできたり親切になれるのだ。食うや食わずでは人は自分の事しか考えられない」
カンナが言った。
その夜も米子はカンナの部屋に泊まった。カンナはベットに入り、米子は床に掛け布団を敷いて横になった。
「明日は組織の施設に行くから吉村に赤い狐の状況を訊いて来る」
カンナが言った。
「私は自分の部屋に銃と服を取りに行くよ」
「危険じゃないのか?」
「ヤンキーの恰好で行くから大丈夫だよ。それにP365もあるし」
「気を付けて行けよ。何かあったら電話しろ」
「頼りにしてるよ」
「あたりまえだ。私は世界最強の北朝鮮人民軍の上級工作員だ」
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