Capter18 「山荘襲撃 2/2」

Capter18 「山荘襲撃 2/2」


 ドアがゆっくりと開く。警戒しているようだ。水平2連式の散弾銃の銃身が現れた後、男が姿を現わした。

『バスッ バスッ』

米子の撃った357SIG弾が男の眉間と額に当たり、後ろに倒れて部屋に大の字になった。

「おいっ、どうした!?」

部屋の中の男が叫んだ。米子はドアの正面に移動すると床に右膝を着けてた姿勢で銃を構えた。

「ひいっ!」

男が米子の姿を認めてアサルトライフルの銃身を向けようとする。顔が引き攣っている。

『バスッ バスッ』

額から上が吹き飛んだ男が背中から壁にぶつかって崩れ落ちた。

「解決だっち」

米子は小さな声で言うと銃をホルスターに収めて背中のプロパンガスタンクを床に降ろした。胸ポケットから『亜硝酸アミル』の入ったアンプルを取り出し、アンプルの上部を折ると鼻で吸い込んだ。肩掛けカバンから防毒マスクを取り出して顔に装着し、隙間がないか確認した。ボンベから繋がったホースの束を解き、ホースの先のラッパのようなノズルを右手に持つとボンベの取っ手を左手で握って持ち上げ、階段を降り始めた。AK74MNはスリングで肩から掛けている。

「おい、どうしたんだ! 銃声がやんだぞ」 「リーダーと青山が上で撃ってたよな。センサーが反応したって言ってた」 「イノシシや野犬だったんじゃねえのか?」 「敵襲か!? リーダーが言ってた敵の襲撃だろ!」 「敵が来るなんてガセだろ、そもそも敵って誰だ? 公安か? 今更それはないだろ」 「銃を持て! 迎え撃つんだ」 「なんだよ、本当に来たのかよ?」 「リーダーは? リーダーの意見を聞こう」 「だから上だって」 「リーダーも青山もトランシーバーの返事が無いんだよ」

 「おい、何お騒ぎだ、寝てたのによお。12時過ぎたから大丈夫だってリーダーも言ってただろ」 「もう最悪! 相手は何人なの? さっさとやっちゃってよ、あんた達男でしょ」 「マスクを着けた方がいいんじゃないのか? 敵は毒ガスを使うって言ってたぞ」

1階から声が聞こえてきた。かなり混乱してるようだ。女の声も混じっている。米子はプロパンガスボンベを持って1階の廊下を忍び足でゆっくり歩く。右前方にドアが見える。見とり図通りならば広いリビングルームのドアのはずだった。


 『ガチャ ガチャ』

米子はしゃがんで姿勢を低くするとドアのノブを掴んだ。わざと勢いよくドアノブを左右に回すと素早くドアの前から体を引いて壁に背中を付けた。

「合言葉を言え! 『革命!』」

中の男が合言葉を求めたが米子は黙っていた。合言葉の返事は『勝利』だったが米子が知るはずもない。

「応えろ、革命!」

中の男が再び合言葉を求めた。

「クソくらえ!」

米子が大きな声で答えた。

『ドン』 

『ダン ダン』 『ダン ダン』 『ダダダダダダダダ』『ダダダダダダダダダダダダダダ』

ドアに穴が空き、木片が吹き飛ぶ。ドアを貫通した弾丸が廊下の反対側の壁に当たって漆喰が激しく飛び散った。

「誰だ!」 「ヤバイぞ、本当に来やがったぞ!」 「撃ってこないな」

「あれ?」 「当たったのかな?」 「女の声だったぜ」 「死んだんじゃないの?」 「誰か見て来いよ」

リビングの中から声が聞こえた。

『ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ』 『ダン ダン ダン ダン』

米子は穴だらけのドアに向かい合うように蹲踞の姿勢でAK74MNをフルオートで撃った。ドアの板が弾け飛び、骨組みが剥き出しになった。最後にセレクターをセミオートに切り替えて蝶番に狙いを付けて4発撃った。

「うわっ」

「わぁー!」 「キャー」 「うおっ!」 「うわ」 「ひいーー」

部屋の中から叫び声が聞こえた。米子は素早くAK74のマガジンチェンジをすると床に置いたプロパンガスボンベのホースの根元を掴んで引きちぎった。立ち上がってドアを蹴り破る。大きなドアが部屋の中に倒れ込む。リビングは広かった。中はテーブルを囲むようにソファーが置かれ、ソファーの影に何人か隠れていた。テーブルの上には飲み物の入ったグラスとツマミの載った皿とスナック菓子の袋が並んでいた。さっきの銃撃で負傷して床に倒れている者もいた。部屋の奥にも5人が伏せている。米子はボンベのバルブを捻って全開にした。『バシュー』という音と共に青酸ガスがボンベから噴き出す。米子はボンベの取っ手を両手で掴むと背筋に力を入れ、全身の力を使って重さ20Kgのプロパンガスボンベを部屋に投げ込んだ。

『ガンッ バリーン ガシャーン   ゴン ゴロロ』

ボンベは低いテーブルの上に落下してグラスや皿を粉砕して跳ね返り、床に転がった。激しくガスを噴射している。

「うわ、毒ガスだ!」 「ガスマスクを取れ、箱を開けろ!」 「急げ! 死ぬぞ!」

ソファーの影に隠れていた敵と奥にいた敵が一斉に立ち上がると部屋の右横に置かれた木箱に殺到する。銃撃で負傷した者も這って箱に向かっている。木箱は引っ越し用段ボール2つ分くらいの大きさで、中にはガスマスクが入っている。

『ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ』

米子はガスマスクの入った木箱をフルオートで撃った。木箱から細かい木片が飛び散る。中のガスマスクは5.45mm弾でズタズタになった。木箱に手を掛けた敵2人が銃弾を浴びて倒れる。

「だめだ、テラスに逃げろ!」 「うおーーー」 「イヤーーー」 

生き残った敵が窓に向かって走り出す。2人が大きな窓に手を掛けて開けようとしている。窓の向こう側はウッドデッキのテラスだった。

《マーズからネプチューンへ、テラスから脱出する敵を狙撃せよ!》

《ネプチューン了解、待ってたぞ》

プロパンガスボンベの青酸ガスが激しく噴き出している。5人の人間が崩れるように床に倒れて転がった。ガスの効果が出始めた。窓が開いた。部屋の奥にいた2人も喉を抑えて崩れ落ち、転げ回っている。生き残った3人がテラスに躍り出る。

『ダーン    ダーン    ダーン    ダーン    ダーン」

外から銃声が聞こえた。3人がテラスに崩れ落ちた。部屋の中にも10人が倒れている。

《こちらネプチューン、敵3人を射殺》

《マーズ了解、そのまま待機せよ》

《ネプチューン了解》

米子はSIG-P229のマガジンチェンジをすると、部屋に転がる敵の頭に1発ずつ357SIG弾を撃ち込んでトドメを刺した。生存者がいない事を確認するとデコッキングレバーを押してハンマーを倒した。『カチャ』と音が鳴った。米子はその音が好きだった。銃撃戦が終わった後のホッとする瞬間だった。


 米子は肩掛けカバンから大きなタッパー4つと電気雷管の付いた起爆装置を取り出した。タッパーの中にはC4爆薬が入っている。部屋の中央にタッパーを並べると、一つの蓋を開けて粘土のようなC4爆薬に遠隔式起爆装置を突き刺した。米子は勝手口から外に出るとガスマスクを外して大きく息を吸い込んだ。新鮮な空気が肺を満たす感覚が心地よかった。戦闘服のズボンのカーゴポケットから袋を取り出すとコーラグミを2つ摘まんで口に入れた。

「グミうま」


 米子は山荘から伸びる小道を下ってカンナのいる窪地に降りた。暗かった空が明るく、青くなって来た。夜明けだった。沢山の種類の鳥が鳴き始めた。

「米子、成功だな! 心配したぞ、中で銃声がした。だが無事で良かった」

カンナが嬉しそうに言った。

「うん、少し予定が狂ったけど、ガスで半分以上殺ったよ。敵は15人だった」

「そうか、復讐は成功だな。私も嬉しいぞ!」

「ありがとう、ちょっと周りを偵察してくるね。テラスの敵にトドメを刺しておいて」

米子は斜面を登り、幾つかの獣道を歩いた。カンナがトドメを刺すベレッタの銃声が3発響いた。米子は3カ所にレーザーセンサーを発見した。どれも新品だった。曇りの為、日は昇らなかったが、すっかり夜が明け、米子達のいる谷を囲む山々がはっきり見えた。ひと際大きな山は八ヶ岳だった。


 カンナは山荘の前に立っていた。

「山が見えて気持ちがいいなあ。米子、死体はどうするんだ? いくら山の中でもこのままじゃまずいだろ」

カンナが言った。

「C4をセットしたから山荘ごと吹き飛ばすよ。肉片は飛び散るだろうけど、野生の動物が食べてくれるよ」

「なるほど、それでC4を準備したのか。何に使うのか謎だったのだ」

カンナが山荘を見上げた後、米子の方に振り返った

「なっ 何だ? 冗談はやめろ!」

カンナの声が早朝の谷に響いた。米子の伸ばした右手にはSIG‐P229が握られ、サイレンサーの銃口はカンナの額に向けられていた。距離は80cm。

「カンナ、動かないで」

「米子、どうしたんだ?」

「本当の事を話してよ。この作戦の情報を漏らしたよね?」

「何を言っているんだ、漏らす訳ないだろ、米子と私はバディだぞ」

カンナが驚いた顔で言った。

「この作戦の事を知っているのは私とカンナと吉村さんだけだよ。だけど敵は襲撃を知ってた」

「本当か? なんでそう思うんだ?」

「通る事が予想された獣道にレーザーセンサーが設置してあったよ。襲撃前に偶然1つ見つけたけど、さっき探したら他にも3つあった。多分そのうちの1つに感知された。だから山荘から銃撃されたんだよ。レーザーセンサーはどれも新品だった。それにレーザーセンサーの近くにタバコの吸い殻が落ちてた。設置作業をした人間の吸殻だよ。きっと昨日設置したはずだよ。一昨日のこの辺は雨だった。ネットで調べたんだ。吸殻は新しくて濡れてなかった。それにこっちがガスを使う事を知ってたのもおかしいよね。敵は防毒マスクを用意してたよ。敵の1人が「毒ガス使うって言ってたぞ」って叫んでたんだよね」

「そうか不思議だな」

カンナが小さな声でいった。

「おかしいと思わないの!? 私達が襲撃する直前にレーザーセンサーを設置して、防毒マスクを人数分用意してた。作戦が漏れてたのは確実だよ。敵も夜中の3時を過ぎたから油断してたみたいだね。1階で宴会やってたみたいだよ。だから助かった。そうじゃなかったら私は最初の銃撃で死んでたよ。15人の一斉射撃でね。それに敵の武装は猟銃5丁のはずだよね。なんでAk47を持てたの? 部屋の奥にも8丁のAK47があったよ。最初の情報ですら怪しいよ。カンナ、本当の事を言ってよ! そうすれば命までは奪わないよ。でも北朝鮮に帰って!」

米子が大きな声で言った。

「私ではない」

カンナが力なく言った。その目から涙が流れて頬を伝った。

「どうしたの? バレたのが悔しいの?」

米子が言った。

「そうではない。米子が私のことを疑っているのが悲しいのだ。私達はバディじゃないのか? 私は米子を仲間だと思っていた。初めて出来た仲間だと思っていたのだ。嬉しかったのだ。それなのに米子は私を疑っている。私は仲間を裏切ったりしない! 騙したりしない! そんな卑怯な事はしない!」

カンナが叫ぶように言った。涙は流れ続けていた。

「じゃあ誰なの? 誰が情報を漏らしたの?」

「そんな事は知らない。私は上の命令でお前を支援するように言われたのだ。最初は面倒臭いと思ったが、お前と出会って良かったと思った。一緒に戦おうと思ったのだ。お前の家族を殺したヤツらを私も憎んだのだ。仲間だと思っていたのだ。でも信じてくれないのだな」

長い沈黙があった。米子の心は動揺していた。カンナの涙に嘘は無いと思った。カンナはスパイには向いていないとも思った。しかし作戦が洩れているのは確実だった。米子は考えた。作戦を漏らして得をするのは誰だ? 赤い連隊を助けることでメリットを享受するのは誰だ? 誰も得をしない・・・・・・いや! 神崎、阿南はどうだ?

「カンナ、私が悪かったよ。きっと他の誰かが漏らしたんだよ。カンナを信じるよ」

米子はカンナに向けていたSIG―P229を降ろすとホルスターに収めた。

「本当か?」

カンナが目を大きく開いて米子を見た。濡れた瞳が輝いていた。美しい目だった。

「本当だよ。疑ってごめん。私がターゲットならカンナにはいつでも私を殺すチャンスはあったはずだよ」

「信じてくれるのだな?」

「うん、信じるよ。カンナは私の仲間だよ、バディだよ」

「米子、嬉しいぞ、信じてくれるのだな、ありがとう、嬉しいぞ」

カンナは笑顔になった。頬はまだ涙で濡れていたが美しく嘘の無い笑顔だった。

「カンナ、吉村さんも怪しいよ。あの人を敵に回す覚悟はある?」

「吉村が何か情報を持っているかもしれないな。米子、協力するぞ。作戦を考えてくれ」

「わかった。吉村さんはきっと下っ端だよ。その上に本当の敵がいるはずだよ」


 米子達は最初に山荘を監視していた位置に立っていた。手には小さなリモコンを持っていた。カンナは双眼鏡を覗いている。

「押すよ」

米子が言った。眼下に見える山荘が一瞬にして白い煙とオレンジ色の光に包まれ、吹き飛んだ建材や木の板が紙吹雪のように飛び散って高く舞い上がった。

『ドーーーーーン   ズズーーーン』

爆発音が光より1秒遅れて届き、山の間に何度も木霊した。

「車のある場所まで徒歩で2時間、車で東京まで2時間半。東京に着くのは丁度お昼だね。着いたらファミレスでご飯食べようか。ハンバーグとドリンクバー奢るよ」

「いいぞ、腹が減ったな。米子、晴れてきたぞ。太陽が眩しい」

東の空の雲が割れるように大きく開いて青空が現れ、太陽が覗くように顔を出していた。美しく清々しい景色が広がっていた。雄大な八ヶ岳の姿が映えていた。

「カンナ、疑ってごめんね」

「米子、パフェも奢れ」

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