Chapter16 「ミントとカンナ 靖国神社」

Chapter16 「ミントとカンナ 靖国神社」


 翌日、米子達は夜明けと同時に権藤の別荘を出て車で帰路についた。外交官ナンバーを付けた米子の運転するGT‐R NISMOは東名高速道路の追い越し車線を時速150Km以上で走り続けた。何度かパトカーが後ろに着いたが、暫くすると離れていった。

「日本は道路も整備されているな。地図で見たが、日本中が高速道路で繋がっている。電灯も多いし、表示板も電気で輝いている。残念だが祖国は停電が多い。農村部にはほとんど電気が来ないんだ」

カンナが助手席の窓から外を見ながら言った。

「日本でも災害の時は停電になるよ。停電になったら交通機関も止まるし、工場やオフィスも機能しないから経済的な損失が大きいよ。だから普段はまず停電にならないけどね」

「豊かさというのはいろんな所に現れるな。しかし日本はだいぶ前よりアジアの国々から搾取しているな。かつては軍国主義による侵略でアジアの各国に迷惑をかけたはずだ。我が祖国も統治されていた。そうした犠牲の上に成り立っている豊かさではないのか? 日本人はどう思っているんだ? 大きな戦争を起こした事に対する謝罪の心はあるのか?」

「私にはないよ。もう昔の事だし、日本が戦争してたのも時代の流れだったんだよ」

「時代の流れだと? そんな言い訳をするな! 日本人は反省が足りないのだ、民族として今も謝り、補償すべきなのだ」

「昔に、私のひいお爺ちゃんがカンナのひいお爺ちゃんを殴ったからって私が謝らなきゃならないの? 私の子供や孫もカンナの子供や孫に謝らなきゃいけないの? 詳しい事は分からないけど、日本だって戦争に負けてボロボロになったんだよ。東京だって焼け野原になって、そこから復興したんだよ」

「お前は自国の歴史を知らないのか? 日本が我が祖国を統治し、中国や東南アジアを侵略したのだ。戦争に負けたのは当然の報いだ。そもそもお前の国は教育がおかしい。お前は歴史を知らなすぎる!」

「私の友達に社会や歴史に詳しい子がいるよ。その子と話したらいいんじゃない」

「ほう、面白いな。ぜひ話してみたい」


 米子は西新宿の事務所に顔を出した後、ミントとチェーン店のカフェ『センズリコ・カフェ』で会話をしていた。米子はアイスカフェオレを、ミントはレモンティーを注文していた。

「ミントちゃん、お願いがあるんだけどいいかな?」

米子は唐突に言った。

「なに? 最近米子は忙しそうだね」

「うん、ちょっと個人的な用事があってね。それである人に日本の歴史を教えて欲しいんだよ。ミントちゃんは社会が得意だよね?」

「うん、政治経済には興味があるし、歴史も好きだよ。受験科目も『地歴・公民』だよ。でもある人って誰?」

「私の知り合いだよ。今、個人的なミッションでその人と組むことになったんだよ」

「個人的なミッション?」

「うん、他のメンバーや木崎さんには黙ってて欲しいんだけど、個人的な復讐だよ。家族を殺したヤツらの手掛かりを掴んだんだよ。その復讐をする為の仲間で、北朝鮮の女性工作員なんだよ」

「北朝鮮の工作員? なんかヤバそうだね。でも米子の復讐のためなら力になるよ。何を教えればいいの?」

「うーん、何ていうか、その人、日本の事を恨んでるみたいなんだよね。太平洋戦争の時の日本に納得がいかないみたいで、なぜ日本人は謝罪する気がないのかって言うんだよ。私、あんまり歴史に詳しくないからさ、友達に詳しい子がいるから話してみて、って言っちゃたんだよね。だから戦争の頃の日本の歴史についてその人に説明して欲しいんだよ。日本名が如月カンナっていう23歳の女性だよ」

「北朝鮮か。まあ、朝鮮半島の人達は日本を恨んでるよね。35年も統治したからね。いわゆる日帝時代だよ。台湾やパラオも統治したけど、台湾やパラオは日本に感謝してる人達の方が多いんだよ。パラオなんか今でも凄い親日国だよ。パラオは日本が統治する前はドイツの統治できつい強制労働をさせされたうえに搾取されて奴隷扱いだったからね。日本は病院や水道や橋なんかのインフラを作ったんだよ。缶詰工場を造って雇用を生み出したり、サトウキビ農業も推奨して産業も立ち上げたんだよ。貨幣も流通させてパラオの人達を豊にしたんだよ。教育制度も作って、子供達の為に学校を作って、教科書や文房具を配布して日本から教師まで派遣したんだよ。だから日本に感謝して、アメリカ軍が攻めて来た時は一緒に戦おうとしてくれたんだよ。日本軍はパラオの人達を避難させて、玉砕したけどね。朝鮮半島も同じようにインフラを整えたのにねえ。産業や鉄道や病院や学校も作って、教育なんかのソフト面でも随分投資したんだよ。歴史的背景や受け取り方の違いなのかもしれないけどね。まあやってみるよ」

「ミントちゃん本当に詳しいね。助かるよ。今度焼肉奢るよ」

「今の日本人がこういう事を知らないのがおかしいんだよ。まあ戦後の教育はアメリカの占領政策の影響で自虐史観教育になったからね。昔の日本は悪かったってね」

「そうなんだ。歴史って暗記科目かと思ってたけど、複雑で深いんだね」

「米子、復讐はいいけど、ヤバかったら遠慮しないで言いなよ、私も力になるよ」

「個人的な事でミントちゃんを巻き込むわけにはいかないよ」

「私達は相棒だよ! 仕事だけの仲間じゃないんだよ!」

「わかった、お願いするかもしれないよ」

「今度の日曜日どう? 如月カンナさんだっけ? 連れて行きたい所があるんだよ。お昼に九段下の駅で待ち合わせしようよ」

「九段下? いいよ。じゃあ12時に行くよ」


 日曜日の午後12:30、米子とカンナとミントは靖国神社の第一鳥居を潜った。米子とミントはそれぞれの学校の制服姿だった。

「大きな鳥居だな。こここが有名な靖国神社か。聞いた事があるぞ。日本の政治家の参拝で問題になってるな。それに最近インターネットで日本の歴史を調べてるんだ。この神社はサムライや兵士を祀っているんだろ?」

カンナが言った。

「ちょっと違うよ。この神社が出来たのは1869年、明治2年だよ。明治維新の時の戊辰戦争で戦死した新政府軍の兵士を祀る為に建立されたんだよ。それ以来、旧日本軍の兵士達も祀るようになったんだよ。武士が活躍したのは江戸時代以前だからサムライは対象外だよ。前に見えるのが『大村益次郎』の銅像だよ。日本陸軍の創設者だね」

「ミント、お前は歴史に詳しそうだな。案内を頼むぞ」

カンナが言った。

「いいよ。私は何度も来てるからね。日本人ならあたり前だよ。毎年夏になると靖国問題が取り上げられるけど、あんなのおかしいんだよ。他国に文句言われるなんて猶更だよ。内政干渉だよ」

ミントが不満そうに言った。

「ミントちゃん、私にも教えてよ。ここに来るの初めてなんだよね」

米子が言った。米子達は第二鳥居をくぐり、神門を抜けた。正面に拝殿が現れた。

「正面が拝殿だよ。参拝は後にして『遊就館』に行くよ。博物館みたいな所だよ」

ミントが言って右に曲がった。米子達が遊就館に入ると広い玄関ホールには戦闘機と蒸気機関車と大砲が展示されていた。

「おお、これが有名なゼロ戦か。思たより大きいな。あの当時に自国で開発したのは凄いな。強かったんだろ?」

カンナが展示されたゼロ戦を見ながら言った。

「零式艦上戦闘機52型だよ。当時アジアで戦闘機や戦艦を自国で開発できたのは日本だけだよ。ゼロ戦は開戦当初は無敵の戦闘機だったよ。アメリカやイギリスの戦闘機をバタバタ墜としたんだよ。まあ、終戦間際は特攻機になったけどね」

「特攻って『カミカゼ』のことか?」

カンナが訊いた。

「そうだよ。胴体の下に爆弾を着けて、敵の艦船に体当たりしたんだよ」

「ああ、映画やテレビで出てくるよね。この飛行機がそうなんだ。なんか勿体ないね」

米子が言った。

「日本人は狂ってるな。特攻など意味の無い戦法だ」

カンナが言った。

「どうだろうねー、最初は効果があったみたいだけどね。まあ、上層部は負け戦になって追い込まれると、とんでもない事を考えるんだよ。下の人間はたまったもんじゃないよ。それにパイロットを育てる手間とコストを考えたら割りに合わない戦法だよね。何よりも人の命が軽すぎるよ」

ミントが言った。

「あの大砲と機関車は何だ?」

カンナが訊いた。玄関ホールには大砲と蒸気機関車も展示されている・

「あの大砲は15センチ榴弾砲だよ。機関車は泰緬鉄道の蒸気機関車だよ。タイとミャンマーを繋いだ鉄道で、日本軍が作ったんだよ。全長は200kmあったんだよ」

ミントが説明した。

「そうか。日本はそんな事までやっていたのか。我が祖国も統治されていたしな」

カンナが不思議そうに言った。


 米子達は入場券を買ってエスカレーターで登り、遊就館の展示コーナーに入った。展示コーナーは戊辰戦争から太平洋戦争の終戦までについて何部屋かに分かれた展示があり、順路に沿って回るようになっている。展示室にはパネルやガラスのショウケースに入った展示物が並んでいる。

「このコーナーは何だ? さっきから古臭い絵が多いぞ。飾ってある軍服も妙に派手だな。説明が日本語でよく分からん」

カンナが訊いた。カンナは壁のパネルの説明文を真剣に読んでいた。

「ここは日清戦争~日露戦争のコーナーだよ。当時は何処の国でも軍服が派手だったんだよ」

ミントが言った。ミントは展示コーナーの説明文を読んでカンナに解説をした。

「ここからは太平洋戦争だな。おおっ、日本の勢力図は凄いな。アジアの殆どが日本の領土だぞ! オーストラリアの近くまで行ってたのか!」

カンナはパネルの地図を見て興奮していた。

「西はインド、南はニユーギニア、東はギルバート諸島、北はアリューシャン列島までが日本の勢力圏で基地もいっぱいあったんだよ」

「凄いじゃないか! 我が祖国も統治されていたから悔しいが、ここまで壮大だと痛快ですらあるな。アジアの島国がここまでやったのか・・・・・・」

カンナは感心しているようだった。

「開戦当初は破竹の進撃だったからね。ハワイ奇襲、マレー半島占領、ミャンマーやニューギニア、太平洋の島々まで占領したんだよ」

ミントが説明する。順路を進むうちに展示物も日本の敗戦が色濃くなっていった。

「おい、負け戦ばっかりじゃないか、日本の本土が空襲されてるぞ。特攻もしてるな」

カンナが驚くように言った。

「戦線を広げすぎて補給ができなかったんだよ。アメリカが本気になって物量作戦で来たから押される一方になって、本土決戦直前まで追い込まれたんだよ」

「それにしてもやられ過ぎだろ。日本の上層部は何を考えていたのだ。どれくらいの死者が出たんだ?」

カンナが訊いた。

「ひどいもんだよ。日本軍の戦死者は200万人以上。その内の多くが餓死と病死だよ。空襲や原爆の一般市民の死者も合わせると300万人以上の犠牲者が出たんだよ。戦争っていう手段が最悪なんだよ。それに上層部が意地を張ったり保身の為にずるずると終戦の判断を延ばしたのが一番の罪悪だよ」

「なんか凄いよね。本当に日本にこんな事があったんだね」

米子も驚いた様子だ。

「ふんっ、当然の結果だな。我が祖国やアジアの国々に迷惑を掛けた報いだな。もっと日本人は反省するべきだ。謝罪も必要だ」

カンナが言った。


 「ここが私の一番好きなコーナーだよ!」

ミントが立ち止まって言った。パネルには幾つかの国旗が描かれていた。

「国旗が描いてあるな。何の説明だ?」

カンナが不思議そうに訊いた。

「この国旗は太平洋戦争の後に欧米の植民地から独立した国だよ。インド、ミャンマー、ベトナム、ラオス、タイ、カンボジア、バングラディッシュ、ベトナム、マレーシア、インドネシア、フィリピン、パラオだよ。植民地を支配してたのは連合国のイギリス、アメリカ、フランス、オランダだよ。日本だって植民地になったかもしれないんだよ。朝鮮半島や台湾もだよ」

「うむ。だがそれがどうしたのだ? 結果論だろ。日本がやった事が正しい訳ではないぞ。侵略したのは事実だ。どれだけのアジアの民が犠牲になったと思ってるんだ」

カンナが食い下がった。

「戦前は欧米の植民地だったアジアの国々が太平洋戦争を契機に独立したんだよ。白人に搾取されて奴隷の様に扱われてきた黄色人種が立ちあがったんだよ。日本はアジアでただ一国、欧米列強に初めて戦いを挑んだんだよ! そりゃアジアの国々に迷惑も掛けたけど、大東亜共栄圏の樹立を信じて戦ってた兵士もいっぱいいたんだよ。戦後現地に残って各国の独立運動に参加して戦った兵士も大勢いたんだよ。あの時代にはアジアのどこかの国が立ち上がって傲慢な欧米列強を一発ブン殴る必要があったんだよ。おかげでボコボコにされたけど、無意味だった訳じゃないんだよ! 亡くなった日本の兵士の事を犬死なんて言う人もいるけど、そんなの許せないよ! 同じ日本人として恥ずかしいよ!」

ミントが熱の籠った大きな声で言った。

「ミントちゃん熱いね。でも、ここに書いてある国って今でも親日の国が多いよね」

米子が言った。

「そうだよ。学校じゃ教えてくれないけどね。下の大展示室に行こう。見たくないけど、特攻兵器の実物が展示されてるよ」

「特攻など愚かな手段だ。なのに日本は美化している」

カンナが抗議するように言った。

「美化するつもりはないよ。80年前にあった悲しい事実だよ」

米子達は階段を下って大展示室に入った。そこには実物大の艦上爆撃機『彗星』、人間魚雷『回天』、人間爆弾『桜花』、特攻ボート『震洋』が展示されていた。米子達は黙って見て回った。カンナは興味深そうにじっくりと見ていた。

「この魚雷は、もし敵艦が見つからなかったどうするんだ?」

カンナがミントに訊いた。

「中からは水圧でハッチが開かないから酸欠で死ぬだけだよ。訓練でも死者が何人も出たらしいよ」

ミントが説明する。

「酸欠? こんな物に乗る兵士がいたのか・・・・・・」

「好きで乗ったわけじゃないよ。祖国を守る為、家族を守る為だよ。命令だったっていうのもあるけどね」

「怖かっただろうな・・・・・・」

カンナが呟くように言った。

「あっちの飛行機は何だ? 翼が小さいぞ。飛べるのか?」

「あれは特攻用ロケット機だよ。母機の大型爆撃に吊るされて、敵艦隊に近づいたら切り離されてロケットに点火して、搭乗員が操縦して敵艦に突っ込むんだよ。飛行機とういより操縦できる爆弾だね」

「非人道的にも程があるぞ。成功したのか?」

「殆ど失敗だよ。敵の艦隊に着く前に母機ごと撃墜されたんだよ。敵はレーダーを持ってたから、戦闘機の大編隊で待ち伏せしたんだよ」

ミントに説明にカンナは黙り込んだ。


 「英霊に参拝して帰ろうよ」

遊就館を出た所でミントが言った。

「いいよ」

「いいぞ」

米子達は拝殿の前に並んで手を合わせた。カンナも神妙な顔をした後に目を瞑って手を合わせていた。


「なんかお腹空いたね。ラーメンでも食べようか」

九段の坂を下りながらミントが言った。

「いいねえ、私もお腹減ったよ。食べられるって幸せだよね。今日は凄く勉強になったよ」

米子が言った。

「ああ、生きてる事が幸せなのだ。ミント、今日はありがとう。礼を言うぞ。どの国にも歴史がある。それを尊重する事も大切だ。私達は歴史からもっと学ぶ必要があるな」

カンナが言った。

「カンナさんも外から自分の国を見た方がいいと思うよ。人間は冷静に、時には疑問を持って物事を見る事も必要だよ。この国は戦後、そうやって復興したんだよ。私達にとって重要なのは正しい未来を創る事なんだよ」

「そうかもしれんな。日本に来て良かったかもしれん。それとカンナさんと呼ばなくていいぞ。カンナでいい」

「わかったよカンナ、米子をよろしく頼むよ」

ミントが笑顔で言った。


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