後日譚5 発熱したお姉さまのお見舞いに行く話5

 星特性のチゲうどんの完成は早かった。

 辛さは控えめと言っていたが、スープはしっかり赤色で、仕上げに落とされた卵の黄色とニラの緑の鮮やかな取り合わせは、店で出てきてもおかしくないぐらい見事だった。そして何より香辛料の香りが立ち昇る湯気が食欲をそそる。

「本当に美味しそう」

「熱いうちに召し上がってくださいね」

 いただきます、と紫はレンゲでスープをすくい口に運ぶ。確かに、普段彼女が食べているような舌を刺すような刺激こそないが、スープ全体のさっぱりとした味わいとその奥で微かにピリッと主張する辛さとが絶妙なハーモニーを生んでいた。

「美味しい」

「今回は香辛料以外で赤みを出すためにトマト缶をベースにしましたの。それだけではお姉さまだと物足りないと思ったので多少香辛料も入れましたけど」

 星は何でもない風にそう言うが、誰かのために料理のメニューを考えること、さらに相手に合わせてレシピを工夫するということが、どれだけ相手のために思考し時間を割くことか、一人暮らしが長い紫でも理解できる。

「本当にありがとうね……感激しちゃった」

 冗談抜きで紫は目じりに浮かんだ涙を指で拭った。

「お姉さまったらそんな大袈裟な」

 星はというと、言葉ではそう言いつつも紫の反応があまりにも良かったので少し赤くなっている。

「今回は二日連続おうどんになってしまいましたけど、お姉さまが完全に復調されたらもう少し手の込んだお料理も作らせていただきますわよ」

「ほんと? じゃあ今度は星が作る麻婆豆腐が食べたいな」

 やっぱり辛いものなんですねー、と思いつつ、そう答える紫の笑顔があまりにもまぶしくて、星はいよいよ照れながら目を細めた。

「……ちゅ、中華料理はまだ不慣れなので、ちょっと修行してきますわね……」

 そうだ四川に行こう。

 星は本気でそう思った。



◇ ◇ ◇

「それでは、そろそろおいとまいたしますね」

 食器をひと通り片付けたあと、星がそう言うので思わず紫は目を丸くした。

「あ……いやごめん、もう帰っちゃうんだと思って」

「お姉さまは病み上がりですし、あまり長居しないほうが良いかなと思ったのですが……」

 星は少し考える素振りを見せてから、にっこりと笑みを浮かべる。

「そうですね。ではもう少しだけ。今日はニノマエもおりませんしね」

 最後の一言はどういう意味なんだろうと紫が考えていると。

「そういえばお姉さま、昨日から実は気になっていたんですが」

「なに?」

「先週お邪魔した時には無かったと思うんですが、あのフワフワしたものは何なのです?」

 そう言って星が指差したのは、ソファーの上に置かれている、小さなクッションのような円形の白いもの。小動物を彷彿とさせる短い尻尾が生えていて、見ようによってはオタマジャクシのような形状をしている。この部屋にはぬいぐるみの類が他にないため、それだけが妙に存在感を放っていた。

 紫は照れ笑いしながらそれを持ち上げる。

「これね、尻尾と鼓動が動くロボットなんだ。鼓動の音を聞きながら抱いて眠ると安眠できるってネットで見て、最近疲れてたからつい衝動買いしちゃって」

 側面の電源ボタンを押すと、尻尾がフリフリと動き始める。

「猫みたいで可愛いでしょう?」

 紫がふふ、と笑うと、星はその場に膝から崩れ落ちた。

「私からすればお姉さまのほうが可愛らしいですわっ……」

「いい歳してなんかごめん」

「ち、違うんです、お姉さまがそういうものを抱いて眠られているところを想像しただけで私の鼓動が爆発するというか、……というか! お姉さま、あまり眠れていませんでしたの? まさか仕事のストレス? そのせいでお風邪を召したのでは……?」

 星に鋭くそう指摘されて、紫はしどろもどろに答える。

「いや、ストレスというか、仕事が立て込むとつい晩酌したくなっちゃって、アルコールが入ると眠りが浅くなるから多分そのせいかなぁって思ってるんだけど……」

 紫はぎゅっと白いロボット(おたまちゃんと紫は呼んでいる)を胸に抱えた。

「ごめんね。私の不養生がもとで体調を崩して、星にも会社にも迷惑をかけて本当に申し訳……」

「お姉さま!」

 すっくと立ち上がった星が紫の言葉を語気強めに遮ったので、紫は驚いて下げかけた頭を上げた。

 星は胸に手を当て言う。

「眠れないと仰ってくだされば、いくらでも私の胸をお貸ししましたのに……ッ」

「え、それはどういう」

 戸惑う紫に、勢い余った星は壁に両手をついた。

 状況でいうと壁ドンである。

「私の鼓動では駄目ですか」


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