後日譚

後日譚1 親友の話

 私の名前は鹿角かすみ薫子かおるこ。そこそこ名の通った上場企業の令嬢だ。

 令嬢らしからぬ口調は気にしないでほしい。

 幼いころから父や母、兄からマナーマナー、淑女らしく淑女らしくと言われ続けたせいでひねくれてしまったのだ。

 そんな私にもちゃんと友人はいる。

 幼いころから家族ぐるみで交流がある、大家のご令嬢。

 初めて会った頃こそお嬢様口調の鼻持ちならない女だと思っていたが、初等部で彼女の生来の明るい髪色を陰湿にからかう奴らをとっちめる腕っぷしの強さを見せつけられてから、私はこの女に一目置くようになった。いまや大抵のことは相談しあえるマブだ。

 ……だった、はずなのだが。

「……あっ、あっ、暁! お前、なんだ、その、指輪は!」

「ふぇ?」


 9が付く日はクレープが安い。

 いや、値段がどうこうというものでもない。これは老若男女、誰もが喜ぶ月3回のイベントなのだ。

 下校途中の買い食いは禁止になっているのだが、クレープの日だけはわりとうちの学校の生徒も人目をはばからず店に並んでいる。

 例にもれず私たちもクレープを食べに来たのだが。


 チョコバナナアイスクレープに大胆にかぶりつこうとしている親友が、食べるときの邪魔にならぬようサイドの髪をかき上げたときにたまたま胸元に下りてきたアクセサリーを発見してしまい、私は自分のクレープを思わずぎゅっと握ってしまった。


「はらやら(あらやだ)。ほへーはまにひたらいたたいへふなふひはは(お姉さまにいただいた大切な指輪が)」

 暁はもごもごと口を動かしながら指輪を服の下にしまう。

 いや令嬢、食べながらしゃべるなよ。

「え、てかなにさっきのおしゃれな指輪。しかもちょっと高そうなやつ。待って、お前恋人とかできたの? いつ? えっ、いつ?」

「鹿角さん慌てすぎですわ。クレープの上に乗っているケーキが落ちそうですわ」

「やだーー! 落としたらお前のせいだからなー!」

 私は慌ててチーズケーキを口に入れた。


 本当はクレープを食べ終わったら早々に帰るつもりだったのだが、私はフードコートに居座ってこいつを尋問することにした。

「私が知らねえ間に誰だよお前に指輪渡したの。ペアリングとか言い出したら殺す」

「あらやだ鹿角さんたら。これはペアリングというよりもはや婚約指輪エンゲージリングですわ♡」

「死ね暁――――ッ」

 思わず手が出たが、暁は私のこぶしを難なく避けた上に私の脳天をチョップした。

「いたぁッ!」

 まじで痛い。泣きそう。こいつ剣道すげえ強いの自分でわかってる?

「大丈夫ですの?」

「大丈夫じゃないわい! なんだよぉ、私はお前のこと、マブ……親友だと思ってたのにさあ! なんの相談もないままいつの間にか結婚しやがってよー!」

 やば。普通に涙が出てきた。

「鹿角さん⁉ 私まだ結婚はしていませんわよ⁉ 婚姻年齢改正されちゃいましたしね⁉」

 そういやそうだった。

 少し取り乱してしまったが、私がショックなのは親友が知らない間にどこの誰とも知らぬ馬の骨と指輪を交わすぐらい親しくなってたことだよ! 暁とはそれこそ初等部から中等部まで、わりかしずっと一緒にいたが、全然そんな素振りなかったのに!

「じゃあせめて紹介しろよ! どんな奴なんだよ! いっぺん会わせろ!」

「え。いやですわ」

 即答だった。

 この女、まじで今日絶交していいかな。

「なんでだよーーーー」

「だってお姉さま、今繁忙期で忙しいんですもの。邪魔するわけにはいきませんわ」

 ん? お姉さま? 男じゃないのか。

「しかも年上? 繁忙期って、もしかして社会人……?」

 ようやくぼんやりと見えてきた暁の相手の輪郭。しかもかなり想像の斜め上をいってる。

 暁の顔が少々赤くなりはじめた。

「ぐぅ、お姉さまのことはあまり外で話さないようにしようと思っていましたのに、一旦バレると滅茶苦茶話したくなってきましたわ……!」

 ……あ、これ、暁の親御さんも知らない系? こいつのお父さんマジでこいつのこと大事にしてるのにな。こんな若さで娘が結婚相手決めてるって知ったら、私だったらどうだろ。うん、泣くな。

「聞いてくださる鹿角さん、先日のお姉さまったら通話越しでも滅茶苦茶格好よくて……」

「やだ」

「なんでですのーーーー」

 今度は暁が叫ぶ番だった。

「うそうそ。聞くよ。どんな人なん?」

 私がそう言うと、暁はぱっと瞳を輝かせた。こいつのこういう単純なところが好きなんだよな。

 

 正直言うと、暁の話はかなり断片的かつ抽象的だった。

 その『お姉さま』とやらとの出会いの経緯も、ちゃんと聞いていてもよく理解できなかったんだけども、その人のことを話している彼女は、馬鹿みたいに嬉しそうで、話を聞いているこっちまで思わず嬉しくなってしまった。


「なりゆきでしたけど、親友の鹿角さんにお姉さまのことをお話しできて良かったですわ」

 帰り際、暁がそう言ってくれたので、絶交はなしにした。

「今度から、鹿角さんには憚りなくお姉さまのことをお話できますしね~~」

 やっぱ絶交かな。

 私にそういう相手がいない今、のろけ話ばっかりは流石にやめてほしい。

「あ、そういえばさあ、気になってたんだけどそのお姉さまって何歳上なん? 社会人ってことは、6~7ぐらい?」

「いやですわ鹿角さん。愛に年齢は関係ないんですわ。ごきげんよう」

 そう言って、暁はにこにことしたまま手を振った。


 あの様子じゃ、思ったより年齢差があるっぽいなとは思ったが、まさかひと回り以上離れてるとは思わなかったんだよな。

 そのことは、暁自身は全然気にしていなかったそうなんだけど、当のお姉さまとやらが一番気にしてたって話は、また別の機会に。

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