ポスティングの謎~岡部警部シリーズ~

柿崎零華

第1話~事件編~

夜中、俺〈黒潮達夫〉は、地図とライトを頼りに一軒ずつチラシを配っている。


警備会社「ソニックパワー」の社長を務めている俺は、毎回チラシ配り、所謂ポスティングを欠かさず行っている。


新聞の折り込みにもチラシを入れているのだが、現在、この世の中は新聞不況の時代に既に突入しているため、意味のない部分もあるのだ。


そのため、直接家のポストに投函することによって、仕事を得ていることが多いのだ。


配布時間はいつもこの時間ではなく、早朝に配っているため、夜中に歩いているのがなんだか新鮮に感じた。


真っ暗な道に、風の音しかないこの不気味な雰囲気を感じるのは、俺は無縁の世界だと思っていたが、いざ味わってみると、なんだか俺の性に合っている気がした。


この地区は世田谷西エリアであり、かなり住宅街が多いイメージだ。


そのため、ライトで地図を照らしながらも音を立てずにゆっくりとチラシを入れている。


音を立てて、自分の存在がバレれば、あの計画は水の泡になってしまうのだ。


それを心掛けながらも、一軒一軒にチラシを配り続けた。


地図の半分以上を配った時に、俺は一旦配布を終了することにした。


後は早朝に配ることにしよう。


そう思い、スタート地点の駐車場へと戻り、車に乗った。


小さくため息をしながらも、タバコを一本吸いながら、休憩を取り、エンジンを付けた。


時間は午前二時。


完璧だと思いながらも、アクセルを踏んでからその場を離れた。




翌日、早朝。


俺はいつも通り出社をすると、既に女性秘書の〈川口〉が出社しており、俺に近づいて来てから


「社長。新規の顧客が入りました」


「どこだ」


「世田谷南エリアです」


「もしかして、ポスティングのチラシか?」


「そうです。チラシを見て連絡してくれたみたいです」


「了解。そこには〈上田〉を行かせてくれ」


「分かりました」


俺の警備システムは日本一だ。


特に最新機種である防犯システムは、ドアを開けただけで記録が残り、人体センサーで誰が入ったかを特定できるものだ。


それどころか、不審者が入ってきた際は、即提携を結んでいる防犯センターに連絡が入り、警察とも連携を取っているため、五分以内に駆け付け、逮捕できるのだ。


独自のAIシステムも導入しているため、入居者の顔や年齢や親戚状況も確認できるため、玄関先などでトラブルが起きたとしても、AIが録画しているため、すぐに解決が出来るのだ。


俺はそのシステムを作った現在の最高顧問・佐々木には感謝をしても仕切れないのだ。


俺はしばらく準備をしてから、重いバックを持ち上げ


「それじゃ行ってくる」


「今日は世田谷の西でしたよね」


「そうだ。大体十一時ぐらいには帰って来る」


「分かりました」


「あとはよろしく」


そう言って部屋を後にした。


バックに入っているチラシの量はおよそ二百枚。


普段の枚数より半分以下の数字だ。


アリバイ作りには最適の数字なのだ。


俺は車に乗り込んでから、携帯を取り出し電話をかけた。


「もしもし、俺だ」


すると電話の奥から女性の声が聞こえ


「ねぇ、本当に今日来るの?」


「あぁ、十時ぐらいには行けそうだ」


「仕事は?」


「大丈夫だ。何とかなる」


「了解。じゃあ裏口のドア空けとくね」


「ありがとう」


そう言って電話を切った。


俺は家族がいる。


二十年前に結婚し、高校生の娘二人がいる。


妻にも子供にも恵まれた俺は何とも言うことはない。


だが、今の声は妻の声ではない。


所謂愛人だ。


幸せな家庭生活も、今では泥沼化しており、妻は一切俺に対して口を利いてくれないのだ。


それのどこが幸せな家庭生活なのか、俺には一切理解が出来ないのだ。


そんなある日、取引先でたまたま今の愛人である〈優紀〉と出会い、交際へと発展した。


そこから本当の幸せを掴み、もう元の家族に頼らない生活を送ろうとしていたのだが、優紀はとても傲慢だ。


俺が社長だからと良いことに、毎回金の請求ばかりをし、挙句にはタイミングもまだ決まっていない妻との離婚も強制してくる。


俺にとってはとても耐えられないのだ。


だからこそ、俺は優紀を殺害する計画を半年前に立てたのだ。


あいつを亡き者にすれば、俺もこんな窮屈な生活を送らなくても済む。


あいつに振り回される人生はごめんなのだ。


そう思い、少し微笑みを浮かべながらも、昨日夜中に配った地図を確認し、昨日とは別のスタート地点からポスティングを始めることにした。




午前九時半。


大体のチラシを配り、残り十枚の時点で俺は車に戻った。


ここからが本当の本番だ。


アリバイもバッチしであり、俺はあいつを殺害している時間はポスティングをしていることになる。


そのために、あえて早朝を選んでおり、昨日の夜中にも半分以上を配ったのだ。


早朝に配っているルーティンだといえば、大体の家の人間は朝早くにチラシを見るため、辻褄が合うのだ。


そのために誰にも見られないように玄関先に誰かがいたとすれば、別のルートを選び、あえて見られないことを選んだ。


そうすれば、大体の都合が合うのだ。


俺はすぐにタバコを取り出し、一本に火を付けてから、携帯を取り出して電話をかけた。


「もしもし俺だ」


「もうすぐ来るの?」


「あぁ、センサーは切ったか?」


「もちろんよ」


「分かった。これから向かう」


そう言って電話を切った。


タバコを一息ふかしてから、俺はため息をした。


本当にこれで良いのだろうか。


これから俺が起こすことはただの殺人であり、普通に犯罪だ。


これがバレれば、俺の会社は一瞬で終わる。


警備会社の社長が殺人なんてシャレにもならない。


タバコを吸いながらも考えてから、やはりこれからの人生、変わるのを待つより、俺が変えるしかないのだと思い、タバコを灰皿に捨ててから、アクセルを踏み始めた。




しばらく走らせてから目的地近くまで着き、人目のつかない小さな駐車場に車を置き、ゆっくりと降りた。


周りには二台ほど車が停まっており、どれもが新しく見えるため、ここに置いたとしても何もおかしなことはない。


俺はそのまま小走りになりながらも、優紀宅の裏口ドアを開けて中に入った。


センサーが作動しないようにあえて電源を切っているのが一目でわかった。


俺が指示したとはいえ、簡単に引っかかる優紀も優紀だなと、内心薄ら笑いを浮かべながらも、リビングに向かった。


ソファに座ると、俺は開口一番に


「離婚の件だが、もう少し待ってくれないか」


優紀はコップを持ちながら俺の方を向いて


「私、どれだけ待ったと思っているの。もう待てないんだけど」


「今の時点で妻に話したら、必ず不倫を疑われる」


「でもさ。もう奥さんとは何も話してないんでしょ? だったら不倫とか言われないんじゃない?」


「だがな」


「言っておくけど、あなたには私と結婚する義務はあるわ。あなたから誘ってきたからね」


「・・・」


それは何も言い返すことが出来ない。


確かに結婚しようと投げかけたのは俺だ。


あの時は優紀に対して愛情を持っており、とても好意を持っていた。


だが、それは既に過去の話だ。


未来の方に進むにつれて気持ちも何もかも変わることだってあるのだ。


だが、ここでそれを伝えたとしても火に油を注ぐことになるため、余計なことは言わなかった。


俺はテーブルの上に置いてあるチラシを目だけ通しながらも


「どこか売りに出されてるのか?」


「あぁ、それは二丁目の方よ。空き家でも結構綺麗みたいだから売りに出されているみたいよ」


「そうか」


二丁目は丁度〈世田谷西エリア〉の方だ。


確かにあの地域は住宅街だが、かなり空き家や更地にした土地が多いイメージだ。


優紀が何かを探しながらも


「あのさ、どうせ慰謝料とかでビビってるんでしょ?」


「そんなことはない」


「でも、私はびた一文払うつもりないからね。あの女のために金を払うつもりなんかこれっぽちもないから」


俺は小さく舌打ちをした。


このまま優紀の好き勝手には言わせない。


俺はすぐにバックからサイレンサー付きの拳銃を取り出して、優紀に向けた。


銃口を見た優紀は、目を見開きながらも腰を付かせた。


「な、何よ」


「もう限界だ。俺を頼むから苦しめないでくれ」


「何よそれ、自分勝手よ」


「勝手にほざいていろ」


そう言って引き金を弾いた。


小さくて一瞬の音が鳴り、頭を撃たれた優紀は倒れ込んだ。


すぐに俺との痕跡を消すため、バックに写真や手紙などを詰め込んだ。


俺はつい思ったのだが、手紙を取っておくほうがおかしい。


妻とも文通交際はしていたのだが、その手紙はとっくの前に燃やした。


手紙を持っていたとしても所詮、ただの思い出作り。


取っている方が俺は無意味だと思ってしまうのだ。


俺はカバンを持ち、センサーをオンにしてから外から裏口のドアを閉め、持っていた合鍵から鍵をかけた。


そのまますぐに駆け足で車に戻り、エンジンを付けてから携帯を持ち、電話をかけた。


相手は秘書であり、ツーコール以内に出たため


「俺だ。今ポスティングが終わったから会社に戻る」


「分かりました」


「何か進展はあったか?」


「はい。先ほど泉谷課長から連絡がありまして、新たな詐欺が流行っているため、それの防犯システムについて会議をしたいと」


「分かった。すぐに帰る」


そう言って電話を切った。


泉谷は世田谷中央警察署の生活安全課長であり、俺の防犯システムをとても気に入ってくれている人だ。


彼のおかげで、警察のPRにも何度か呼ばれている。


詐欺の防犯対策として恐らく依頼したいのだろう。


俺はその対案を考えながらもアクセルを付けて、すぐにその場を離れることにした。



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