色は匂えど散りぬるを【改訂版】

ヒノエンヤ

第1話…彩葉



 彩葉(いろは)と連絡が取れない……。

 新しい年を迎えて、ようやく暦的にも気持ち的にも落ち着いてきた二月。一年で一番寒い時期なので、風邪でも引いたのだろうかと、未弥(みや)は心配になった。正月明けのイベントで会った時には、少し疲れた顔を見せてはいたが、元気そうに笑っていたのに。


(……まぁ、いつも通りといえば、そうなんだけど……)

 いつも、時間が足りないと口癖のように言っている彩葉。イベント後には力尽きて、よく寝込んでしまっているのも知っている。

 そこそこ混んでいる通勤電車で、つり革を握り直しながらスマートフォンを片手に未弥は眉をひそめた。隣に立っていた未弥より頭半分背の高い中年男性が、申し訳なさそうな表情をしたのを視界に捉えて、違うんです、あなたのせいじゃないんです、と言いたい言葉を飲み込んだ。


 学生時代からの友人、彩葉との付き合いは十五年ほどになる。

 出会いは中学生の頃。同じクラスの、どちらかというと温和しいグループに属していた未弥と彩葉は、本や漫画が好きという共通点で一気に仲良くなった。お互い少ないお小遣いで買った本を貸し借りしたり、図書館に通って並んで本を読んだりした。


 高校は別々の学校に通うことになったが、同じ駅を使っていたので、バスターミナルの外れのベンチで週の半分は顔を合わせ、時間も忘れて語り合っていた。放課後の楽しくてたまらなかった時間。二人で会うことを「逢い引き」と呼んでは笑い合っていた日々。


 ある日、いつもの「逢い引き」中に、緊張した面持ちの彩葉が未弥に打ち明けた。

「小説を書いてみたの……読んでもらってもいいかな?」

 A4サイズの分厚い封筒を、カバンからちらりと見せられた。

「できたら、できたらでいいから感想がほしい。好きとか嫌いとか、そんなのでもいいから」

 あの時の彩葉の必死な表情を、未弥は鮮やかに思い出せる。



 未弥は彩葉の書く小説が好きだった。

 彼女の描く世界とオリジナルのキャラクターは、未弥を夢中にさせた。趣味が似通っているだけでは説明ができない、引きつけられる魅力が彩葉の作品にはあった。雑談で未弥が大好きなキャラクターがこの先の展開で死んでしまうと知ったとき、未弥は思わずボロボロと涙を流し、彩葉を慌てさせた。


 少し落ち着いて謝る未弥に、彩葉もなぜか涙ぐみながら、

「私の作ったキャラが、そんなに愛してもらえて幸せだよ……本当に。ありがとう、ありがとうね」

とお礼を言われた。目を赤くしながら、幸せそうにはにかむ彩葉の表情が忘れられない。


 それから彩葉は小説を書き上げると、ゲラの状態で未弥に真っ先に読ませてくれるようになった。視線を感じた未弥がふと紙束から目を上げると、彩葉は未弥の反応を頬を紅潮させつつ見つめていた。



彩葉は三月のイベント合わせで新刊を予定していて、そろそろ原稿が上がってくる頃だった。

なのに、連絡がない。


 気になりながらも忙しいのだろうと連絡を控えていたが、我慢できなくなって陣中見舞いのLINEを入れてみた。

 返事はなかった。

『大丈夫?倒れてない?』

 まさかね、と思いながら入れたLINEにも、返事はなかった。


 通話も繋がらず折り返しもなく、迷いに迷って未弥が彩葉の家に電話したのは、彩葉と連絡が取れなくなった五日後だった。


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