第5話 黒騎士は姫を押し付けたい





「……」


 結局、獣人王カプカの領地まで来てしまった。


 カプカの屋敷の豪華な応接室の中。俺の腕の中にあるお姫様は俺のマントを口にくわえて吸っていて、それをカプカの屋敷の執事が恐る恐る見ていた。

 いつものように黒騎士として威厳のある場面を演出しようとしたが、これでは何の意味もない。いや、怯えているようには見えるけど、いつもとちょっと違う感じというか。まったく、このお姫様はムードを壊すのに才能があるようだ。

 いや、これは赤ちゃんならみんなそうなのかな?


 本音を言うと姫の口の中に入っているマントを今すぐにでも取り出したかった。しかし前世の記憶によると、子供は噛んでいるものを取り上げられると大泣きするらしい。


 それは困る。とても困る。メイド長がいない以上、大声で泣くベベをうまくなだめる自信が俺にはまったくないのだ。


 ……他の方法を使うべきか。


 しばらく考えた俺は、姿勢を変えるふりをしてマントを広げ、何事もなかったかのように姫を隠した。

 

 よし、これでムードはひとまず整ったか。


 腕に抱かれている子供を隠しただけだが、それだけでも結構雰囲気がマシになった。


 俺は胸の真ん中で両手を組み、この屋敷の執事に言った。


「ふむ。それで。カプカ・タイガーが不在たと」

「は、はい! 急用ができてしばらくお帰りにならないとのことでして……」


 カプカの専属執事が額に流れる冷や汗をハンカチで拭きながら頭を下げた。

 奪命王という異名を持つ俺を一人で相手にするのはかなり負担なようだ。


 うう。それにしても執事さんが立派な中年の姿で、ちょっと良心が痛む。年寄りをいじめる気分!


 力こそが権力であるこの魔界において、四天王の一人である俺の権威は、魔王の次に素晴らしい。人間の国の公爵と同格とでも言うべきか。

 そんな国の偉い人に言うことが、自分の主人が屋敷を留守にしてるってことなんだから。 より怖さが増すのだろう。

 しかも他の四天王と比べても、俺の噂には余計に凶悪なところがあるし。

 もしこの状況で俺と堂々と会話ができるようなら、執事は執事ではなく、どこかの騎士団長を務めているはずだ。というか俺が欲しい。 人材はいつでも貴重なんだから。 特に俺を怖がらない人材はね。


 とにかくそういうことだから、心だけでも謝っておきます! ううッ、ごめんなさい! 怖がらせるつもりはないんですけど。 俺も本性を見せないように必死だから。緊張しなくていいと慰めることはできないんですよ。マジごめん。


 それにしても困ったな。ただ用事があって会議に参加しなかったのかと思ったが、まさか屋敷にもいないなんて。


「……目的地は?」

「そ、その、聞く間もなく出て行ってしまいましたので……申し訳ありません!!」

「……」


 くっ!!

 場所さえわかれば、直接行ってお願いするつもりだったのに。場所もわからないなんて。くそー。

 

 はあ、本当にどうしようかな。

 

 一人で静かに悩んでいると、執事がオドルオドル話しかけてきた。


「あ、あの、奪命王様。もしよろしければ、伝言でも残しますか? ご主人様がお戻りになったら、必ずお伝えしますので」

「……もういい」


 伝言なんて残せるわけないだろ! 俺、この仕事できないから代わりにやってくれないか? 伊達で百年近く奪命王やってるわけじゃないんだ。そんなキャラ崩壊なことできるわけないだろ!!?


 くっ。ちくしょう……!!!


「……戻ったら知らせ」

「は、はい! 必ずお知らせします!!」


 俺は深く頭を下げる執事を残して屋敷を出た。


 さて、これからどうしようかなぁ。


 普段、あまり屋敷を空けないカプカだが、一度留守にすると、短ければ数日、長ければ1ヶ月以上帰ってこないこともある。

 なので残念ながら、その間は俺がこの小さなお姫様の世話をし続けなくちゃならない、と言うわけだが。

 早くも胃が痛い。


「ぴゅぅーー♥」


 眉間を押さえていると、懐にいるお姫様が可愛い声で喃語を言った。


「お前は心配なんかなくていいな」


 黄色いダイヤのような瞳をキラキラと輝かせながら笑う姿を見ていると、こちらまで元気になるような気がした。

 錯覚だろうけど。

 まあ、でも次に何をするか思いついたので、いいことにしよう。


「よし! とりあえず、ハンスの店二でも行ってみるか」


 ベベについてあれこれ聞きたいこともあるし、もしかしたら少し助けてもらえるかもしれないからな。


「あ、行く前にこの息苦しい鎧を脱がないとな」


 俺はカプカの屋敷から十数分離れたところで、ベベをそっと置いて鎧を脱ぎ始めた。

 黒騎士の特徴とも言える黒くて派手な鎧を脱ぎ、武器を外すと、鎧の内側に着ていた軽いスーツが現れた。

 白いシャツに飾り気のない黒いベスト、黒いズボン。どこからどう見ても普通の事務職にしか見えない服装。

 黒騎士の仕事をするとき以外は、俺は基本この格好だ。


「この姿なら人の視線を気にしなくていいから、楽なんだよな」


 俺は脱いだ鎧と剣をマジックバッグに入れながらそうつぶやいた。

 この格好で街を歩くと、みんなどこかの商店街の店員が歩いていると勘違いしてくれる。おかげで肩の力を抜いて動けるのが嬉しい。


「さて、鎧も脱いだ事だし。そろそろ行くか。ベベ姫」

「ぴゅぅ♥」


 俺は楽しいそうに答えるベベを抱きしめ、次の目的地であるハンスの店へと足を運んだ。






 そうしてやってきたハンスの店だがーー。


「ハアアアンナアアアアーーーーーー!!!! 許してくれええええーーーー!!!!!!」


 良い歳のな大人が羊の角が生えている小さなお嬢さんにぶら下がって大泣きしていた。とてもシュールな風景だ。でもこれがこの家の普通の日常風景でもある。ちなみにあそこで大泣きしているおじさんが俺が会おうと思っていた店主のハンスで、そのハンスに捕まっているのがハンスの娘のハンナだ。


「今日はまた何をやらかしたんだ、ハンス」

「ああっ!! ナイトー!! いいタイミングで!! お願い!! ハンナを止めてくれ!! ハンナが俺の収集品を捨てようとするんだ~~~~~!!!!」


 ハンスが俺の仮名を呼びながらしがみついた。

そうだ。仮名だ。あの重い黒騎士の鎧を脱いだ俺は、「ナイト」という名の普通の下級魔族として認識されている。

 ……道を歩くだけで気絶する人が出ない日常。やっぱりメッチャ大切。(泣)


 それにしてもこれはいつものあれか。

 雑貨屋のオーナーであるハンスだが、彼はものすごいコレクターでもある。それも普通のコレクターではなく、お店で売ると言って絶対に売れないようなものも買ってしまうオタクコレクターだ。

 でもその中にたまに使えるものが混ざってることもあって、全部捨てるわけにもいかないんだよねー。

 一度見てみようか。


「とりあえず物を見せてくれ」

「ああ! わかった! ハ、ハンナ! そういうことだから、それをナイトに渡してくれ」


 目元に涙を溜めたハンスが哀れな目でハンナを見上げた。

 すると俺とハンスの顔を交互に見たハンナは、どうしようもないという表情で手に持っていたものを俺に差し出した。


「はあー。必要ないものなら、はっきり断ってくださいね」

「ああ、わかった」


 どれどれ、これは……。

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