第25話 見知らぬ美女
昼休みの終わり際。
教室で自席に座っていると、一人の女子生徒が俺のいる一年三組の教室へ入ってきた。
その女子生徒、俺は見たことがなかった。だから、きっと誰か友達を訪ねてきたんだろうと俺は思った。
俺は無意識のうちその女子を目で追ってしまっていたんだけど、彼女は何を思ったのか最前列の中央席、幽の席に座った。
そしてなぜかその子は、口を半開きにしている俺のほうへ顔だけ向けてジトっとした流し目になる。放たれる気配は闇属性を帯びた完全なる
だって、外観は一軍女子に手が届きそうなほどに可愛いんだ。こんな子がいたら忘れるはずはない。
毛先を遊ばせたセミロングで、目だって大きいし、丸顔気味の顔は愛嬌があって。
そういや幽も丸顔だったな。メガネをとったところを見た記憶はないが、背格好も似ているような気が……
……え。まさか。
その子は、スッと立ち上がると動揺する俺のほうへ近寄ってきた。
そして、一言。
「かずくん。あたし、コンタクトレンズにしてみました。髪型も、
「ゆ、幽!?」
「はい」
そうか。幽はかなり目が悪くて厚めのレンズをはめ込んだメガネを掛けていたから、周りから見ると目がちっちゃく見えていたんだ!
確かにコンタクトにすれば目は大きく見えるだろうし印象は変わるだろう。でも、ここまでの変貌ぶりはさすがに幼馴染の俺ですら予見不可能だよ……。
今、安藤一派は教室にはいなかったが、その他大勢の教室に残っているクラスメイトたちから漏れる声は、次のようなものだった。
──ダイヤモンドの原石だったんだ……。
呆気に取られる俺の前で、幽は話を続ける。
「これで、六原さんのこと諦めもつくよね」
「はい?」
「彼女はもう必要ない。可愛い彼女が欲しいなら今のあたしで十分なはず。だから、」
「ちょ、ちょっとちょっと。こっち来て」
いつものようなボソボソ声で、至って真面目な顔でとんでもない妄言をほざかれた。また教室中の注目を浴びた俺は、幽の手を引っ張りながら慌てて教室から連れ出した。
◾️ ◾️ ◾️
「ほぉ、馬子にも衣装じゃな!」
「馬鹿にしてますか?」
言葉の意味を間違えているらしいミココは、幽を褒めたつもりでディスっている。
なので、幽は間髪入れずにこう吠えた。
俺たちが今どこにいるかというと、またもや俺の家だ。
「俺たち」とは誰のことを指すのか? それは、俺と、ミココと、幽と、一乗寺と、なぜか中野。
中野はバド部なのに謎についてこようとする。「練習をサボるのか」と言ってやったら「恩を返す義理がある」とか訳の分からんことを言い返してきた。もう報酬は貰ってるからいいんだよ馬鹿。
一乗寺はまたスタッフを三人も連れてきていた。六畳しかない俺の部屋へぎゅうぎゅうになって入ろうとしたので、もちろんこいつらは総員リビング送りにしてやった。
「イメチェン成功じゃぞ幽。うちの心霊探偵事務所の美人助手としてどうじゃ」
「えっ。美人……」
一瞬にして
話を正規路線へ戻すために俺は慌てて口を挟む。このグループにいると、俺の役割は話を戻す役に固定だ。
「だいたいよ、なんでまた俺んちに集まるんだ」
「居心地が良いじゃろ」
「あたしは何度でもかずくんの部屋に来たいです。かずくんの匂いが充満していて体が喜びます。こいつらのことはすこぶる邪魔だけど」
「僕は仕事に有益な場所を望んでいる。そういう意味でこの場所は興味深いし特に反対意見はない」
「俺も
中野は本棚に置いてある漫画を漁り始め、一乗寺はHMDを装着したまま俺の部屋どころか家中を歩き回り、幽は俺の机の引き出しを勝手に開けて物色しはじめた。
とりあえずエロ漫画・エロ動画はスマホで見る時代。古き良きエロ本の
だから俺は慌てることなく心を落ち着けて傍観していた。
俺は座り込み、父ちゃんが出してくれたコーヒーに口をつける。
同じくミココも背の低い丸テーブルを挟んで座り、コーヒーカップを手に取った。
「それでな、イッポー。『面白い話』の続きじゃが」
「それは俺がまだ心霊現象を認めていないことが前提の話か?」
「もちろんじゃ。次の話でうぬにとどめを刺してやろうと思うてな。霊を目の当たりにしても心が折れんとは、それはそれで見込みが……ってか、よう考えたら、うぬが認めようが認めまいが霊がおることは証明したじゃろ! 認めるかどうかはうぬの問題であって、霊を証明したのに我が探偵事務所に入っとらんわけじゃから、うぬは儂との約束を
「証明してねーよ! あれは夢だ!」
「あくまでも
「やめて」
念のために言っておくと、ミココは冗談半分で霊の話をしているわけじゃない。
もちろん、本気と分かれば常識的な人間は
いくら考えてもこんな奴のことなど理解できないのは分かってる。
俺は俺。ミココはミココ。こいつは謎の自信を見せて「分かり合える」などと豪語していたが、進む道が真逆である限り俺たちが分かり合える日など訪れることは決して無い。
では、なぜミココは俺に付きまとうのか。
たかだかネットで出会っただけの存在だ。ちょっとゲームで気が合ったからといって、ここまで俺に絡む理由がわからない。
見た目に関しては俺だって悪くはないと思うが、実際に並べばこいつと釣り合っていないのは一目瞭然だ。なにせ学校のアイドルなんだから。
気に食わないのは、ミココの目的を探るヒントが何かないかと考えれば考えるほど、答えが一点に収束していくことだった。
こいつが最初から一貫して望んでいるのは、霊の存在を俺に信じさせること。
ミココは、ずっとそれだけを望んでる。常に装っている「のじゃっ娘」をやめてまで主張するミココの様子に嘘偽りはないと感じたんだ。
初めて会った日も、そして昨日も、俺に向けられた真っ直ぐな視線が頭から離れない。結局俺は、ミココのことを考えれば考えるほど、
「それでな、イッポー。『面白い話』の続きじゃが」
「ごめん。俺が話をそらしてたよね。そういや授業中からそんな話をしようとしていた気が」
「よい。今後気をつけろ」
「……はい」
「空沼のことじゃが」
「はぁ。それがどうしたの。葬式にでも参列してきたのかよ」
「高橋、上田、山崎の三人に、空沼のことについて聴取してきたんじゃ」
「なんでまた」
「もちろん、この学校で交通事故死が二連発で続いたことに不信感を抱いた儂の勘じゃ」
「交通事故なんて珍しくもないだろ。毎年すげー数の人間が死んでんだぞ全国的に」
「しかし高木は霊に関係しておった」
「それを言うなら関係してた奴は大勢いたろ。部員みんなで缶蹴りをしてたんだから」
「無論じゃ。じゃが、儂らは心霊探偵事務所の探偵とその助手じゃぞ? うぬはもっと自覚を持ち、霊に対して感性と注意力を磨かねばならん」
「入ってません、その事務所」
「もうすぐ入るのじゃから一緒──」
「そんで?」
言い終わりへ被せるようにして無理やり話を流すと、ミココは「むぅ」と口を尖らせた。
超一軍女子の顔でその仕草すんな。攻撃力たけーんだよ。
「高木の話はまた後でする。とりあえずな、仮に霊が干渉しているとすれば必ず空沼の様子におかしいところがあったはずじゃ。じゃから、悪ガキ三名に、最近の空沼の様子で何かおかしいところはないかと尋ねてみたんじゃ」
「ほう。なんかちょっとホントに探偵みたいだな。ボランティアの割に」
「本物の心霊探偵じゃ! これまでも心霊事件をちゃんと解決しとる! 金を
「はいはい、そうですか」
ミココはまた口を尖らす。
イライラしてそうな印象を受けたので、俺はここらでやめておく。機嫌を損ねでもしたら厄介だ。
とりあえず、俺は話の先を促した。
「それで?」
「…………」
以前として口を尖らせ、無言のままの仙人様。
心霊探偵業を軽く見られたので怒ったのだろうか。どうやらヘソを曲げてしまったらしい。
俺はここで、温存しておいた必殺のアイテムをテーブルの上にバン! と置いた。
それはチョコパイの箱。俺は箱の封を破って一つ取り出し、手のひらに置いてミココへ差し出す。それを険しい表情でじっと眺めていたミココは、数秒後にゆっくりと手に取り、丁寧に包装を破った。
もぐもぐもぐもぐ。
「一つ言っておくがな。儂がいつもいつもチョコパイでなんとかなると思い込んでおるならそれは途轍もない勘違いじゃ。……あれ? これ、プリンの味がする! わぁい」
なんとかなったようだ。のじゃっ娘の仮面が剥がれているから心が
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