第19話 缶蹴り鬼

 とりあえず、ファミレスでミーティングすることにした俺たちは四人テーブルに座って話し合っていた。

 もちろん、突拍子もないことを先陣切って口走ったのはミココ。


「あの霊を出現させる条件は、『缶蹴り』じゃ」


「……はい? なんでだよ」


「儂が読み取った結果じゃ、つべこべ抜かすな。さっき言うた通り、あの霊はいくらこの校舎を普通にうろついたところで出てきてはくれんからな」


「出てくるって……ドロドロドロー! ってか?」


 ミココが目を細める。


「うつけ者。うぬは、実は心霊現象を信じておるくせに信じておらんふりをしておるからの。ウザいからその演技はもうよいぞ」


「だっ、誰が! そんなこと言うなら、もう俺は二度と手伝わんからな!」


 横に座る中野が、俺の腕を掴んだ。

 すがるような目をして、腕をぶんぶん揺さぶってくる。


「さっきから聞いてると守勢もりせも霊に詳しそうじゃないか! 頼む、夏川と翔太をっ」


「あ──っっ、わかった、わかったよ!」


 必死すぎてもう俺にはどうすることもできない。

 やっぱり中野が納得するまで付き合ってやるしかないのか。まあ……部員たちも抜け殻になっているというし、放っておくのもどうかと思うが。

 しかしそうなると、霊と戦う作戦をみんなで考えないといけないんだけど。なんで霊を証明される立場の俺が霊を倒す算段をしなきゃならんの?

 はぁ……。


「あの。一ついいですか」


「いいぞ幽。話すがよい」


「下の名前で呼ばないでください。中野くんの話じゃ、この霊はあたしたちにも姿が見えるんですよね。六原りくはらさんが掴んだ『霊の手がかり』を霊に伝えて除霊する役目は、誰でもできるんですか? 缶蹴りの具合によっては、霊の近くへ行けるチャンスが誰に回ってくるか分からないし」


 思った以上にハキハキ喋った。

 ミココと中野に慣れてきたのか。


「良い質問じゃ。普通の人間では霊と交信できん。伝えるには、儂が一年二組にある例の机に触れながらサイコメトリーを発動する必要があるな」


「と、いうことは……」


「おそらく、缶蹴りを始めてすぐに心霊領域が展開されて儂らはそれに閉じ込められる。理想としては、儂が一年二組で例の机に手を触れながら、すぐそばに缶を置いた状態でゲームスタートしたいところ。じゃが、それでは霊は出て来てくれんじゃろう。すぐに祓われてしまうからな。

 じゃから儂らも、バド部と同じように中庭に缶を置いて缶蹴りを開始する。中野の話からして、霊はおそらく鬼をやろうとするはず。缶蹴りで遊んでいるつもりの霊を一年二組へうまく誘導し、おびき寄せてから祓うぞ。

 勝負は、心霊領域に閉じ込められた後、儂が一年二組へ無事たどり着けるかどうかじゃ。

 もちろん、霊に見つかって缶を踏まれながら名前を宣言されれば、田中翔太や夏川愛菜たちと同じく、儂らも魂を抜かれてしまう。言っておくが、儂は走るのは苦手じゃぞ」


「「「堂々と言うな!」」」


 とうとう夜の学校で霊と缶蹴りバトルを繰り広げることになってしまった。 

 でも……そんなにうまくいくのかな。

 今の話を聞いていて、少し不安な点もある。

 

「あのさ。誘導するって言っても、敵がそう簡単に乗ってくれる気がしないんだけど」


「なあイッポー、霊のことを『敵』と呼ぶのは良くないと思うのじゃが。もう少し愛が必要じゃよ」


「じゃあ何がいいんだよ」


「『怪異』とか、『霊』とか、『お化け』とか──」


「クスクス笑いながら提示するな。俺はまだ信じてねえって言ってんだろ」


「六原さん、話をそらさないでください。一方かずかたくん、どういうこと?」


「幽、話を戻してくれてありがとう。あのさ、ミココはうまく誘導するって言ってるけどゲーム形式は缶蹴りだろ。なら、敵は缶のところから動かないんじゃないのか。一年二組の近くまでおびき寄せる具体的方法はあるのかって話でさ」


「ねえ一方かずかたくん、ずっと思ってたんだけど、六原さんのことをミココって呼ぶのはやっぱりよくないと思うの。一方かずかたくんのことをイッポーって呼ぶのもそう。知り合ってまだいくらも経っていないあなたたちがそんな風に呼び合うのはあたし納得できません」


「お前も話そらさないでくれる?」


「待て。守勢もりせの言いたいことはわかった」


 文系女子二人のせいで迷走する作戦会議を、冷静な体育会系男子・中野がしっかりリードしようとする。

 真剣な顔をしているのはこいつ一人だ。俺は、中野がなんだか頼もしく思えてしまった。


「そうか。中野よ、俺の話をわかってくれてありがとう」


「おうよ。要は、缶蹴りじゃなくて鬼ごっこがしたいってことだな?」


「お前は真剣な顔で何を言ってんの? 出現条件は『缶蹴り』だって、ついさっきミココが言ったところだろっ」


「あ──っっ、またミココって言ったぁ! なら、あたしは一方かずかたくんのこと『かずくん』って呼ぶから!」


「あーもー、ダーマーレーっ」


 俺の怒号でようやくみんなが落ち着きを取り戻す。店内の注目を集めてしまったが、その甲斐もあってミココはようやく真剣な顔をして話し始めた。


「最初から鬼ごっこにしてしまうと、初球からガチで追いかけられてしまうじゃろ。そうなると一年二組まで逃げ切るのは恐らく難しい」


「最初から取り合ってませんがその案」


「じゃが、中野の案は半分正解じゃ」


「えっ」


「缶蹴りを始めると、霊からチャット型メールアプリで通知が届くんじゃろ。それへ『鬼ごっこがしたい』と返信するのじゃ。まず間違いなく乗ってくる」


 えぇ──……。じゃあ缶蹴りが出現条件だというさっきの話は何?

 そもそも缶蹴りをしないと霊が現れない理由もよく分からないし、もう深く考えても仕方がないのかもしれない。


「儂らの作戦を指示する。まず『缶蹴りを始める』と大声で宣言し、心霊領域に閉じ込められたら缶蹴りのルールに従って校舎へ隠れる。次に、あまり近づきすぎない程度に一年二組へ近づいておいて、チャット型メールアプリを使って『鬼ごっこがしたい』と要求。霊がその条件を飲んだら──」


「一直線に、三階にある一年二組へダッシュ、だな!」


 中野は、グーとパーにした手を胸の前でぶつけてパシン! と鳴らした。

 俺がやる気を無くしていくのと反比例して、なんだか中野が生き生きしている。


「もう俺には何が正しくて何が間違ってるのかよく分かんなくなってきた……。でもよ、鬼ごっこに変更したとして、一年二組に辿り着くまで逃げ切れるもんかな」


「そこじゃな問題は。中野の話では速いらしいが霊の速度がよく分からん。鬼ごっこへ種目変更する地点は、ゴールに近すぎればこちらの目的を察知されるし、遠すぎれば追いつかれるリスクが高い」


「俺に任せてくれ」


 中野がはっきりと言い切った。真剣な顔だ。


「部員たちを助けて欲しいってあんたらに頼んだのは俺だ。お化けが追いかけてきたら、まず俺が盾になってみんなを護る」


 まるで歴戦の勇者のようなことを口にする中野。やはりこいつは頼もしい奴だったようだ。

 すると次に幽が口を開く。


「じゃあ、不本意だけど次に盾になるのはあたしだね。六原さんを一年二組へ辿り着かせないとゲームクリアできないわけだし、あたしは、か、か、かずくん、を、護って死にたいし。なら、中野くんの次に犠牲になるのはあたししかいない。不本意だけど」  


 俺の名を愛称で呼ぶことに身をもだえさせて頬を染める。メガネの奥の瞳がビクビクしながらも俺とテーブルを行き来する。あたししかいない理由がぶっ飛んでいたがそこはもうツッコまないことにした。


「ところで中野よ、一つ気になることがある。缶蹴りの霊なんぞがこの学校におったのは儂も知らんかった。この霊は缶蹴りが行われん限り出現することはなかったわけじゃが、うぬらが缶蹴りを始めたきっかけは、確かうぬらの仲間の、え──……なんとかいう奴が、ネットの動画投稿サイトで缶蹴りを見たからじゃと言うておったな」


「……ああ、三年の高木さんって人だ。それがどうかしたか」


「今度その高木から話を聞きたいのじゃが、紹介してくれるか」


 ようやく元気を取り戻しつつあった中野は、また表情を暗くしてうつむいた。


「……高木さんは、死んだよ」


「死んだ?」


「ああ。あの日──缶蹴りをした日は土曜だったから、次の登校日の月曜のことだ。缶蹴りで捕まった奴らはみんな抜け殻みたいになってたけど、それでも登校はしてきてた。高木さんもあのとき捕まったんだけど、高木さんだけが登校してこなかったみたいなんだ。俺は、放課後になって部活の顧問から高木さんが亡くなったことを聞いた」


「死因はなんじゃ?」


「交通事故だって。あの缶蹴りとは関係ないんだけどな」


 空沼と同じだ。


 まあ……空沼の件と今回の「缶蹴り鬼」の件は関係ない。だから、空沼の死も高木の死もただの偶然、不慮の事故だ。

 そもそもそれが当たり前の考え方なのであって、こんなオカルト女に関わってしまったせいで俺の思考回路がバグっているだけなのだ。


 なのだが……。


 空沼の死は偶然かもしれないが、しかし高木の死には少しばかり疑問の余地がある気がしてしまう。

 だって、缶蹴り鬼に捕まった奴らが軒並み抜け殻となっている中、最初に缶蹴りをしたいと言い出した高木だけが死亡。

 単なる偶然だろうか? この点が気になってしまうのはむしろ論理的な人間である証拠なんじゃないかと俺は思うんだ。

 ということは──……


「なあミココ。これ、まさか言い出しっぺが缶蹴りで捕まったら死んじゃう、とかじゃないよな?」


「どうじゃろな。わからん」


 そうだとすると、次の缶蹴りで霊に捕まってしまえば、ミココが死亡することになるのだろうか。

 こんなこと考えてる時点で俺は頭がおかしくなっている。だけど、これってもっと慎重に考えたほうがいいんじゃないかと思えて仕方がない。きっと、母ちゃんが俺に余計なことを吹き込み続けたせいだ。


「なあ。ミココ、本当にやるのか」


 つい俺はそう尋ねていたが、ミココの答えは明確だった。

 こいつはいつものようにドヤ顔で答える。


「もちろんじゃろ。三度の飯より心霊現象、じゃ」


「そんなら報酬もらうなよ。むしろお前都合だろ」


「それはそれ、探偵事務所じゃから」


 冗談を交わしながらも、不安が心を端から侵食していく。

 そんな心地悪さを、俺は感じていた。



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