第14話 心霊現象の相談依頼

 ここ最近、休み時間に教室にいると、ろくでもないことが起こる気がしてならない。なぜなら、ミココが襲撃してくるからだ。

 今がまさにそうだった。俺はミココの様子から、怪異のことを所構わず話し始めそうなほど興奮状態であることを瞬時に見抜いた。


「イッポー! 聞け! 怪異の──」


「わああああああ!」


 俺は大声を張り上げながらすぐさま教室の外へと駆け出す。追いかけてくるミココを巧みに誘導し、階段のあたりまで連れて行ってから立ち止まった。


「はぁ、はぁ、なんで走るんじゃ」


「特に意味はない。話せ」


 膝に両手をついてゼイゼイ言っている。どうやらこいつ体力は無いらしい。これからはこうしよう。


 話を聞くと、とある生徒から相談を受けたという。

 その生徒は、中野なかの海斗かいとというバドミントン部の男子生徒。中野の相談を放課後に受ける予定になっているから、助手としてそこに同席しろという話だ。


「あのな。お前は心霊現象を証明するのに失敗したんだよ。もう終わりだ」


「チャンスが一回だけとは定めておらんかったじゃろう。うぬが信じるまで付きまとってお化け漬けにしてやるからな」


 こんなことを言われて授業に集中できるはずもなく。

 うわの空のまま一日を過ごし、放課後になる。


 なぜか俺から離れようとしないゆうを仕方なく連れていく羽目になり、そしてミココも一言の会話もないまま幽の同席を普通に受け入れる。結果、俺、ミココ、幽の三人で、中野の相談話を聞くことになった。

 俺たちは、ひとまず学校の校舎裏にある花壇のふちに中野を腰掛けさせ、落ち込んだ様子を見せる中野を囲んで、立ちながら話を聞くことにした。


「心霊現象以外に、考えられねーんだ!」


 俺は自然と険しい顔つきになっていたはずだ。もちろん、それは初対面の他人に対する中野の一言目がこの叫びだったから。正気の沙汰とは思えない。

 というか、まさに中野は正気じゃないのだ。こいつの顔は見るからに切羽詰まっていて、正常なメンタルなんてどこかへ置き忘れてきたような感じだった。

 幽も険しい顔つきになっていたが、こいつが何に対してこうなっているのか正直俺にはもうわからない。 


「最初から、順序立てて話すのじゃ」


「俺……もう、どうしていいか」


 頭を抱える中野は随分とショックを受けているようだった。まずは落ち着かせないと話を聞くどころじゃないか……と俺が考えていると、

 

「うぬはコーヒーが良いか? それとも紅茶か? ジュースか? まずは飲み物でも飲んで落ち着け」


 ミココがこう提案する。まあそれがいいだろう。

 なので俺は、ミココと出会ってから初めてこいつに感心していたんだけど。


「あ……微糖コーヒーを」


「そうか。イッポーは?」


「俺もコーヒーがいい。ブラックだ」


 俺がこう言った直後、ミココがなんの脈絡もなく満面の笑顔に。

 なんだなんだ!?


「儂もじゃ。気が合うのう、やはりうぬは──」


「それと助手は関係ねーぞ!」


「……ふん、冷たいのう。ちょっとくらい仲良うしようという気持ちはないのか。幽、うぬは何にする?」


「あたしのこと下の名前で呼ばないでください。六原りくはらさんにそう呼ばれる筋合いはありません。あたしも、ブラック……」


「無理すんな。お前はブラックなんて飲めねーだろ。ハチミツレモンティとかにしとけって」


 すると、こいつもまたミココみたいにぱあっと表情を明るくする。

 だから何なんだよお前らは!


「……うん! ありがとう一方かずかたくん! あたし、本当は苦いのは苦手なの。やっぱり一方くんは、あたしのことを考えてくれるんだ。嬉しい。ハチミツレモンティで」


「イッポー、買うてこい」


「え?」


 こいつ、俺をパシリにするために財布を投げてよこしやがった。

 あのなぁ……。どうしてそこまで俺のこと信用できんの?

 まだ出会ってそれほど経ってないんだよ? 俺のこと全然知らんだろ。ってか、仮に長い付き合いだったとしても財布なんて投げて渡すな馬鹿。

 とか何とか心の中でブツクサ言いながらも、つい黙って飲み物を買ってきてあげようとしてしまう俺。あくまで優しい心の表れであり、防戦に回っているわけではない。


 四人分買わないといけないからだと思うが、幽は俺についてきてくれた。

 学校の食堂の中にある自販機の前に立ち、ミココの財布をじっと見つめる。

 

 うーん……どうしよう。

 ついミココに言われるがまま持ってきてしまったが、人の財布をこうやって開けるのはなんか躊躇ためらわれるなぁ。

 すると、俺の隣で「ハアッ」とデッカいため息が。


「何悩んでるの? 早く買おうよ。まさか、渡されたからって六原さんの財布を勝手に開けて中身を漁ろうっていうんじゃないよね? そんなの最低だもんね。変態だもんね」


 幽が線のように目を細めて突然俺をすらすらディスり始める。さっきまで「嬉しい」とか言ってた奴の態度だとは思えない。何か怒っているのだろうか?

 まあ俺としても、そんなふうに思われるのは心外だったので、


「ばっ……なっ、何を馬鹿なこと言ってんの? 当然、自分で買おうと思ってたに決まってんじゃん!」


 結果、なぜか全員分を俺がおごる羽目に。

 不本意ながら千円札を入れる。ガシャガシャと大きな音を立てる自販機が、なんとなく気まずい空気を緩和してくれている気がした。


 しゃがみ込んでペットボトルを取り出そうとした幽は、立ち上がる前に、俺の顔を見上げる姿勢で固まった。言いたいことがあるけど言いません! って感じの顔だ。なんか気にさわるな。


「何だよ。言いたいことがあるなら言えよ」


「別に」


「ならそんな顔すんな」


一方かずかたくんには、健気けなげな乙女心をわかろうとする優しい気持ちはないのかなぁ……」


「なんで俺が悪者になってんだよ」

 

 戻る途中、幽は俺の一歩右斜め後ろを歩いていた。もしこれがミココだったら絶対に俺の前をどんどん勝手に歩いていくだろうなぁ……なんて意味不明なことを俺はつい思い浮かべてしまった。


 花壇の縁に腰掛けている中野とミココへ飲み物を渡し、冷たい缶コーヒーの蓋をパシッと爽やかな音で開封。ここは校舎の日陰だけど、真夏だから今日もかなりの暑さだ。勝手ににじみ出して垂れ落ちる汗が、制服を徐々に濡らしていく。


 コーヒーを口に含んだ中野は、精神状態が改善したらしい。

 俺たちへ順に視線を流して、それからまた肩を落とした。

 

「それは、部活の練習中に起こったんだ」


 中野は、やがてゆっくりと話し始めた。



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