第9話 こんなもの見せられても俺は信じねーぞ
空沼のケツを蹴っ飛ばして
ここでもチョコパイを出されて、
「ごめんね、ミココ。あたしに男を見る目がなかったばっかりに、ミココのことも、
手を口に当てて、正法さんは嗚咽を漏らした。
さっきまで大好きだったはずの彼。そんな彼が実は欲のまま女子を食い物にするクズだと知ったんだから、傷付かないはずはない。
「琴音は分かっていなくとも、琴音の
六原は正法さんを慰めようとしたんだと思うが、口にした言葉はやはりオカルトめいていた。
正法さんのばあちゃんは、もう一週間も前に亡くなっている。だから、こんなことを言われたら普通の人は「何言ってんの?」と思うはず。
だが、
「生前、空沼を婆様に会わせたことがあるじゃろう」
「うん。確かに、一度だけ家に連れてきたことがあるかな。おばあちゃん、『あの子はどういう子?』って気にかけてた」
「婆様の死後、ラップ現象はいつ出ておった? それは決まって、空沼と電話している時ではなかったか」
しばしの間、視線が宙を漂う。
過去の出来事に思いを
「……確かに」
「それがなんだってんだよ。非常識なことをいつまでも言いやがって!」
こいつの話の内容に見当がついていたからといって、怪異なんてものを本当に信じてるわけじゃない。いくら母ちゃんから話を聞いていたからって、俺だって実際に心霊現象なんて見たことはない。
だから俺はあえてこう叫んだ。科学的で常識的な結論へ、話を修正させなければと思って。
六原は、そんな俺へさらに非科学的で非常識な結論を
「ラップ現象の正体は琴音の婆様じゃ。婆様は死後、霊となったあとも空沼のことがどうしても気になり、奴に張り付いて様子を
琴音に危機が迫っておることを察知した婆様は、なんとかして琴音に知らせようとした。それが心霊現象の正体じゃ」
ソファーの肘掛けで頬杖を突きながら、パンツが見えそうなほどに短いスカートを履いているくせに大胆に足を組んで自信満々に言い切る六原。
この
「……何を、そんな、非常識な。それならどうしてばあちゃんの霊は、俺たちを驚かしたりしたんだよ? 空沼だけでいいじゃんか」
「霊は、それほど器用に自らの意思表示ができるとは限らんのでな。洗練された霊であるほど自らの力を
「もしかして、いつもはラップ音だけなのに、今日に限って目に見えるような霊が出たのは──」
正法さんは、ハッと思いついたように言う。
「ああ。おそらく、今日まさに空沼が目的を達成しようと
その場で言い返す適当な言葉が思い浮かばなかった。
あ────、もうっ!
「琴音の婆様は守護霊じゃから、このまま放置しても特に害はないじゃろう。じゃが、『霊となった経緯』と『名前』さえ分かれば、霊と交信ができる儂なら成仏させることができる。婆様が霊となった経緯は空沼が原因じゃろうから、あとは婆様の名前さえ教えてくれれば極楽へ送ってあげられると思うが、どうする」
正法さんは、元から幽霊のことを信じていたんだろうか。それとも、今、信じることにしたんだろうか。
幸せで作られたような笑みをこぼし、胸の前で両手をギュッと握りしめて、静かに首を縦に振った。
「うん。ありがとうミココ。おばあちゃんを、楽にしてあげて」
俺は木のテーブルを人差し指の先でトントンする。
正法さんは一般人。オカルトのことなんて話題の一つくらいにしか考えていない人間のはず。なのに、こんなふうにスッと霊を信じる様子に俺は納得がいかなかった。
「あの。それでさミココ、報酬はどうする?」
とうとうミココにつられて正法さんも意味不明な言葉を並べ始めたので、俺は話がどんどん進んじゃう前に六原へ問い正す。
「おい、報酬ってどういうことだよ」
「心霊探偵事務所を運営しとると言うたじゃろ。真相を解明し、事件を解決した報酬のことじゃ。じゃが、儂は金は
むしろそれのほうが怖いんだけど。
しかも後出しだ。何を言われるか分かったもんじゃない。
「そうじゃな……」
六原は、正法さんのばあちゃんの遺品である手紙を手に持ったまま、ソファーに座る正法さんの少し上の空間に視線を固定する。
どこ見てんだこいつ、と俺が
「仏壇へのお供えは、大吟醸の日本酒か生ビールを絶やさんようにしろ。発泡酒は厳禁じゃ」
正法さんは、口をぽかんと開けていた。
「えっと。でも、うちのおばあちゃんはお酒は飲まなかったよ?」
「先に向こうへ逝った爺様と晩酌がしたいらしい。うまい酒がないと、爺様とは話が弾まんそうじゃ。三途の川を渡っても、夫婦の仲は課題が多そうじゃな」
意表を突かれて見開いていた目は、すぐに温かく細められる。
涙で揺れる瞳には、空沼への未練はもう見られない。
正法さんは、カラカラと笑った。
「……はは。あははは! 確かに、そんな感じだったよー、ずっと二人は。あはは」
ばあちゃんの名前を教えてもらった六原は、遺品である手紙を胸の前に持ち、さっきと同じように正法さんの少し上の空間を見つめた。
「正法
俺には、何も見えやしない。
こんなことを言ったからって、霊が成仏したと証明されたわけでもない。それでも、正法さんが涙を落として泣き笑いしていたから。
まあそれでよしとしよう、と俺は思った。
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