第5話 父
致命傷。クリティカルヒットだ。
ニナミセの体は粉々になって残機を1消費し、女から離れたところで再度ステージに出現する。
ニナミセは一瞬の出来事に唖然とするも、すぐに意識を切り替えて女から一定の距離を保ち、剣を構える。
思えば女は手に持っていた武器を横に投げ捨てる際、かなり威力をつけて投げていた。
タイプの仕様として武器を投げる前提の攻撃が存在しない限り、このゲームでは武器が持ち主から一定の距離離れると自動で手元に戻ってくる仕様だ。
もちろん、投げられた武器にはダメージが発生しない。
女はそれを利用したようだった。
───こいつやはり相当の実力者だ
ニナミセは命がかかっている環境で普段プレイしているからこそ、この女は慎重に行動してくると思っていたが、武器を離して手ぶらで相手の懐に忍び込むというリスキーな攻撃をしてきたことに驚く。
この女が、今回は命がかかっていないからこのようなプレイをしてきたのだとニナミセは思いたかったが、そもそも、そんなことを気にするような者はスペースTERROR版のゲームなんてプレイしないだろう。
おそらく、この女は普段から命がかかっているという状況でも、こういった一瞬の隙をつく攻撃を行なっている。
むしろ、そういうプレイができなくては「裏」では生き残れることができないのかもしれない。
ニナミセは驚くと同時に、胸の高鳴りを感じた。
──やはり命をかけている者たちは違うな
ちょっぴり復讐をしてやるという当初の目的を忘れて、ニナミセは強敵との戦いを楽しみながら死なぬように残りの制限時間を立ち回った。
制限時間が経過し、ゲームが終了する。
試合は女の勝利で終わった。
「嘘・・・・」
シルルや赤シャツ大柄の男、痩せがら眼鏡の男、いつもの酒場のメンバーたちはニナミセが負けたことに驚愕する。
あのニナミセが防戦を一方的に強いられて負けたのだ。
「・・・なんだ思ったよりやるじゃないか」
画面を見ていたルシファーを名乗る男は逆にニナミセが制限時間まで生き残っていることに───女がニナミセを殺しきれなかったことに対して驚いているようだった。
ポッドが開き、ニナミセと女がこの世界に戻ってくる。
「はは 君意外とやるねえ」
女はポッドから出るなりニナミセの肩に手を回して馴れ馴れしく語りかける。
「・・・おや?君の義体、なんか変わってるね。もしかして旧式とかいう──しかもこれ、かなり古いぞ───」
女はベタベタニナミセの体───特にプラグの挿入口があるうなじの部分を触ってくる。
「おい!や、やめろ!!!」
ニナミセは急いで自分の体から女を引き剥がす。シルルの殺気を彼女を見なくとも感じることができた。
「じゃ、これでもう私たちは失礼するよ。他にもギルドメンバーを誘うためにいかなきゃいけないとこがあるんだ。」
男は足早に女の方へ駆け寄ると女の手を引き、さっさと酒場を出て行ってしまった。
出ていく際、思い出したようにニナミセに向かって「君の実力、実に素晴らしかったよ。いつでも気が向いたら連絡してくれたまえ。そちらの彼女さんも」
と言うと今度こそ去っていった。
彼らが去った後、しばらく酒場のゲーマーたちは唖然としていた。
「すごかったなあ。やっぱり、TERRORの奴らって賭けてるものが違うもんな。」
あまり今日は口を開かなかった痩せ型の眼鏡をかけた男が先に口をひらく。
今日はプレーにこれ以上集中できなさそうなので早々に解散することとした。
「ま、上には上がいるってことよ」
赤シャツ大柄の男がそう言いながら皆を家に帰す。
ニナミセはシルルと酒場から出て、早々に分かれるとそれぞれ帰路につく。外で並んで話したいが、砂の風が吹き荒れる中、そうはいかない。
思えばニナミセはトップランカーであったが、UVB:Sにおいて、「頂点」ではなかった。
何度か頂点をとったことがあるが、それは今もニナミセより上のランクにいるようなプレイヤーが現れる前の話だ。
一時期、ニナミセは彼らを追い抜かそうと躍起になったことがあったが、それは叶わなかった。
彼らの勝率が異次元なのだ。
勝率十割なのではないかと──シーズン中一度も負けてないんじゃないかとさえ思わせられる。
流石にそれはないと思うが。
ただ今回のことを経て、ニナミセは彼らももしかしたらTERRORからやってきた存在なのではないかと思わせられた。
──だとしたらしょうがないな・・・命までかけてる奴らに──しかもそれでずっと生き残ってるような化け物に敵うはずなんてないしな・・・
ニナミセは深く考えることをやめ、目の前のことに頭を切り替える。
吹き飛ばされないよう、手すりに捕まりながら、手すりが無いときは全身に力を入れながら、元来た道を淡々と戻ってゆく。
まだ女との戦いの際に生じた興奮が体の中に残っていたが、ニナミセに吹き付ける砂煙の混じった風がその余韻を吹き飛ばして行った。
それから20分ほど歩くとニナミセは自分の家へと到着する。
ニナミセの家は、下層の奥深く、排水が近くを流れる、人気のない通路の壁にぽつりと作られている。
ここは自然光がほとんど届くことはなく、肌寒い代わりに、砂の混じった風が入ってくることは滅多にない場所であった。
壁についたドアを開けると、そこには見慣れたいつものボロい自宅と、仕事から帰って一人で薄汚れた作業着のまま酒を飲んでいる父の姿があった。
父はこの都市のインフラ工事の仕事をしている。
「ただいま。親父。早かったね」
「おう。ニナミセ、帰ったのか。」
ニナミセは父と何気ない会話をしながら夕飯の準備を始める。
「知ってるかニナ。明日この惑星に久々に『船』がやってくるんだ。」
夕飯の支度をするニナミセの背中に父親は話しかける。
「──船?宇宙船が?」
「あぁ」
ニナミセたちの住む惑星ヴォナシキ。そこを統治するヴォナシキ政府は、惑星ヴォナシキを統治する組織でありながら、ヴォナシキの周りを飛ぶ巨大衛星議会のなかで政務を行なっている。
誰も惑星ヴォナシキ内に住んでいない。
上流階級のさらにその上をゆく者たちは、そもそもヴォナシキなどという住みにくく、美しくもない惑星には住まないのだ。
彼らは宇宙船の行き交う巨大な衛星居住区にすみ、今日も美しい宇宙を眺め、ヴォナシキを見下しながら生きている。
ヴォナシキ内は基本自給自足。輸送船が衛星居住区には頻繁に出入りするが、惑星内に入ってくることはなく、また惑星から船が出て行くこともなく、また、出て行くことは許されなかった。
そんな中、珍しく、この惑星に船がやってくるという。
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